AI技術の活用が進む今、企業は顧客体験の向上にAI技術をどう役立てていけばいいのか。CXデザインに15年以上携わった経験を持つ専門家に、AIコミュニケーションツール活用のポイントを聞いた。
ITインフラの構築支援からAI(人工知能)アプリケーションの開発まで、IT環境に関する総合的なサービスを展開するトゥモロー・ネット。同社は2022年に、注力事業であるAIプラットフォーム事業でボイスbotやチャットbotなどの機能連携が1つのプラットフォームで使用できるAIサービスとして「CAT.AI」(キャットエーアイ)を発表、地方自治体や大手インフラ企業などで活用されている。
同社は「デザイン思考」を起点とした満足度の高いCX(カスタマーエクスペリエンス)を実現すべく、CXデザイナー職を新設して「人が親しみやすいシナリオ設計」にこだわっているという。CX設計に15年以上携わり、現在は同社の取締役CPO(最高製品責任者)およびAIプラットフォーム本部長を務め、同社のCXデザインをリードする澁谷 毅氏にボイスbotを中心としたAIツールの活用状況やCXに関する最新事情を聞いた。
CAT.AIでは、ボイスbotを活用した対話型の顧客対応システムを構築することができる。ボイスbotとは最新の音声認識技術やAI技術を活用し、音声による顧客の応答をシステムが解析して必要な情報を取り出し、処理を進めるタイプのシステムだ。電話を使った顧客対応システムとしては、IVR(Interactive Voice Response:自動音声応答)と呼ばれる方式が使われてきた。IVRでは、顧客からの応答はプッシュボタンを押すことで発信されるプッシュトーンを使って判別するものが古くから使われている。
IVRは、ボイスbotとは明確に区別されている。IVRはあらかじめ用意された選択肢のどれかを選んでもらう形でユーザーの意図を確認するもので、プッシュトーンの判別は高精度なので聞き間違いは発生しないものの、用意されたシナリオに沿って操作を進めていくしかないため、操作に時間がかかりがちだ。一方、ボイスチャットは音声による対話で処理を進めるが、聞き取り精度には限界があるため、システム側から発する質問などである程度回答を限定しながら対応を進めるなど、システムのデザインの巧拙によってユーザー満足度が大きく変わってくる。
ボイスbotを活用すれば、コンタクトセンターの人員削減が可能になったり、スタッフが全員応対中のために新規の着信が受けられなかったり、長時間待たせてしまったりする状況を避け、自動応答で効率的に処理できる。だが、トゥモロー・ネットの調査によればコールセンターでのボイスbotの利用度合いはまだ低く、市場規模ではコンタクトセンターの市場規模の0.6%しかないという。
ボイスbotへの関心度は高いにもかかわらず導入が進んでいない。その理由を同社が調査したところ(図1)、実際にボイスbotを使った経験のあるユーザーからは「たらい回しにされた」「会話にならなかった」といった回答が寄せられたという。たらい回しとは、例えばコールセンターに電話したらチャットbotが使えると案内され、チャットbotで問い合わせを入力したらコールセンターに電話してくださいと回答された、といった状況のことだ。
ボイスbotで問題解決ができなかったユーザーの47.5%はオペレーターに電話がつながってそこで解決したそうだが、「諦めた」という回答も13.8%あったという(図2)。こうした劣悪なユーザー体験の結果、「機会損失や顧客離反、企業評価、チャネルダブルコスト(ボイスbotとオペレーターなど複数チャネルを維持するためのコスト)に与える影響も大きい」と澁谷氏は指摘する。
「AIはあくまでも技術であって、それをどう使ってユーザーにどういうサービスを提供するかというのはCXデザインの役割。ユーザーの期待を超える体験を提供していくのがCXの一つの目的」。澁谷氏はそう語る。具体例として同氏は、「音声認識の精度が低い場合、エンジニア目線だと何とかして音声認識精度を上げようとするが、CXの観点からすれば音声認識を補えるような別の手段を使うことも選択肢となる」と語る。
その一例として同氏は「建物名は音声認識ではほとんど認識できない」と指摘する。建物の名前は聞き慣れないカタカナ語が使われていることがあり、フランス語由来だったりイタリア語由来だったりする例もあって音声認識ではまず聞き取れないという。ユーザーに住所を尋ねる場合、建物名を繰り返し発話してもらうとエラー率が上がる上、ユーザーは何度も同じことを聞かれてうんざりすることになる。同社のCXデザインでは住所を聞いた段階で建物API(アプリケーションプログラミングインタフェース)を使ってそこにある建物名を別途調べ、システム側から建物名を読み上げてユーザーに確認してもらう、というフローにした例があるという。
ユーザーから詳細情報を提供してもらう必要がある場合に、ボイスbotの応答中にユーザーのスマートフォンにショートメッセージでURLを送り、それをタップしてもらうことでチャットbotに誘導し、テキストとして情報を入力してもらうといった形にすることもあるという。この仕組みを同社では「CXマルチモードAI」と呼んでおり、「チャット、ボイスbot機能だけでなく、CXを向上させるさまざまなモードを組み合わせて『エフォートレスなユーザー体験』を提供」する仕組みだとしている。
実際のユーザー事例では、例えば自動車の故障などに対応するロードサービスを提供する企業のシステムでは、ユーザーの現在位置を確認しようにもユーザー自身が周囲の状況に不慣れで住所が分からないことも珍しくない。そのため、地図を表示した上で地図上で現在位置をタップしてもらうなど、必要に応じてさまざまな手段を組み合わせてCXデザインを構築している。こうしたCXデザインは、実際のプロセスをユーザー目線でたどりながらユーザーの気持ちに寄り添ってより負担の少ない方法を探る形になるため、「誰がデザインするか」によって結果が変わる属人的な仕事になりがちだ。だが同社では澁谷氏の下で何人かのCXデザイナーが育ち、ノウハウの共有とスキルアップができているという。
同氏は「『CXデザイン』はAIコミュニケーションツール活用の成功の鍵」だと指摘。CXデザインを向上させるポイントとして以下を挙げた。
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