「欧州からGPT-5は生まれない」――EUのAI企業が苦しむ“規制疲れ”の実態MetaのAIモデル学習で揺れるEU【後編】

個人データの取り扱いに厳しいEUで、Metaが個人データを使ってAIモデルを学習させることが許可された例は、EUのAI業界にとって朗報だとの見方がある。厳格なプライバシー規制と革新の両立は可能なのか。

2025年09月22日 05時00分 公開
[Mark BallatdTechTarget]

 Meta Platforms(以下、Meta)が、同社の大規模言語モデル(LLM)「Llama」の学習に欧州連合(EU)居住者の個人データを利用することが認められた。この決定は、停滞が懸念される欧州のAI業界にとって「追い風」になると歓迎する声が上がる。

 一方で、EUの厳格なプライバシー規制が技術革新の足かせとなり、米国企業との競争力に致命的な差を生んでいるという“悲鳴”も上がっている。欧州のAI業界が抱える“規制疲れ”の実態に迫る。

AI開発で後れを取るEU

 Metaのドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)担当公共政策ディレクターであるセミヨン・レンズ氏によると、EUの規制によって、Llamaの新バージョン「Llama 4」のEUデータによる学習とその後の活用は6カ月から18カ月遅れ、EU圏内の文化に関する文脈理解能力の限界も生じている。一方で、米国やインドの企業はすでにこのモデルを活用しているという。

 EUの執行機関である欧州委員会の議題は、EUの競争力を向上させ、他国のAI技術の進歩に追い付くための緊急の取り組みが中心となっている。2024年夏にEUの規制がLlamaの学習とその後の展開を停滞させる以前から、AI分野においてEUが大きく後れを取っていることは明らかだった。

 EUのAI企業Pleiasの共同設立者イワン・ヤムシチコフ氏は、今回のMetaに対する許可がEUの市場を活性化させると考える。米国企業がEU圏内で、米国と同じ条件で事業を展開できる自由を得ることによって、EUへの投資が加速する見込みがあるためだ。

 ヤムシチコフ氏は、Metaが主張するように、「EU企業はEU居住者の個人データで学習したLlamaから利益を得られるようになる」と考える。一方でこの構造は、米国の資金や技術がなくても、EUのAIベンダーがAI技術開発に取り組む上での「ゴーサイン」でもあるという。

 「Metaのように厳しい基準で審査される企業でさえ、個人データを用いたAIモデルの学習が認められるならば、他の企業も同様に認められるだろう」とヤムシチコフ氏は付け加える。EU規制当局に対して、同氏は「ビジネス、イノベーション、社会全体の利益のバランスを取ること」の重要性を伝える。

 EUの大手AIベンダーSiloAIの共同創設者、ピーター・サーリン氏は、「欧州委員会の焦点が規制から成長とイノベーションの実現に移ったことをうれしく思う」と語る。サーリン氏は、EUの起業家が事業を拡大しようとする際の障壁に対して、欧州委員会が適切に対処することが「極めて重要だ」との意見を示す。

 欧州の別の大手AI企業の法務顧問は、匿名を条件に、「規制がEU市場に損害を与えている」と語る。この法務顧問は、「EUの一般データ保護規則(GDPR)やAI法(Artificial Intelligence Act)の下で生まれる規制は、EUのイノベーションに対する大きな脅威だ」と懸念する。

 「米国人はまず行動して、もしグレーゾーンであれば、後から許しを請うが、欧州人はただ実行しないだけだ」とこの法務顧問は言う。そしてこれが、米国のIT企業が巨大化し、欧州の企業が小規模なままである理由だという。「同じことが今、EUのAI企業にも起きており、『GPT-5』やLlama 4のような大規模のEU製AIモデルは現れないだろう」と同氏は示唆した。

 法律事務所Goodwin Procterの弁護士であるグレッチェン・スコット氏によると、Metaに関する今回の決定はEUのAI業界にとって朗報であり、規制当局がイノベーションを受け入れていることを示している。同時に、その法的な正当性は「欧州司法裁判所(ECJ)が判決を下すまでは不確かなままだろう」とも話す。「最終的には最高裁判所を通じてしか解決できない。GDPRはAIモデルの学習に対処するようには作られていない」というのがスコット氏の見解だ。

 プライバシー活動家マックス・シュレムス氏が率いるドイツの権利団体NOYBは、Metaに対してAIモデルの学習停止を求める法的手続きを進めている。Metaの最高技術責任者(CTO)アンドリュー・ボスワース氏は、2025年6月開催のカンファレンスで、同社のスマートグラス「Ray-Ban Meta」について「エンドユーザーが聞いたり、見たり、行ったりしたことの全ての文脈をAIモデルが理解すれば、エンドユーザーにとって大きな助けになる」と語った。NOYBはこの発言を受けて、欧州中のデータ保護当局にMetaのAIモデル学習を停止させるよう要求する書簡を送った。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。

アイティメディアからのお知らせ

From Informa TechTarget

なぜクラウド全盛の今「メインフレーム」が再び脚光を浴びるのか

なぜクラウド全盛の今「メインフレーム」が再び脚光を浴びるのか
メインフレームを支える人材の高齢化が進み、企業の基幹IT運用に大きなリスクが迫っている。一方で、メインフレームは再評価の時を迎えている。

ITmedia マーケティング新着記事

news017.png

「サイト内検索」&「ライブチャット」売れ筋TOP5(2025年5月)
今週は、サイト内検索ツールとライブチャットの国内売れ筋TOP5をそれぞれ紹介します。

news027.png

「ECプラットフォーム」売れ筋TOP10(2025年5月)
今週は、ECプラットフォーム製品(ECサイト構築ツール)の国内売れ筋TOP10を紹介します。

news023.png

「パーソナライゼーション」&「A/Bテスト」ツール売れ筋TOP5(2025年5月)
今週は、パーソナライゼーション製品と「A/Bテスト」ツールの国内売れ筋各TOP5を紹介し...