思考は鈍るがやめられない――生成AIを使うハーバード大生の“意外な本音”AIがもたらすのは教育革命か危機か【前編】

教育現場における生成AIの利用が急速に広がる中で、学生や教員はこの新しい技術とどう向き合うべきか模索している。ハーバード大学においても例外ではない。

2025年07月09日 08時00分 公開
[Lev CraigTechTarget]

 生成AI(AI:人工知能)は既に教育現場に浸透しつつあり、教育の在り方そのものが大きく揺らいでいる。多くの現場で対応が追い付かず、戸惑いや混乱も広がっている。ハーバード大学(Harvard University)もその例外ではない。

 2025年5月、ハーバードビジネススクール(Harvard Business School)の講堂で全学規模の生成AIシンポジウムが開催され、教授、研究者、学生、大学職員らが活発な議論を交わした。そこからは、生成AIに対する意外な本音が浮かび上がってきた。

いち早く生成AIを使い始めたハーバード大生、その“意外な本音”

 ハーバード大学の学生たちは、生成AIツールの活用にいち早く取り組みはじめた。一方で、教員や大学運営側はその急速な動きに対応し切れず、後れを取る場面も見られた。

 「ハーバード大学は、物事の展開が速い大学として知られているわけではない」。こう話すのは、同大学の地質学・環境科学の教授であるジョン・ショー氏だ。同大学の分権的な組織体制は、長年にわたり学問の自由とイノベーションを支えてきたが、AIに関する全学的な方針の策定においては、その構造がむしろ障壁になっているという。

 実際に、2024年秋学期および2025年春学期においては、ハーバード大学文理学院(FAS)の教授の大半が、大学側の要請にもかかわらず、シラバスにAI利用に関する方針を明示していなかった。

 ハーバード大学の生成AI担当上級顧問であり、物理学・天文学の教授を務めるクリストファー・スタッブス氏は次のように話す。「学生に対して明確なAIポリシーを示す責任があるという認識を教員に持ってもらおうと試みたが、実際にはうまくいかなかった」

 教員の間でも、生成AIへの対応はさまざまだ。生成AIの活用を積極的に促す教授もいれば、明確に使用を禁じる教授もおり、大半の教員はその中間に位置しているのが現状だ。

 本質的な問題は、「学生は既にAIを使っている」という事実にある。その影響は良くも悪くも顕在化しており、生成AIは学生の学び方そのものを変えつつある。ハーバード大学のような教育機関が、生成AIに対する明確かつ慎重な戦略を早急に打ち出さなければ、学生の学習スタイルが教育者によってではなく、ツールによって形作られてしまうというリスクがある。

AIを使う「近道」が学習に及ぼす影響

 生成AIの大きな魅力の一つは、手間と時間のかかる作業を迅速かつ容易にこなせる点にある。しかし、教育現場においては、その利便性こそが問題となり得る。効果的な学習には、困難に粘り強く向き合い、自ら思考するプロセスが不可欠だ。生成AIはその過程をショートカットしてしまうリスクをはらんでいる。

 ボジノフ氏によれば、生成AIが登場した初期の段階では、学生たちはこれらのツールに肯定的な反応を示した。しかし同時に、「不正のハードルが著しく下がる」という深刻な課題も浮き彫りになった。

 中には、AIの使用が自らの学びを損ねていると自覚する学生もいた。ある学生は授業後、ボジノフ氏にこう打ち明けた。「AIツールのおかげで、課題があまりにも簡単にこなせてしまい、もはや自分で考えなくなってしまった」

 ハーバードメディカルスクール(Harvard Medical School)のアダム・ロドマン教授もAI利用を巡る学生の葛藤を目の当たりにしている。学生たちが日常的に生成AIを使っていること自体は想定内だったが、驚いたのは、それが自身の思考力に悪影響を与えていると理解しながらも、使用をやめられないという実情だった。「生成AIを使うと頭が悪くなる気がするが、他にやることが多過ぎて使わざるを得ない」というのが学生たちの意見だという。

 このように学生たちは、利便性と不安のはざまで生成AIに向き合っている。ロドマン氏やボジノフ氏が指摘するように、学生たちのスケジュールは、授業や課外活動、臨床研修、就職活動などで埋まっている。その中で、生成AIは“タスクをこなすための手段”として機能しているのが実情だ。「学生たちは重要な知識については自発的に学び続けるだろうと期待していた。しかし実際には、ほとんどの学生は時間や労力のかかる方法を選ばなくなっている」(ボジノフ氏)

 つまり、問題の本質は「授業で生成AIの使用を許可するかどうか」ではない。常に“近道”を選べる状況において、いかにして本質的な学びを支援できるかが、今問われている。ボジノフ氏はこの状況を、ファストフードと自炊の選択に例える。「どうすれば学生がマクドナルドのハンバーガーではなく、野菜を選んでくれるような仕組みを作れるか。それが今、教育者が本気で向き合うべき課題だ」(同氏)

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