適切な情報提供でより質の高い医療を目指す
京大病院が実現した“プリンタのクラウド化”の切り札とは?
京都大学医学部附属病院ではVDI技術を活用し、電子カルテ用端末でインターネットの閲覧を実現。一方、セキュリティを保つために端末からのインターネット上の情報の印刷は禁じられていた。この状況を解決した手法とは?
VDIで電子カルテとネットを1台の端末で
風情ある街並みや歴史を刻んだ寺社仏閣で多くの観光客を集める古都、京都。その中心部に位置する京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)は、1970年の中央情報処理部(現、医療情報企画部)の発足以来、院内のIT化に取り組んできた。医事会計システム(レセコン)を皮切りに1990年にはオーダリングシステムの導入に着手し、2000年にフルオーダー化を達成。電子カルテの利用も2005年に開始以来、独自の切り口からIT環境の高度化を推し進めてきた。
その代表的な取り組みが、2011年のシステム刷新時における仮想デスクトップインフラ(VDI)技術の全面採用だ。一般に、電子カルテの端末はセキュリティを確保するため専用端末が採用されることが多く、そのネットワークも別系統にしているケースが見られる。対して、京大病院では、院内ネットワークのファイアウォール(FW)内に配置された電子カルテ用サーバと、DMZ(非武装地帯)の外側に置かれたインターネット閲覧用サーバの画面を転送することで、高いセキュリティを維持しつつ電子カルテ用端末でのWebサイトの閲覧も実現しているのだ。
では、京大病院はなぜ、VDIを活用してまで電子カルテとネットの双方の閲覧にこだわったのか。
VDI採用が変えた電子カルテ運用
医師の患者に対する適切な情報提供は“患者参加型医療”を実践する上で不可欠だ。そして、そこで参考にすべき各種ガイドラインは、医師会などによって既にネットに公開されている。一方、リハビリや継続的な診療が必要な患者の場合には、自宅近隣で利用可能な施設を探すことにも活用できる。
京大病院のIT化を推進する京都大学 教授 黒田知宏氏は「総合的に勘案すると、患者の側に立った医療のためにも、医療現場にネットが不可欠だと判断しました。とはいえ、むやみにネットの利用を推進し、電子カルテとネット閲覧用サーバがつながることがあれば、情報漏えいのリスクは飛躍的に高まります。そこで、ネットの活用を広げ、かつ電子カルテと確実に隔離するためにも、VDI技術を活用する決断を下したのです」と解説する。
画面印刷を禁じたことが密な情報提供の“壁”に
ただし、患者への適切な情報提供を阻む一因としてVDI技術の限界は採用当時から指摘されてきた。院内のプリンタによるWebサイトの画面印刷ができない問題だ。その理由は印刷時におけるデータの流れを確認することで理解できるだろう。
画面を印刷する方法は、画面データを端末側にファイル形式で取り込んでプリンタに転送する手法と、インターネット閲覧用サーバからプリンタへデータを転送する手法に大別される。このうち、前者では「VDIとはいえ、その際に悪意のあるプログラムが端末に侵入することも十分に考えられます」(黒田氏)。その場合には、端末は電子カルテの閲覧にも利用するだけに、情報漏えいリスクが大幅に高まらざるを得なかった。
また、後者で問題となるのが、印刷データをプリンタに送り届けるために、FWへ新たな“穴”を開ける必要があることだ。穴が増えれば、セキュリティリスクの増大は当然ながら避けられない。
「大切な患者のデータを預かる以上、システム整備に当たってセキュリティ確保は最優先になります。そのため京大病院では、院内でのインターネット閲覧用サーバの画面の印刷を長らく禁じてきました。しかし、その結果、医師が必要な情報を適宜、患者に渡せなかったり、印刷物を用意するために、医師の負担がそれだけ増したりという弊害も散見されるようになっていたのです」(黒田氏)
INFO-Palette Cloudが課題解決の“切り札”に
黒田氏の下にはプリンタでの印刷を望む医師からのシステム改善要請が継続的に寄せられてきた。ただし、打開策はなかなか見当たらず、試行錯誤の日々が続いていたのだという。
