0.5歩先の未来を作る医療IT
IT化が進まない理由――紙が残ってしまうことで、電子カルテの導入効果がダウンする
紙カルテのワークフローを残したまま電子カルテを利用しようとすると、結果的には二度手間が生まれがちだ。電子カルテの「ITならではのメリット」を正しく理解する必要がある。
前回「医療現場にITが浸透しない理由――新しいシステムへの恐怖はなぜ生まれるのか?」では、IT化の恐怖を生み出す原因として、次の5つを挙げました。
- IT化によって自分の仕事がなくなる
- PCが苦手だから、操作に不安がある
- 新しいものは信用できない
- 小さな組織だから不満の声が届きやすい
- システム導入効果が明確ではない
これらの原因は、そもそもIT化に対する期待と現実のギャップによって生じているのではないかと考えます。一般的に、IT化の効果として、「距離」「時間」「場所」の制約を限りなくゼロに近づけることができるという事象が挙げられます。電子カルテを例に、この3つの観点から「IT化への期待と効果」を検証してみます。
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「距離」はゼロになるのか
紙カルテの場合は、「カルテ(診療録)」を受付、診察室、検査室、処置室、会計へと順番に移動させることで業務を進めてきました(カルテが回ってこないと業務がスタートできないため、病院や診療所ではカルテの指示情報を記載した「伝票」が生まれました)。カルテは診療行為を「記録」する用紙としての役割と、「指示」を各部門に伝達する指示簿としての役割を担っています。
これが電子カルテに変わると、物理的な「紙」の移動がなくなり、クライアントPCから瞬時に指示を出したり受けたりすることが「距離」に関係なく可能になります。つまり、「カルテ」の搬送距離はゼロになり、情報伝達のスピードが格段に上がるのです。
この話だけを聞いていると、電子カルテの導入効果はありそうに感じますが、ここに大きな落とし穴が存在するのです。現場のスタッフは「紙カルテがなくなると指示簿が物理的に移動しなくなるため、指示を受けにくい」と話すのです。指示簿が紙からPCへ変わっただけなのに、イメージが湧かずに、すんなりとその変化が受け入れられないようです。そうして「紙カルテの方が瞬時に情報を得やすい。電子カルテはいちいち患者名をクリックして開かなくてはならない」と電子カルテ導入に反対するのです。
その結果、指示簿としての「紙」を残そうとします。電子カルテと紙の指示簿を並行運用しようとするために、「カルテの移動」がなくならないのです。これでは、IT化の効果は実感できません。電子カルテに導入する際に起こりがちな現象です。
「時間」が短縮できるか
電子カルテを導入することで、どのような時間が短縮できるのでしょうか。受付では、次のような業務にかけていた時間がなくなります。電子カルテ導入で明らかに受付業務はスリムになります。
- 新患カルテの作成
- カルテ探索
- カルテ搬送
- レセプトコンピュータ(以下、レセコン)入力
- カルテ返却
診察室では、「電子カルテに入力する」という新たな業務が発生します。電子カルテは、記事部分とコスト伝票部分を診察室で入力することを想定しています。そのため、本来は受付スタッフが担当していた「レセコン入力」という業務が診察室にシフトすることになります。PCが苦手な医師や看護師にとっては、「時間(仕事)」が増えたと感じるに違いありません。その結果、「電子カルテを導入したら、診療時間が延びて現場が大変になった。これでは本末転倒である」という論調になるのです。
受付の業務が減り、診察室の業務が増えては、購入者である院長は時間が短縮されたという実感は得られないでしょう。実際のところ、患者の院内の滞在時間は紙でも電子カルテでもあまり変わらないというケースも少なくありません。
「場所」は縮小するのか
電子カルテを導入して紙カルテを廃止すれば、当然、カルテを管理するスペース(棚)が必要なくなります。かつては「カルテ棚がいっぱいになったから、電子カルテを導入する」と、場所の問題が電子カルテ導入の第一の目的でした。今でも電子カルテ導入の効果はペーパーレスだと考える人もいるでしょう。
実際に電子カルテを導入すると、瞬時にカルテ棚がなくなることはありません。現存する紙カルテをなくさない限り、棚はなくならないのです。診療録の保管義務は転帰が定まった時点(治癒・死亡など)から5年ですから、すぐに廃棄することはできずに、徐々にしか紙カルテは減っていかないのです。すぐになくなると思っている医師にとっては、IT化への期待と効果が大きくズレていると感じやすい部分です。
紙カルテの運用から脱却できないまま電子カルテへの移行を進めると、前述のように紙カルテと電子カルテを混在した運用となり、結局はカルテ棚がなくならないという現象も起きてしまいます。「電子カルテを導入してもカルテ棚がなくならない。そんな話、聞いてないよ」ということになってしまいます。
期待と現実の乖離がIT化を遅らせる
電子カルテ導入によって期待した効果が、現実には得られなければ、医師は「電子カルテを導入しても意味がない」と感じてしまいます。それが飛躍して「IT化しても意味がない」という論調になり、IT化が進まない原因となるのです。
医師の電子カルテへの期待が裏切られてしまう背景には、運用の部分で起こっている幾つかの“ボタンの掛け違い”があります。そのことについては次回解説します。
「電子カルテの導入が医療現場の運用改革である」という基本的な理解がないままに、現在の運用をそのまま電子カルテに置き換えるというスタンスが、期待と現実の乖離(かいり)を生む根本の原因なのです。この点は、立ち止まってよく考えてほしいところです。
かつて「IT革命」という言葉が流行しました。IT革命が起きた結果、私たちは格段に便利な社会を手に入れました。新幹線や飛行機の切符は駅や空港に行かなくても買えますし、大抵のモノはお店に行かなくても購入できます。地図を読むのが苦手な筆者は、地図アプリのおかげで道に迷うことも少なくなりました。明日にスマートフォンやPC、インターネットがなくなるとすれば、そのような社会で生きていけるのかどうか、とても想像できません。
IT革命がわれわれのライフスタイルを変えたように、医療界でもIT革命によって診療スタイルが変わるくらいのインパクトがなければ、IT化を推進することは難しいのでしょう。
次回は、IT化の期待と現実のギャップを埋める方法を解説します。
著者紹介
大西大輔(おおにし・だいすけ) MICTコンサルティング
一橋大学大学院MBAコース卒業。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月より医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などを行う。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。
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