単なる業務効率化にとどまらない「AIエージェント」の本質的な価値とは何か。PoCから実運用へと進めるための勘所とは。AIエージェントを展開するAIベンダーPKSHA Technologyに聞いた。
2024年末以降、「AIエージェント」(AI:人工知能)という言葉が急速に広まり、国内でも業界を問わず多くの企業が関心を寄せている。同時に、「新しい技術であるが故に実装のイメージがつかめない」という声や、「生成AIと同様にPoC(概念実証)の段階で止まってしまうのではないか」という懸念も根強い。
AIベンダーPKSHA Technologyは、これまでAIエージェントの開発と実装に取り組んできた企業の一つだ。同社が提供するAIエージェント「PKSHA AI Agents」は、2025年4月時点で7000体以上が稼働している。その活用例から費用、AIエージェント実装を成功させる秘訣までを聞いた。
そもそも、AIエージェントはこれまでのAIチャットbotと何が違うのか。PKSHA Technologyの代表取締役である上野山 勝也氏は、両者の違いについてAI技術の進化を踏まえて説明する。
2022年以降、OpenAIのAIチャットbot「ChatGPT」をはじめとする生成AIツールやLLM(大規模言語モデル)の台頭により、膨大な知識を持ち、あらゆる質問に答えられる「物知りなAI」の存在が確立した。同時期に、社内データなど外部情報を接続して応答精度を高める「RAG」(検索拡張生成)のアプローチも登場した。
次に登場したのが「考えるAI」だ。「OpenAI o3」「Gemini 2.0 Flash Thinking Experimental」といった推論モデルは、最初に出力した回答をそのまま返すのではなく、その内容を再評価してもう一度考えるプロセスを採用している。「得られた情報を踏まえて論理的に判断して答えを導き出す」という、いわば“思考を伴ったツール”だ。
続いて、「行動するAI」への進化が現在進行形で起きている。テキストを入力するとアクションを返してくれる「Text-to-Action」のAIエージェントの登場だ。Webから能動的に情報を取得したり、業務アプリケーションにデータを入力したりといった、これまで人間が担ってきた作業を代行する。「特に人口減少が進む日本社会において、幅広い業務をAIに任せる選択肢が広がっているのは非常に重要な動きです」(上野山氏)
一方、現時点でAIエージェントの定義は曖昧であり、その機能や仕組みは日々変化している点に注意が必要だ。
PKSHA AI Agentsは、PKSHA Technologyの業務支援AIサービス群「PKSHA AI SaaS」に組み込まれるAIエージェントで、Web会議ツール「Microsoft Teams」や企業ごとの基幹システムからも利用可能だ。フロントオフィス(顧客応対部門)やバックオフィス(総務、経理、人事など)をはじめ、さまざまな業務領域に特化したPKSHA AI Agentsが存在し、社内データや外部サービスと連携しつつ、指示されたタスクを自律的に遂行する。
PKSHA Technologyは段階的なAIエージェント導入を推奨している。具体的なステップは以下の通り。
価格の目安は、AIエージェント1体当たり年間200万円。実際の費用は任せる業務内容やタスク設計によって変動するが、「日本の平均年収の約半分程度のコストで雇えるイメージ」と上野山氏は説明する。
PKSHA Technologyは、2025年4月には企業ごとの業務要件に応じてAIエージェントを設計・開発するプロジェクト型サービスの提供を開始。汎用(はんよう)的なAIツールに比べ、よりカスタマイズが可能な選択肢として注目されている。特定の業界固有の知識に基づくチューニング、業務プロセスに合わせた前処理と後処理、AIを中心に据えた業務プロセスの再設計、ユーザーインタフェース(UI)の最適化など、多様なニーズに対応する。
同社のプロジェクト型サービスの場合、初期版の構築には通常3〜4カ月程度を要し、その後は必要に応じて追加開発を重ねる。費用の目安は年間2000万〜4000万円程度で、プロジェクトの段階や範囲によって上下する。単純なデータ入力代行用のAIエージェントであれば月額10万〜20万円程度で導入可能だが、ソフトウェア開発支援やプロジェクトマネジメントなどの高付加価値業務を担う場合は、より高額になる傾向があるという。
AIエージェントの効果は導入先や用途によって異なるものの、共通して得られる成果が「業務効率化」だ。一方、「AIエージェントの本質的な価値は、単なる業務効率化の先にある」と上野山氏は話す。
人事部門におけるAI面接エージェント導入においては、面接内容の一貫性向上や評価基準の明確化が進んだことで、候補者の適性をより的確に見極められるようになった。その結果、内定率や内定受諾率が向上し、採用力の強化につながったという。
コンタクトセンターの新人オペレーター向けにオンボーディングAIコーチを導入した例では、新人が業務の背景や目的を理解しやすくなった。その結果、OJT(実地訓練)の工数やコスト削減だけでなく、離職率の低下にも寄与している。
このように、AIエージェントは単なる業務効率化にとどまらず、業務の質を高め、組織全体のパフォーマンスを底上げする可能性を秘めている。
企業ではAIエージェント導入に向けた本格的な検討が始まっており、経営層から「AIエージェントで何かできないか」という指示が現場に下りている。しかし、「AIエージェントで何でもできるはず」と期待ばかりが先行すると、PoCの段階で行き詰まり、実運用に至らないリスクも高まる。
PoC止まりを回避し、実装フェーズへと進めるために重要なのは、「AIエージェントでできること」「技術的にできないこと」「実績はないが挑戦はできること」の3つを事前に整理することだと上野山氏は説明する。AI技術の進化は極めて早く、現時点では実現困難なタスクでも、半年後には実現可能になっていることも珍しくない。こうした進化の可能性を秘めた領域を排除するのではなく、優先度や技術的ハードルを評価しながら、将来を見越したロードマップに組み込んでおくことが必要だ。
「何より重要なのは、まず1体目のAIエージェントを社内に迎え入れることです」と上野山氏は強調する。PoCで止まらず、実際に導入して使い始めることが、2体目、3体目の展開につながり、現場への定着を加速させるという。
現場からは、「AIエージェントが人間の仕事を奪うのではないか」「自律性が高まった分、人間による監視の範囲が増えて、結局負担につながるのではないか」という不安の声も上がっている。PKSHA Technologyはこうした懸念に対し、人との協業を前提とした「ヒューマンインザループ」(Human in the Loop)の視点を重視している。これはリスクのない形で、最小限の意思決定だけを人が担う設計だ。
例えば、AIエージェントが課題の抽出、優先度の判定、ナレッジ作成までを担い、人にレビューを依頼する。業務遂行に必要なタスクの9割以上をAIエージェントが自律的に進めるが、リスクの高い判断については人に委ねる形だ。
「AIエージェントの精度は必ずしも100%には到達しません」と上野山氏は指摘する。業務を完全にAIに置き換えるのではなく、人間とAIがそれぞれの得意分野を補完し合うことで、業務全体のパフォーマンスを最大化する――。それがPKSHA Technologyの目指すところだ。
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