転機が訪れたのは2013年2月。あるIT技術展示会で問題の抜本解決が見込める技術を知ったことである。その技術こそコニカミノルタの「INFO-Palette Cloud」であった。
INFO-Palette Cloudは、印刷やスキャンといった複合機関連のサービスを中心に、サードパーティー機器などとの連係を加えたクラウドサービスである。
「VDI環境とは完全に独立した通信経路の確立が実現できるこのサービスであれば、従来のセキュリティレベルを確保しつつ、インターネットで閲覧した情報の安全な印刷が実現できるとの結論に至ったのです」
黒田氏は早速、コニカミノルタに対して、同サービスの本採用に先立った実証実験を依頼する。京大病院では、インターネット閲覧用サーバから受け取った印刷用データをシスコシステムズのスイッチ「Cisco Edge 300」を利用したプリンタサーバがプル形式で取得する仕組みを採用した(図1)。
ただし、その実施に先立ち、対応すべき課題も存在したのだという。京大病院では患者への情報提供の観点から、外来での採用を想定していたが、そこで使われていたプリンタが全てコニカミノルタ製ではなかったことも課題の1つである。INFO-Palette Cloudはマルチベンダーのサービスだが、あらゆる印刷デバイスでの動作を保証しているわけではない。そのため、既存プリンタとの事前検証が不可欠であった。
このことを踏まえ、京大病院はコニカミノルタの協力で外来の全220台のプリンタの検証作業に着手し、1台ずつ地道に動作確認を行っていった。併せて、プリンタの使い勝手を高めるべく、端末ごとに最も近い位置にあるプリンタを指定するテーブルを作成し、サーバへの登録作業も実施。これにより、印刷指示を出した端末から最も近いプリンタで常に印刷することを可能にした。なお、一連の作業に要した期間は約2カ月であったという。
また、実証実験の開始に先立ち、黒田氏は院内でINFO-Palette Cloudについての説明会を開催。より多くの医師の利用を訴えるとともに、操作マニュアルを作成し電子カルテに公開するなど、利用者に配慮した準備を着々と進めた。
2013年10月から数カ月にわたって同サービスの実証実験をコニカミノルタと共同で実施した結果、安定運用が可能で活用も進みつつあると判断された。京大病院では2014年4月から同サービスの本格利用に乗り出したのである。
使い方も通常のプリンタと変わらず
サービスの利用を開始した成果は、患者へのより密な情報提供が可能になったことに明確に表れている。
「INFO-Palette Cloudは印刷ログの一元管理が可能ですが、それによると1日当たり約20件の印刷が行われています。従来は閲覧した情報を手書きで紙にメモした上で患者やその家族に伝えるといったことを行っていると聞いていました。電子カルテ端末で閲覧したインターネット上の情報をそのまま印刷し渡せるようになったことで、少ない手間でより多くの、かつ的確な情報提供が可能になり、医療の質の向上に確実に貢献しています」(黒田氏)
サービスの操作手順は「通常の印刷時の操作とほとんど変わりません」(黒田氏)。そのため、新たに覚えることがほとんどないことも、医師にサービスを受け入れてもらううえで一役買っている。
悲願の院内での印刷を実現した今、黒田氏が新たに見据えているのが2016年度に予定している電子カルテシステムの刷新である。データの適切な構造化を通じた、真に医療に役立つデータ管理の実現を目指しているという。
「現状の電子カルテは紙のカルテをコンピュータに置き換えたものにすぎず、紙カルテと同様の情報が整理されずに格納されている状態。今後のデータ活用の推進のためには、データの種類ごとに的確に分離して保管されることが必須となります。その実現を目指して、新たな情報プラットフォームを整備していく予定です。そこでも、独立した印刷用の通信経路を確立できるINFO-Palette Cloudを引き続き利用する方針です」
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