企業は生成AIを業務に活用し始めている。この動きは、単純な業務を国外に委託するオフショアアウトソーシングと共通する部分がある。採用市場、ひいては教育現場にどのような影響をもたらし得るのか。
AI(人工知能)技術を使って文章や画像などを自動生成する「生成AI」(ジェネレーティブAI)は、労働雇用市場の在り方を変えている。その変化は広範なレイオフ(一時解雇)ではなく、求人広告で応募者に求められる条件への影響として現れている。「自動化が進む可能性が高い業界では、生成AIによって仕事を自動化できる職種において、雇用する従業員の数を減らす動きが目立つ」というのが、労働市場の専門家の見解だ。
一方で、IT業界では、生成AIによる自動化の進展が直接的なレイオフの原因にはなっていないという見方がある。雇用主は生成AIを自社の業務に活用し始めたばかりで、「生成AI革命」の先駆け的存在だったチャットbot「ChatGPT」にしても、登場したのは2022年11月のことだからだ。
それでも、生成AIが労働市場に大きなディスラプション(創造的破壊)を起こす可能性は残る。どのような影響が懸念されているのか。
生成AIは新しい形の「オフショアアウトソーシング」(海外に委託するアウトソーシング)だと言える。「この動きは、仕事がインドや中国などの海外企業に向かうのではなく、『機械』に向かっているところが特徴だ」と、ワシントン州立大学のカーソンビジネスカレッジの教授(情報システム)兼暫定学部長を務めるデボラ・コンポー氏は述べる。
コンボー氏によれば、生成AIがオフショアアウトソーシングできるような単純な業務を引き受けている一方で、残された仕事にはより高度な学習が必要になっている。例えば、生成AIは「以前から存在していたものをコピーした戦略的計画」を作成できる。だが、それだけに満足せず、「今までにない新しいアプローチを開発できる従業員も求める企業が出てくる」と同氏は推測する。
労働市場と教育の関連性を研究する機関The Burning Glass Instituteと、人材分野の非営利団体Society for Human Resource Managementは、業種ごとに生成AIがどの程度影響を及ぼすのかを分析した。得られた結果を、レポート「Generative Artificial Intelligence and the Workforce」にまとめた。レポートは、事務、金融、法務、IT、数学などの幅広い分野で、ホワイトカラー(知的・技術労働者)の仕事が生成AIの影響を受ける可能性があることを示唆している。
「生成AIによって最初に起きるのは雇用の破壊で、生産性が向上して雇用が拡大するのはその後だ」と、The Burning Glass Instituteのチーフエコノミスト、ギャド・レバノン氏は語る。例えばある企業におけるソフトウェア開発の生産性が、生成AIによって向上したとする。その結果、開発すべきソフトウェアの数が増えたり、規模が大きくなったりしたとしても、その企業はプロジェクトを完遂させるために以前ほど多くの開発者を必要としない可能性がある。需要を超える、必要以上の生産力を手にしたからだ。
ソフトウェア開発者にとって、生成AIは開発者の需要を増やす存在になり得る。「それでも、雇用の“破壊”と“創出”という2つの相反する力が、最終的にどのような影響を開発者にもたらすのかは、今の時点で知ることは困難だ」とレバノン氏は語る。
事務、会計、保険といった職種では、生成AIの導入が雇用者の減少につながるとレバノン氏は予測する。この現象は、突然の大規模な解雇ではなく、雇用の変化として徐々に現れる見通しだ。「雇用主はこれらの職種で新たな人材の採用を停止するようになる」と、レバノン氏は語る。あるいは、こうした動きは既に起きている可能性もある。
労働市場調査会社Janco AssociatesでCEOを務めるビクター・ジャヌライティス氏によれば、雇用主はIT部門において、ヘルプデスク対応などの初歩的な業務用のソースコードを生成するチャットbotやAI技術に目を向けている。「求人では、初心者レベルではなく経験豊富な人材を募集することが一般的だ。例えばブロックチェーン管理者の求人広告は見つかるが、初心者レベルのブロックチェーン技術者の求人広告は見つからない」とジャヌライティス氏は言う。
リスク分析会社LexisNexis Risk Solutionsでテクノロジー担当バイスプレジデント兼グローバル最高情報セキュリティ責任者を務めるフラビオ・ビラヌストレ氏によれば、IT業界で最近見られるレイオフの主な要因は、生成AIではない。
経営陣や投資家は、テクノロジーのムーンショット(非常に困難だが達成できれば大きな成果をもたらす壮大な計画)よりも収益性や効率性を重視しているというのが、ビラヌストレ氏の見解だ。とはいえ生成AIによる業務効率の向上は、一部の大手IT企業が必要とするソフトウェア開発者の数に影響を及ぼす可能性はあるとも同氏はみる。
「企業が『GitHub Copilot』『Amazon CodeWhisperer』などのソースコード自動生成ツールを使うことで、ソフトウェア開発の効率がアップすれば、その分ソフトウェア開発の仕事に就く人員が余剰になる可能性がある」(ビラヌストレ氏)
ワシントン州立大学(Washington State University)のCarson College of Businessは、AI技術に対する企業の受け入れ体制について、2023年11月から12月にかけて調査を実施した。調査に参加したのは、フルタイムで働く専門職1200人だ。その結果、回答者の56%がデータ分析やコンテンツ生成などの分野でAI技術を業務に利用していると答えた。その一方で回答者の半数が、AI技術を活用する方法を学ばなければ、自身のキャリアにおいて取り残されることに大きな懸念を抱えていた。
AI技術の登場に伴う変化に適応するために、大学の制度の拡充が必要になる可能性をコンポー氏は示唆する。具体的には、大学が提供している専門的な科目のうち、特定分野に絞った講座を3つほど受ければその分野を履修したことを証明できる「マイクロクレデンシャル」(単位ごとの履修証明)のような制度の導入だ。この制度は、学位を保持している人も、そうではない人も利用できるものだ。
「大学も教育モデルを再考しなければならない。ビジネスの世界と同じように、私たちも変化に追い付くために競争することになるだろう」とコンポー氏は語る。
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