「Q-Day」迫る 量子コンピュータ最前線と情シスが今やるべきことをおさらい「まだ先の話」という見方が命取りに

国連が2025年を「量子科学技術国際年」と定める中、量子コンピュータの進展が加速している。一方、「Q-Day」の脅威は現実味を帯びつつある。本稿は、主要IT企業の最新動向を踏まえ、企業が取るべき対策を解説する。

2025年12月31日 05時00分 公開
[TechTargetジャパン]

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 2025年は、国際連合(国連)が「量子科学技術国際年」(International Year of Quantum Science and Technology)と定めている。量子力学を用いて複雑なデータ処理を実施する技術「量子コンピューティング」の実用化に向けた技術的なマイルストーンが次々と達成されている。一方企業は、その裏にある深刻なリスクに直面している。それは、「Q-Day」の到来だ。

 本稿では、2025年時点でのGoogleやIBMの最新ロードマップと研究成果を基に、加速するQ-Dayへのカウントダウンと、企業が今すぐ取るべき防衛策について解説する。

Q-Dayに向けて何をすれば?

 多くの経営者は「量子コンピューティングの実用化はまだ先の話だ」と楽観視しているかもしれない。だが、攻撃者は技術の完成を待ってはくれない。サイバー犯罪者や国家支援のハッカー集団が、「HNDL:Harvest Now, Decrypt Later」(今収穫し、後で解読する)攻撃を実行しているという報告もある(注1)。HNDL攻撃は、今、機密データを盗んでおき、将来量子コンピュータが完成し解読できるようになったときのためにデータを抜き出す手法だ。

量子コンピュータの「現在地」

 量子コンピュータの開発競争は、実験室のフェーズを超え、実用化とスケーリング(大規模化)の段階に入った。主要ベンダーの2025年の動きは、そのスピードが予想以上に速いことを示している。

 IBMは2025年11月、新型プロセッサ「IBM Quantum Nighthawk」と、将来のフォールトトレラント(誤り耐性)システムの基礎となるプロセッサ「Quantum Loon」を発表した(注2)。IBMはさらに、2029年までにエラーを訂正しながら計算できる「フォールトトレラント量子コンピュータ」を実現するというロードマップを掲げている(注3)。

 Googleも2025年、量子コンピュータに関する成果を発表している。同年10月には「Quantum Echoes」と呼ばれるアルゴリズムを実行し、世界で初めて検証可能な量子優位性を示したとする(注4)。

 Microsoftは2025年を「Quantum-Ready」(量子への備え)の年と位置付けている(注5)。同年2月には100万量子ビットへのスケールを目指す「Majorana-1」プロセッサを発表した(注6)。これらの動きは、量子コンピュータが「いつか来る未来」ではなく、「目前に迫った現実」であることを突きつけている。

最大の経営リスク「Q-Day」の衝撃

 技術の進歩は喜ばしいが、セキュリティの観点からは悪夢のシナリオが近づいている恐れがある。Q-Dayとは、量子コンピュータの計算能力が、「RSA方式」(Rivest-Shamir-Adleman)や「ECC」(Elliptic Curve Cryptography:楕円曲線暗号)といった現代の標準的な暗号化技術を突破できるレベルに達する日を指す。つまり、量子コンピュータが現在のインターネットセキュリティの基盤である公開鍵暗号を解読可能になるということだ。

 特に衝撃を与えたのは、Googleの研究者クレイグ・ギドニー氏らが2025年5月に発表した論文(注7)だ。これまでの予測では、RSA-2048ビット暗号を解読するには数千万量子ビットが必要とされていた。同氏の研究では、一定の前提を置いた推定では、量子誤り耐性を持つ量子コンピュータであれば「100万量子ビット未満」かつ「1週間以内」で解読可能であると示された。

 これは、Q-Dayの到来が従来の想定よりも大幅に早まる可能性を示唆している。もしQ-Dayが到来すれば、企業の金融取引、顧客の個人情報、知的財産、国家機密に至るまで、あらゆる暗号化データが無防備になる。

