クラウド移行の目的を、処理性能や拡張性の向上だけに置くと、情シスの運用負荷は残り続ける。カプコンはサーバ運用、データ連携、障害復旧まで見直した。仕事を本当に減らす移行には何が必要なのか。
データ分析基盤をクラウドへ移行すれば、処理速度や拡張性は向上する。しかし、情報システム部門(情シス)にとって重要なのは、単に新しい製品へ置き換えることではない。サーバ運用や障害対応、データ連携、利用部門からの仕様変更といった日々の負担を、基盤全体の再設計によってどこまで減らせるかが問われる。
カプコンは、社内サーバ上で稼働していたデータ分析基盤をAIデータプラットフォーム「Snowflake」へ移行し、オンプレミス版とクラウド版が併存していたBI(ビジネスインテリジェンス)基盤を「Tableau Cloud」に統合した。
その結果、レポート作成時間を約80%削減し、障害発生時のデータ復旧時間を最大約8時間から約2時間へ短縮した。企業の情シスが、カプコンの取り組みから注目したい6つのポイントを基に紹介する。
カプコンでは、導入時期や用途の違いから、BIツール「Tableau」のオンプレミス版とクラウド版が併存していた。
オンプレミス版の「Tableau Server」を維持するには、サーバの監視や障害対応、ソフトウェアのバージョンアップといった運用作業が必要になる。クラウド版も併用していたため、ライセンス費用が重複し、データやレポートが環境ごとに分散する問題も発生していた。
しかし、同社はデータ分析基盤の刷新に当たってレポート基盤をTableau Cloudに統一し、Tableau Serverの運用を廃止した。これにより、オンプレミス環境の維持やバージョン管理が不要になり、二重に発生していたライセンスコストも解消した。
情シスが注目したいのは、クラウド移行による機能向上だけではない。オンプレミス製品とクラウドサービスを併存させる期間が長引けば、それぞれにライセンス費用と運用作業が発生する。移行を計画する場合は、新環境の導入だけでなく、旧環境をいつ、どの条件で廃止するのかまで決めておく必要がある。
従来のデータ分析基盤では、エラー発生時のデータ復旧に最大約8時間かかっていた。復旧作業が長引けば、その間は最新データを使った分析やレポート作成ができず、経営判断や業務にも影響する。
新基盤では、Snowflakeの「Time Travel」機能を活用し、任意の時点のデータを参照、復元できるようにした。これによって、データ復旧時間は約2時間となり、従来から約75%短縮した。
Time Travelは、誤操作や処理エラーからの復旧だけでなく、システム変更前後のデータ比較や、リリース後に問題が発生した場合の切り戻しにも利用できる。カプコンでは、変更作業に伴う担当者の不安軽減にもつながったという。
情シスが基盤を選定する際は、平常時の処理速度だけでなく、障害時にどの時点まで戻せるのか、復旧にどれほどの時間と作業が必要なのかを確認することが重要だ。バックアップが存在していても、復旧作業が複雑で長時間かかるのであれば、業務への影響が生じる。
カプコンの従来環境では、さまざまな用途で利用できるように、汎用(はんよう)的なデータソースを1つのデータマートへ集約していた。その結果、データマートが巨大化し、処理性能の低下や構成の複雑化を招いていた。
刷新後は、大規模なデータレイクを基盤とし、その上に用途別のデータマートを複数用意する構成へ変更した。利用目的に合わせて必要なデータを切り出すことで、処理性能を向上させるとともに、実務で扱いやすい環境を整えた。
Snowflakeでは、用途や処理内容に応じてコンピューティングリソースを柔軟に変更できる。処理量の多い業務には多くのリソースを割り当てるなど、負荷に応じた調整が可能になった。
用途別データマートの採用は、利用部門からの仕様変更にも対応しやすくする。従来は1つの巨大なデータマートへ変更を加える必要があり、別の分析処理への影響も考慮しなければならなかった。用途ごとに分離すれば、影響範囲を限定しながら、分析項目やデータ構成を変更できる。
