化学大手BASFが「SAP S/4HANA Cloud」で念願だった”脱カスタム”を決めた理由標準化とクラウド移行でERP再構築

化学大手BASFは、変化の激しい時代に対応するため、SAPのIT基盤を「SAP S/4HANA」のプライベートクラウドへ移行することを決定した。同社の採用するクリーンコア導入について解説する。

2025年08月07日 07時15分 公開
[Brian McKennaTechTarget]

 ドイツに本社を置く化学大手BASFは、事業の最新化(モダナイゼーション)戦略の一環として、SAPのERP(統合基幹業務システム)を「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」(以下、SAP S/4HANA Cloud)へ移行することを決定した。これは2025年5月にマドリードで開催されたSAPのユーザーおよびパートナー向け年次イベント「SAP Sapphire」で発表された。

 BASFビジネスサービス部門のデジタル化およびERPプラットフォーム担当シニアバイスプレジデントを務めるペトラ・シャイテ氏は、SAPとの長年にわたる関係と、今回の最新の展開について語った。

BASFの選択はSAP S/4HANA Cloudの「クリーンコア導入」

 約11万2000人の従業員を抱えるBASFは、40年にわたりSAP製品を利用してきた。BASFの本社があるルートビヒスハーフェンは、SAPの本拠地バルトルフから車で約30分の距離にある。

 SAPとBASFの共同声明によれば、BASFはSAP S/4HANA Cloudを既存の大規模なITシステムに統合するため、ハイブリッド型のシステム構成を採用した。これにより、オンプレミス管理の複雑性を軽減し、「クリーンコア導入」の下、新たなカスタマイズや機能拡張は全てクラウド対応となり、長期的なシステム保守や運用が簡素化される。クリーンコアとは、カスタマイズを最小限に抑えて標準構成を維持するSAPの設計方針だ。

 「2024年12月にSAPとの新たな戦略的パートナーシップを締結した」とシャイテ氏は述べる。この中には、SAPのクラウド変革支援プログラム「RISE with SAP」も含まれている。RISE with SAPは、インメモリデータベース「SAP HANA」を搭載したSAP S/4HANA Cloudへの移行を促進することを目的とする、「サービスとしてのビジネス変革」プログラムだ。

 現在のBASFのSAPシステムは、世界共通のシステム基盤で構成されている。しかし、シャイテ氏によれば、「過去10年間でこのシステムは非常に大規模かつ複雑になり、管理が困難な状態に至った」という。

 「当社は農業、塗料、触媒、バッテリー材料、金属といった幅広い製品分野を有している。それぞれ異なる要件を一つのSAPシステムに詰め込んだ結果、30万件以上のカスタムオブジェクトが存在する非常に巨大でモノリシック(統合された単一構造)な構成となってしまった。SAP S/4HANA Cloudへの移行は、この状況を整理する絶好の機会だ」と同氏は語る。

 BASFは全社戦略「Winning Ways」の実現に向け、モダナイズされたERPシステムで支援していく。BASFのビジョンは「顧客のGX(グリーントランスフォーメーション)を可能にする、選ばれる化学会社になること」だ。

 この戦略の一環として、中国湛江における「フェアブント」(統合・つながりを意味するドイツ語)と呼ばれる統合生産拠点へ100億ユーロ規模の投資を進めている。この拠点では、生産設備、エネルギーと資材フロー、物流、インフラを一体化して運用する。同様の拠点は現在世界に6カ所ある。

 SAP環境に関しては「単一のシステムを複数の事業関連システムに分割することを決定した」とシャイテ氏は述べる。2024年に策定された新たな企業戦略では「市場要件に応じた差別化されたマネジメント」を戦略の柱に据えているという。

 BASFは2022年から塗料部門向けに、クリーンコア導入を採用したSAP S/4HANA Cloudの新規構築を開始し、2025年3月に稼働を開始した。現在はバッテリー材料部門での導入を進めており、農業部門ではパイロット運用を実施している。

 BASFは、2024年にSAPが買収した「WalkMe」にも関心を寄せている。WalkMeは、業務アプリケーション上でエンドユーザーがつまずきやすい箇所を特定し、プロセスをガイドまたは自動化して支援する「デジタル導入ツール」だ。BASFではまだ本格導入していないが、AIエージェント「Joule」との連携を視野に入れている。

 BASFはSAPの人事管理ソフトウェア「SAP SuccessFactors」で、Jouleを用いた運用を開始しており、特に開発者向けの機能に強い関心を示している。今後は他の業務領域への展開も検討しているという。

 「SAP S/4HANA Cloudを導入しただけで、全ての業務要件を満たせるとは考えていない。30万件以上のカスタムオブジェクトは、実際のビジネス要件に基づいて構築されたものだ。それらを削除できないのであれば、コアシステムに残したくはない。そのために、開発者の効率を高めるツールが利用できれば非常に役立つ。これが、Jouleの開発者向け機能に期待している最大の理由だ」(シャイテ氏)

 SAPのエグゼクティブボードメンバーであるトーマス・ザウアーエシッヒ氏は次のように述べる。「われわれは、BASFと共にこの変革の道を歩めることを誇りに思う。BASFがSAP S/4HANA Cloudを選択したことにより、将来の成長とイノベーションの強固な基盤が築かれる。クリーンコア導入と標準化されたプロセスによって、BASFは今日の変化に富んだビジネス環境でも高い俊敏性と柔軟性を発揮できるようになるだろう」

翻訳・編集協力:雨輝ITラボ(株式会社リーフレイン)

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