 HNDL攻撃の脅威を踏まえれば、リスクは既に顕在化している。住宅ローン契約、医療記録、インフラの設計図など、数年から数十年にわたって機密性を保持する必要があるデータを持つ企業は、迅速に対策を講じなければ、将来の漏えいは避けられないという指摘もある。

企業が取るべき戦略は

 では、企業はこの脅威にどう立ち向かうべきか。唯一の解は、量子コンピューティングを使ってもデータを解読できないようにする「Post-Quantum Cryptography」(PQC、ポスト量子暗号技術)の利用だ。

 米国立標準技術研究所(NIST)は2024年8月、PQCに関する3つの重要な連邦情報処理標準(FIPS)を公開した。

  • FIPS 203
    • 耐量子アルゴリズム「CRYSTALS-Kyber」に基づいて、暗号鍵交換のための安全な通信経路を作る技術(鍵カプセル化)「ML-KEM」(Module-Lattice-Based Key-Encapsulation Mechanism)を標準化する。
  • FIPS 204
    • 耐量子アルゴリズム「CRYSTALS-Dilithium」に基づいて、デジタル署名アルゴリズム「ML-DSA」(Module-Lattice-Based Digital Signature Algorithm)を標準化する。
  • FIPS 205
    • 耐量子アルゴリズム「SPHINCS+」に基づいて、デジタル署名アルゴリズム「SLH-DSA」(Stateless Hash-Based Digital Signature Algorithm)を標準化する。

 2025年3月、NISTは耐量子アルゴリズム標準化のための追加アルゴリズムとして「HQC」(Hamming Quasi-Cyclic)を選定し、耐量子技術の選択肢をさらに拡充した。

 Microsoftや米国政府は、PQCへの移行に明確な期限を設けている。NISTは2024年12月、国家安全保障分野を含む政府システムにおける暗号のPQC移行を見据えた移行ガイダンスを公表した(注8)。一般企業では、PQCへの移行にはシステムの棚卸しから実装、テストまで5年から10年を要すると言われている。2030年のQ-Day到来を想定するなら、すぐにでも動き出さなければ間に合わない。

具体的に何をすれば

 まず社内のシステムで使用されている暗号資産のインベントリ(目録)を作成することだ。どのデータが、どの暗号アルゴリズムで守られているかを把握し、「クリプトアジリティ」を確保する必要がある。これは、暗号アルゴリズムが危殆化した際に、システム全体を作り直すことなく、新しいアルゴリズムにスムーズに入れ替えられるようにするための設計を指す(注9)。

 リスク対策の一方で、量子コンピュータがもたらすビジネスチャンスも見逃すべきではない。2026年は、リスク管理としての「守り」と、競争力強化としての「攻め」の両面で投資判断が求められる年だ。

 現在の量子コンピュータはNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)の段階にある。NISQはノイズがある小中規模(量子ビットが数十〜数百程度)の量子コンピュータを指す。それでも材料科学や創薬、金融ポートフォリオの最適化といった特定領域では、優位性が報告される例もある。化学、素材メーカーであれば、量子コンピュータを使って新素材の開発期間を劇的に短縮できる可能性がある。

 IBMは、同社が公開しているオープンソースの量子コンピューティングフレームワーク「Qiskit」において、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)と量子計算をシームレスに連携させる機能を提供し始めているとする(注10)。これにより、既存の古典コンピュータ資産を生かしながら、量子計算の能力を一部の処理に取り入れる活用方法が現実的になってきた。

まとめ:CIOへの提言

 量子コンピュータは実験段階から「産業インフラ」へと脱皮しつつある。同時に、既存のセキュリティ基盤を脅かす存在として、その影を色濃くしている。

 CIOが直視すべきは、「様子見」こそが最大のリスクであるという事実だ。RSA暗号解読のハードルが下がり続ける中、HNDL攻撃によって現在のデータが人質に取られている可能性を否定できない。

 Q-Dayは、ある日突然やってくるのではない。2025年の今、既にそのカウントダウンは始まっている。

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