カプコンでは、データマートを作成しやすくなったことで、試行錯誤に必要な開発工数が減り、利用者から寄せられる分析パターンや仕様変更の要望に応えやすくなった。
データ分析基盤の刷新では、データベース本体の移行だけでなく、周辺システムとの接続変更も大きな負担になる。新旧環境を一定期間並行して動かす場合は、データの受け渡しや処理順序を慎重に管理しなければならない。
そこでカプコンは、Snowflakeの導入とTableau Cloudへの移行を段階的に進めた。各種システムとの接続には、Workatoの自動化プラットフォーム「Workato」を活用し、2025年2月に本番環境への切り替えを完了した。
カプコンは同月末に大型ゲームタイトルの発売を控えていたため、それまでに新基盤を本稼働させることは前提条件だった。限られた期間で移行するには、接続処理を個別に手作業で構築するのではなく、自動化できる部分を増やすことが重要になる。
移行後の外部サービスとの連携には、Snowflakeの標準コネクターを利用した。従来は、SaaS型AI予測ツールへデータを渡すための作成や加工、連携処理に多くの工数がかかっていた。しかし標準コネクターを利用することで、個別の連携プログラムを作り込む作業を減らし、運用負荷を軽減することができた。
オンプレミス版とクラウド版のTableauが併存していた環境では、レポートやデータがそれぞれの環境に分かれていた。利用部門が別の部門のデータを参照したり、複数部門の情報を組み合わせて分析したりすることも難しかった。
一方Tableau Cloudへの統合後は、事業部門をまたいだデータ共有や分析がしやすくなり、レポートの活用範囲が広がったという。
ゲームソフト販売の約9割をダウンロード版が占めるカプコンでは、2025年3月期時点で248タイトルを227の国や地域へ展開している。地域、タイトル、販売価格、セール施策など、多様なデータを組み合わせて分析するには、部門やシステムごとに分断された状態を解消する必要がある。
基盤を統合しても、全ての利用者に無制限でデータを開放すればよいわけではない。権限管理やデータの定義、品質管理などのルールも必要になる。その上で、必要なユーザーが必要なデータへアクセスできる環境を整えることが、いわゆる「データの民主化」につながる。
情シスには、データを集約する基盤を構築するだけでなく、部門間で安全に共有し、業務に利用できる仕組みを整える役割も求められる。
カプコンは、刷新した基盤を販売データの分析だけに使うのではなく、今後のAI活用を支える土台として位置付けている。
同社は既に、販売予測や異常検知モデルの作成に加え、販売データを対象としたRAG(検索拡張生成)の検証を進めている。自然言語でデータについて問い合わせられるAIエージェントの作成、検証にも取り組む。
AIエージェントが利用者の質問に適切に回答するには、参照先となるデータが整理され、必要な情報へアクセスできる状態になっていなければならない。データが部門やシステムごとに分散していたり、同じ項目に異なる定義が使われていたりすれば、AIの回答精度も低下する。
そのため、AI導入を始める前に、データの保管場所や構造、品質、アクセス権限を整備することが重要になる。カプコンの事例は、データ分析基盤の刷新が、将来のAI活用を進めるための準備にもなることを示している。
同社は今後、ゲームの販売データに加え、アミューズメント施設やプロモーションイベントなどのデータも連携させる。ゲームIPを複数の事業へ展開する「ワンコンテンツ・マルチユース戦略」に沿って、事業横断の分析を進める計画だ。
カプコンの基盤刷新で注目すべきなのは、レポート作成時間やデータ復旧時間の短縮だけではない。旧サーバの廃止、データマートの再設計、連携処理の標準化、部門間共有、AI活用までを一つの構想として進めた点にある。
情シスがデータ分析基盤を刷新する際も、製品の置き換えだけを目的にするのではなく、日々の運用負荷や障害対応、利用部門へのデータ提供、将来のAI活用まで含めて設計する必要がある。
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