住友ゴムの開発部門は、生成AIツールを活用して開発業務における課題解決を図った。「Gemini」を選定した理由や活用方法、今後の展望について解説する。
プログラミングスキルを持つ人材の獲得や育成が難しい――。古いプログラミング言語で書かれたソースコードを理解できる人が退職してしまった――。このような悩みを抱える組織は少なくない。近年利用が広がりつつある「生成AI」(ジェネレーティブAI)を活用することで、プログラミング業務の自動化と効率化が可能だ。一方で、生成AIが書いたソースコードの信ぴょう性を疑問視する声もある。
タイヤやスポーツ用品のブランド「DUNLOP」(ダンロップ)などの事業を手掛ける住友ゴム工業(以下、住友ゴム)も、開発に関する課題に直面していた。同社はGoogleのAIモデル「Gemini」を含めて生成AIツールの活用範囲を広げている。生成AIツールの選定において何を重視したのか。導入後の活用方法や効果と併せて解説する。
タイヤの開発プロセスではあまたのシミュレーション手法を用いて、あらゆる条件下におけるタイヤの性能を予測する必要がある。自動車走行時の摩擦やタイヤにかかる空気抵抗など、シミュレーションに用いる要素も多様なため、住友ゴムでは常時10種類以上の解析ソフトウェアが稼働している。
住友ゴムでシミュレーション手法と解析ソフトウェアの開発を統括する研究開発本部の角田昌也氏(研究第一部長)は、「解析ソフトウェアごとに扱うプログラミング言語が違うので、研究開発本部員は複数の言語を習得する必要がありました」と、同部門が抱えてきた課題を説明する。シミュレーションには「C++」、結果処理には「Python」といった具合だ。ベテラン人材が退職し、「Fortran」「Perl」など比較的古いプログラミング言語で書かれたソースコードの内容を把握できなくなるといった課題もあったという。
住友ゴムではプログラミング経験者が入社するケースはあまりなく、プログラミングスキルは基本的に入社後に身に付ける。角田氏は「業務効率化プログラムを作りたいと思っても、部内のスキルや教える側の余裕が足りず、実現が難しい状況でした」と振り返る。そこで、プログラミングスキルの底上げと同時に、部内に数名いるプログラミングの有識者に集中している負担を減らしたいと同氏は考えた。
2023年9月ごろから生成AI活用の検討を始め、「プログラムの新規生成」「プログラミング言語の変換」を生成AIで支援する体制を目指した。自社データがAIモデルの再学習に利用されない点を前提に、生成AIツールの比較検討を実施。最終的に選択したのは、Googleの「Gemini for Google Cloud」(旧称Duet AI for Google Cloud)だった。
角田氏は選定理由について、「Googleが自前のAIモデルとAIモデル開発部門を持っていること」が決め手だったと話す。将来的にはチューニングの実施も考えていたため、他社と比較してより柔軟かつスピーディーな技術面のサポートが魅力だった。
Gemini for Google Cloudで利用できるAIモデル「Gemini Ultra」が、数値や画像、テキスト、音声など複数種類のデータを関連付けて処理できる「マルチモーダルAI」である点も、採用理由の一つだ。「タイヤの性能予測に用いるのは数値データだけではなく画像データしか残っていない実験データもあります。将来的な活用を見据えると、マルチモーダルAIは魅力的でした」(角田氏)
ツール選定後、Googleの支援を受けながら1カ月程度で利用環境を構築し、2023年10月から稼働を開始した。Microsoftのソースコードエディタ「Visual Studio Code」(VS Code)の画面をベースに、AIモデルと対話しながらプログラムの作成と実行結果の確認ができる利用環境を構築した。Geminiとのチャット画面、プログラム画面、データサイエンスツール「Jupyter Notebook」(Jupyter)のインタラクティブ画面、OS「Linux」のターミナル画面を1つの画面内で利用できる(図1)。ユーザーはクラウドで管理された安全な開発環境を提供する「Cloud Workstations」を経由してGemini for Google Cloudを利用する。
住友ゴムは実際にGemini for Google Cloudを用いて、3D(3次元)グラフ作成を効率化する「3Dプロットアプリケーション」を開発した。「CSVデータを基に3Dグラフを描画するプログラムをPythonで書いて」とGeminiに指示すれば、何回かのやりとりを挟んで、簡単にプログラムの作成や調整をしてくれたという。
生成AIが作成したプログラムの正確性を確保するため、ソフトウェアの動作を機能などの要素単位で検証する「単体テスト」のアプローチ検証やプログラム作成にも生成AIを活用した。一方で生成AIは完璧ではなく間違うリスクもあるため、「有識者の確認は実施すべき」と角田氏は話す。
角田氏はGemini for Google Cloudの導入効果として、「感覚的なものですが、プログラムの開発や運用にかかる労力が、従来の10分の1程度になりました」と評価する。プログラムの草案出しやエラーの修正まで生成AIが支援してくれるので、これまで1人では作れなかったプログラムも作れるようになったという。
従業員育成の負担軽減にもつながった。従来は聞く側も、多忙な有識者に質問しづらいという心理的ハードルがあった。今はまず生成AIに質問して、それでも分からない部分や最終チェックのみ有識者に依頼するため、両者の負担は大幅に減った。スキル習得にかかる期間が年単位から月単位に短縮するなど、学習スピードの向上にも役立っている。
一方で生成AIの使い方に工夫が必要だったケースもあった。「事前にまとめてコードを機械語に翻訳する『コンパイラ言語』のFortranから、実行時にコードを一行ずつ機械語に翻訳する『スクリプト言語』のPythonへの変換はさすがに難しかったです」と角田氏は話す。迂回(うかい)策として、「まずコンパイラ言語のソースコードを生成AIに要約してもらい、手動でルールを追加したのち、要約をスクリプト言語でコード化するよう指示する」といったやり方で対処している。
他の例としては“配列の次元指定”がある。GeminiでFortranのプログラムを生成する際は、最初に配列の次元を指定する構文「dimension」ステートメントで配列を定義してくれた。だが、シェルスクリプト言語「Bash」ではPythonの2次元配列を1次元配列にうまく変換できなかったという。「GPT-4」など、別のAIモデルでは正しく生成できるケースもあり、そちらの内容を採用することもあった。「AIモデルは急速に進化を遂げているので、出力結果の改善など性能の向上に期待しています」と角田氏は話す。
住友ゴムはGemini for Google Cloudを活用して、既存プログラムの整理や統廃合を進めている。今後は生成AIツールのさらなる社内展開や、社外向けサービス開発を見据え、著作権侵害チェックなどの機能を活用していく方針だ。
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