クラウドコンピューティングは単なる流行ではなく、広く普及する技術だ。コストやコンプライアンスといった要件を検討し、導入に踏み切る企業が増えている。
“近ごろの若者”に小言を言う老人のような口ぶりに聞こえるかもしれないが、わたしはITの世界で流行が起こり、去っていくのを見てきた。10年くらい前にアル・ゴア氏が、「わたしがインターネットを発明した」という発言をして間もないころ、アプリケーションサービスプロバイダー(ASP)とマネージドサービスプロバイダー(MSP)のブームがあった。それらの一部はその後も生き残ったが、多くは消えていった。市場(つまり、われわれ)はまだ、自社のアプリケーションやサービスの運用を他社に任せる方式を受け入れる準備ができていなかったからだ。
現在の市場では、クラウドコンピューティングがもてはやされている。わたしのような古株にとって、クラウドコンピューティングをめぐる盛り上がりは、ASP/MSPブームを思い出させるものだ。しかし、クラウドコンピューティングが本物なら、機を逃さず活用したい。そこでわたしは、クラウドコンピューティング戦略がビジネス価値の創出に役立つかどうかを、客観的に判断しようと試みている。
わたしはクラウドコンピューティング戦略を分析するに当たり、ITについての疑問を調べるのによく使っている方法を使っている。それは、技術屋仲間のネットワークに質問するという方法だ。わたしは長年、わたしと同じくCIOを務める約200人と連絡を取れるようにしている。このネットワークは貴重なリソースだ。その経験や守備範囲はわたしのものをはるかに超えている。
クラウドコンピューティングの実態を把握するため、わたしはこのネットワークのメンバーに電子メールを送り、既に移行した、あるいは移行を検討しているクラウドサービスを尋ねた。さらに、クラウドコンピューティング戦略を実施すべきと判断する場合、その根拠となる価値命題はどのようなものかも質問した。また、彼らがクラウドの導入を考えていない場合は、理由を教えてほしいと頼んだ。
その結果、わたしのネットワークのかなりのCIOが、電子メールとスパムフィルタリングをクラウドに移行し、正規の電子メールトラフィックのためにネットワーク帯域を節約していることが分かった。何人かは大胆不敵にも、電子メールインフラ全体をクラウドに移行している。少数派ながら、ストレージやバックアップ、リカバリシステムをクラウドに積極的に移行しているCIOもいる。こうしたCIOはクラウドへの移行により、調達コストとサポートコストの大幅な削減と、サービスレベルの向上という成果を得ている。また、オンデマンドでサービスやユーザーを増減できる柔軟性も気に入っている。
クラウドコンピューティング戦略をまだ進めていないCIOはほとんどの場合、最大の懸念事項としてクラウドのセキュリティを挙げる。重要データが他社のクラウドインフラ上にあったら、誰がそれにアクセスしているか、誰がそれを保護しているか、分かったものではないというわけだ。
クラウドコンピューティングのコストモデルを敬遠しているCIOもいる。わたしもそうだ。わたしはだいぶ前に電子メールインフラを購入したが、クラウド電子メールモデルに移行するとしたら、これまでの単なる保守サポート料とは位置付けが異なる、より高額な料金が掛かることになる。ただし、このクラウドサービスの料金が、現在支払っている保守サポート料に近づいたら、わたしは導入に踏み切るだろう。
また、わたしはクラウドサービスによってコンプライアンス手続きが複雑になるのか、あるいは容易になるのかを検討しなければならない。わたしにとって、サーベンス・オクスリー(SOX)法を順守する上で最も大変な仕事は、サービスプロバイダーから提出されるSAS70監査報告書を熟読し、対応することだ。
クラウドコンピューティングは、ITの世界でこれまで起こった数々の流行の最新のものにすぎないのではなく、広く普及していくと思う。クラウドサービスが優れているからではない。われわれのスタンスが変わり、われわれの市場がより流動的になり、技術への要求がかつてないほど高度化しているからだ。しかも、われわれは仮想化を導入し、活用を進める中で、「サービスとサーバを1対1で対応させる必要はない」という考え方を受け入れている。こうした技術への要求と仮想化の経験から、「完全にコントロールすることはできないリモートシステムを使う」という考え方に対するわれわれの文化的な抵抗は、小さくなっている。
現在、クラウドコンピューティング戦略の早期導入企業は、道を切り開いている。クラウドサービスプロバイダーは、セキュリティ、データ管理、価格モデルの課題の克服に取り組んでいる。こうした動きをにらみながら、われわれは、会社にとって重要度の低いアーカイブデータの一部を移すことで、クラウドストレージを試している。また、リモートオフィスのデータをクラウドにバックアップしている。タイミング、セキュリティ、価格モデルの条件が整ったら、われわれはこうしたパイロットプロジェクトの結果を踏まえた上で、ほかのクラウドサービスを導入できる。
このクラウドコンピューティング戦略のおかげで、守旧派の老人にならずに済むことを願っている。
本稿筆者のニール・ニコライゼン氏は米HeadwatersのCIO兼戦略プランニング担当副社長。
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