「AI PC」が重いエンドポイントセキュリティを軽くする? ESETの挑戦NPUの性能を引き出す

セキュリティツールはPCを重くしがちだ。AI PCは、この問題を解決する鍵になり得る。AI PCによるエンドポイントのパフォーマンス向上を目指すセキュリティベンダーの戦略と、その効果に迫る。

2025年04月23日 05時00分 公開
[Gabe KnuthTechTarget]

 人工知能(AI)技術関連のタスク処理に特化したプロセッサを搭載する「AI PC」が登場し、実用的な活用例についての検討が進んでいる。セキュリティベンダーESETは、エンドポイントセキュリティ製品「ESET Endpoint Security」において、AI PCの処理能力を活用することによって、従来のセキュリティ製品が抱えていた課題の解決に取り組んでいる。

 セキュリティ分野においてAI技術自体は目新しいものではない。セキュリティベンダーは以前からAIモデルの開発やトレーニング、実装に取り組んできたが、その大部分はセキュリティベンダーのサーバを用いる“クラウド型”だった。この状況を、AI PCはどう変え得るのか。

エンドポイントセキュリティ分野でAI PCが起こす“革命”

 従来のエンドポイントセキュリティ製品は、データをエンドポイントで収集して一次検査を実行し、疑わしい項目や未知の項目をセキュリティベンダーのサーバに送って詳細に分析していた。この手法は有効である一方、エンドポイントのCPU負荷や消費電力が増加するという代償が伴う。遠隔地での分析に起因する遅延や、データを外部に送ることに対するセキュリティ上の懸念も課題だ。

 セキュリティ業界は、こうしたプロセスをハードウェアとソフトウェアの両面から改善する方法を模索してきた。その一例がIntelの「Threat Detection Technology」(TDT)だ。TDTはIntelのCPUシリーズ「Intel Core」が搭載するセキュリティ技術で、ハードウェアレベルで収集される動作情報(テレメトリー)を利用して、パフォーマンスへの影響を抑えつつ、ランサムウェアや不正な暗号資産マイニングといった脅威を検出する。「ESET Endpoint Security」「CrowdStrike Falcon」「Microsoft Defender」などのエンドポイントセキュリティ製品も、このテレメトリーを活用している。

 IntelとESETの提携は、ランサムウェア対策に重点を置いたものだ。両社の取り組みによって、ESET Endpoint Securityはエンドポイントのセキュリティ処理の一部をGPU(グラフィック処理装置)で高速化できるようになった。

 その後Intelは、プロセッサを異なるワークロード(処理)用に最適化した複数の専用コンポーネントに分割し、それらを組み合わせるハイブリッドアーキテクチャを採用した。CPUは、負担のかかるタスクを処理する「Performance-Core」(P-Core)と、比較的軽めの処理を担当する「Efficient-Core」(E-Core)の組み合わせで構成される。GPUとNPU(ニューラル処理装置)は、並列処理が必要なワークロードや、汎用(はんよう)プロセッサでの処理には適さないワークロードを対象にする。こうしたプロセッサに対して、OSレベルでワークロードを割り当てるというアーキテクチャだ。ESET Endpoint Securityなどのソフトウェア層でタスクの実行場所を能動的に最適化することによって、処理の効率化とエンドポイントの実行速度をさらに向上させることができる。

 このアーキテクチャが登場したことで、ESETはESET Endpoint Securityが実行するさまざまな処理を最適化できるようになった。スキャンなどの優先度が低いバックグラウンドタスクをE-Coreで実行させることは、エンドポイントの処理速度の向上につながる。その他のワークロードはP-Core、GPU、NPUのいずれかで並列して実行できる。

 タスク割り当ての効率化以外のメリットもある。NPUが利用可能になるまで、ESETは社内で開発したAIモデルを、エンドポイントに配布する前に機械語に変換しなければならなかった。CPUはAIモデルが必要とする並列処理には最適化されていない。そのため、CPUでAIモデルを稼働させようとすれば、CPUに大きな負荷がかかることになり、エンドポイントの実行速度に悪影響を及ぼしかねない。NPUが使えるようになったことで、ESETは一部のAIモデルをエンドポイントで動かせる技術を獲得した。これによって、主に2つのメリットが生まれた。

  1. 更新プログラムの配布プロセスの簡略化
    • AIモデルを機械語に変換するには時間がかかり、新機能の実装や脅威検出の遅延につながる。AIモデルをエンドポイントで稼働させることで変換の手間が省け、更新プログラムをエンドユーザーに素早く届けられるようになる。
  2. エンドポイントにおけるCPU負荷の軽減
    • ESETによれば、NPUの導入によってスキャンにかかる時間を5%、CPU負荷を3.5%削減できる。その結果、エンドポイントの処理速度向上と省電力化につながる。

 こうしたメリットを享受できるのはAI PCユーザーだけではない。従来のPCを使っているエンドユーザーにもメリットがある。ESETは収集したテレメトリーやTDTを用いて観測した結果に基づいて、従来のPCを含むエンドポイントで稼働させるためのAIモデルの改良に何が必要になるのかを把握できるからだ。

セキュリティ分野におけるAI PCの展望

 AI PCの登場初期に見られた派手な用例も魅力的である一方、筆者としてはエンドユーザーとIT部門の両方にメリットをもたらす用例が登場してきたことを心からうれしく思う。こうしたさまざまな技術の開発は、セキュリティの強化やエンドユーザー体験(UX)の向上、サポート担当者の負荷軽減といった、IT部門が追求する根本的な目標と合致する。

 人々がAI PCに寄せる期待は正当なものだが、今回紹介したような本当に役立つシナリオがなければ、その勢いはいつまでも続かない。負の側面に目を向けなければならない日が、いつかきっと来る。例えばサイバー犯罪者がエンドポイントのNPUをどう悪用し得るのか、どのような対策を講じるべきなのかといった問題について、考えなければならない日が来るはずだ。ただし今のところは、AI PCの有用性を裏付ける実用的な証拠自体が、AI PCにとって希望をもたらしてくれることは確かだ。

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