膨大なデータを抱えていながら、その大半を活用できないまま“塩漬け”にしている状態は、企業に共通する悩みだ。この「宝の持ち腐れ」状態を、AI技術で解決しようとするスタートアップの事例を紹介する。
絶えず増え続ける膨大なデータの中から、ビジネスの鍵を握るわずかな情報を見つけ出すことは、企業のIT部門が直面する共通の課題だ。最高情報責任者(CIO)やIT部門の経営幹部を対象とした年次イベント「2025 MIT Sloan CIO Symposium」では、そうした課題に取り組むスタートアップ(新興企業)のコンテスト「Innovation Showcase」が実施された。コンテストのファイナリストに選出された3社の取り組みを紹介しよう。
1社目のファイナリストであるAPERIOは、時系列データの品質問題という課題に取り組む、データ品質管理ベンダーだ。同社が対象とする時系列データは、電力、石油・ガス、再生可能エネルギーなどを扱う企業の産業機械から、一定間隔で収集される測定値だ。各種センサーが、これらのデータを絶えず生成し続ける。
このようなデータについて、APERIOでカスタマーサクセスを率いるジェーン・アーノルド氏は「データソースが多過ぎるため、人手による網羅的な管理は非現実的だ」と指摘する。企業は手作業でのデータ確認や、個別のセンサーについてその場しのぎの対処でなんとかやり過ごしてきた。だがAI(人工知能)技術や高度な分析を大規模に活用しようとしている産業界において、この旧来の手法はもはや通用しないとAPERIOは考える。
APERIOのCEO、ジョナス・ヘルグレン氏は、「産業界でAI技術の活用が本格化すれば数千万ものセンサー信号を扱うことになり、人手での確認は不可能だ」と語る。膨大な時系列データを人の目で確認できないことが、産業界におけるAI技術の本格的な普及を妨げているというのだ。「問題を解消するには、人の手を必要としない、自律的な解決策が不可欠だ」とヘルグレン氏は主張する。
この問題の解決策としてAPERIOは、「APERIO DataWise」というソフトウェアを提供している。APERIO DataWiseは、特定のデータ問題を検出するために構築された機械学習モデルを搭載する。このモデルがユーザー企業のセンサーから送られてくるデータを監視、検査して、データの欠損やノイズ、センサーの修正ミスといった異常を自動で見つけ出すという仕組みだ。
ユーザー企業のITリーダーから寄せられる意見は、APERIOの製品改良の糧になっている。特に要望が寄せられたのは、APERIOの知見を、企業で広く使われている他のツールと連携させることだった。アーノルド氏は、産業分析分野で普及している、データ分析ツールベンダーSeeqのソフトウェアを例に挙げる。「『われわれが検出した異常(イベント)を、普段使うSeeqの分析ツールに直接組み込んでほしい』というユーザー企業からの強い要求が、製品開発を後押しする最大の要因になっている」と同氏は語る。
2社目のファイナリストであるiCustomerは、企業の顧客データをより実用的な、AIモデルが扱いやすい形に変えることを目指すデータ分析ツールベンダーだ。
顧客は、購入履歴やWebサイト閲覧時の行動、属性情報、製品やサービスに対する感想など、豊富な「信号」を発信している。これらの信号は、社内の顧客管理システムからソーシャルメディアのような外部の情報源まで、さまざまな場所に記録されている。
iCustomerのCEO兼共同創業者アビ・ヤダブ氏は、「企業にとっての真の課題は、これらのデータを日々の意思決定に組み込むことだ」と述べる。企業は顧客データがある場所は分かっているのに、それらをビジネスに反映することに苦労しているのだ。
ヤダブ氏が過去にCDP(顧客データ基盤)市場で起業した経験が、iCustomerのアプローチの原点だ。同氏は、CDPがデータ収集の効率化に貢献している一方、収集したデータを企業が有効活用する上では課題が残ると指摘する。
今後の顧客データ活用をけん引するのが、AIモデルが自律的に意思決定とタスク処理を実行するシステム「AIエージェント」だとヤダブ氏は考える。iCustomerのサービスは、AIエージェントを用いてデータ統合、顧客の分類、マーケティング施策の分析といったタスクを自律的に実行する。その核となるのが人、企業、顧客サポート対応といった事象間の関係性を定義した「オントロジー」(知識体系)だ。AIエージェントは、このオントロジーに基づいて的確に動作する。
ITリーダーとの対話は、iCustomerの事業戦略を方向付けた。同社は、SnowflakeやDatabricksといったデータ基盤ベンダーと提携するとともに、パートナー企業を通じて製品を販売する。その狙いは、新しいカテゴリーのツールを持ち込むのではなく、ユーザー企業が既に使用しているシステムを維持、強化することにある。ヤダブ氏は、あるユーザー企業に「わが社のCIOは出費を無駄にできないと考えているため、今のデータ基盤を5年間使い続けることを求めている」と明かされたという。
3社目のファイナリストであるは、ソフトウェア最適化ベンダーSilverthreadだ。同社の「CodeMRI」は、航空宇宙・防衛から金融サービスまで、幅広い業界のソフトウェアのソースコードを分析するツールだ。
Silverthreadの創業者ダニエル・スターティバント氏は、CodeMRIの主な目的は「ソフトウェアの近代化(モダナイゼーション)を支援すること」にあると話す。同氏によると、これらのコードベース(ソースコード群)は非常に複雑で、中には数十年間にわたって数百人、あるいは数千人のエンジニアが開発に携わってきたものがある。
スターティバント氏は、巨大なコードベースは「もろい結晶」のようになることがあると指摘する。「ある場所を少し修正すると、別の場所で不具合が起きる上に、その原因も関連性も全く分からない」という状態だ。マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)とハーバード大学(Harvard University)の研究に基づく同社の技術は、こうしたモノリシック(一枚岩的)なシステムを、独立した部品(モジュール)の集合体に転換し、取り扱いや修正を容易にする。
CodeMRIはコードベースの健全性を測定し、判明した問題の深刻度が生産性の低下、バグ(不具合)の発生、セキュリティリスク、市場投入までの時間といった指標に与える悪影響を可視化できる。これらの結果から、ソースコードの品質確保などソフトウェア開発に関するものだけではなく、経済的な効果も得ることが可能だ。
ソースコード分析の結果、ソフトウェアが非常に健全だと判明することもあれば、経済的あるいは技術的に対処可能な課題が明らかになることもある。その一方で、もはや修復不可能なほど悪化していることが判明する場合もある。ソフトウェアの健全性を測定することは、企業が戦略的な意思決定を下し、その正当性を裏付ける上で大きな助けとなる。
スターティバント氏は、米国のある州政府機関の事例を挙げる。そこでは200件のコードベースが乱立し、維持管理に窮していた。Silverthreadが調査したところ、1500万行に及ぶソースコードが、300万行まで削減可能だと分かった。報告を受けたその政府機関のCIOは、コードベースを管理可能な規模まで縮小するための計画に直ちに着手した。
SilverthreadのCEOカレン・チャルファント氏は、CIOの視点があれば、個々の開発チームの視点(ボトムアップ)ではなく、企業全体を俯瞰(ふかん)する大局的な視点からコードベースを評価できると指摘する。このような視点が、より的確な戦略判断を可能にすると同氏は主張する。
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