最新モンハン「100万プレイヤー同時接続」でも落ちないインフラをどう作った?人気ゲームを支えるクラウド基盤の設計思想

カプコンはリアルタイム性が求められる最新ゲームの大規模マルチプレイ環境をAWSのクラウドサービスで実現した。その開発の裏側を同社が明かした。

2025年06月19日 05時00分 公開
[渡邉利和]

 クラウドサービスの活用は今や当たり前のものになりつつあるが、ゲームやメディア、エンターテインメントといった、遅延や回線品質に敏感な業界での活用事例も広がってきている。カプコンは人気のゲームタイトル「モンスターハンター」シリーズの最新作「モンスターハンターワイルズ」を2025年2月28日に全世界同時発売し、2025年3月末には全世界販売本数1000万本という大ヒットとなっている。

 巨大なモンスターを倒すために複数プレイヤーが協力するマルチプレイが特徴となる本作で、カプコンは「初めてのクロスプレイを初めての全プラットフォーム世界同時発売でやる」というチャレンジングな目標を掲げ、その実現のためのプラットフォームとしてクラウドサービス群「Amazon Web Services」(AWS)を活用した。映画のような高精細画像をスムーズに動かし、100万人以上に達した同時接続プレイヤーを満足させるような高品質なプレイ体験はどのようなインフラによって実現されたのか。その一端が事例紹介という形で明かされた。

「100万同時接続」でも落ちない基盤をどう作った?

画像 アマゾン ウェブ サービス ジャパンの恒松幹彦氏

 まず概要説明を行ったアマゾン ウェブ サービス ジャパンの恒松幹彦氏(常務執行役員 情報通信・メディア・エンターテイメント・ゲーム・スポーツ・戦略事業統括本部 統括本部長)は、米Informa TechTarget傘下の調査部門Omdiaの調査結果として「ゲームを含むメディア・エンターテインメント産業の市場価値は2024年に1兆米ドル(約145兆円)に達し、そのうちゲームが25%を占めている」というデータを紹介。日本の市場規模に関しては「約1.9兆円で、グローバル市場の約6%を占めている」「経済産業省によるとコンテンツ産業全体での海外輸出高は約5.8兆円で、半導体や鉄鋼といった基幹産業に並ぶ規模と言われる」などの数値を挙げ、ゲーム産業の重要性を強調した。

画像 カプコンの井上真一氏

 続いて、カプコンの井上真一氏(システム基盤部 部長)がモンスターハンターワイルズにおけるAWS活用の概要について説明した。井上氏はまずモンスターハンターワイルズについて、「オンラインプレイができるアクションゲームで、世界中のプレイヤーと共闘するというゲームデザイン」だと紹介した上で、「これまでは単一のプラットフォームの中だけでやってきた」と語った。主要なゲーム・プラットフォームとしては、現在は「PlayStation」や「Xbox」、さらに最近ではゲーミングPCなども使われているが、従来のモンスターハンターにおける「共闘」は、例えばPlayStationならPlayStationを使っているユーザー間でのみなど、それぞれのプラットフォームごとで実現されていた。

AWSを採用した理由は

 井上氏は、本作が従来とは異なる設計を採用している点を説明した。従来は各プラットフォームのネットワークを活用してものづくりをしてきたが、本作においてはプラットフォームの垣根を取っ払うという、クロスプレイに取り組んだ。それで問題になったのは、従来は各プラットフォーマーが用意しているネットワーク環境をカプコンがユーザーとして使っていたが、本作においてはクロスプラットフォームとなり、各プラットフォーマーのネットワークを使うことはできない点だった。同氏は「どのプラットフォームのユーザーも、カプコンのネットワークにアクセスして遊んでいただく形になる」とし、加えて「本作では、全プラットフォーム向けに全世界同時発売ということがあらかじめ決まっていたので、(発売直後に)負荷が高くなることも分かっていた」と説明した。その上で、「ゼロからスクラッチで作るという発想もあり得るが、実績のあるマネージドサービスに頼ったものづくりをする方が、発売後の運用に適するのではないかと考えた」という。こうした点を踏まえ、同社はAWSを採用するに至った。

 ネットワークの観点でもAWSを選ぶ理由があったと井上氏は説明する。モンスターハンターワイルズは「リアルタイム性のあるアクションゲーム」であるため、通信の遅延がユーザー体験を著しく損なう懸念がある。そこで、複数のクラウド事業者の通信速度の検証も実施しながら、さまざまな仕組みとの組み合わせの上でどれが最も自社の要求を満たせるのかを検討した。「AWSの持つ世界中にあるリージョン間の通信にAWSの内部ネットワークを使うことで遅延を抑えられるなど、総合的な通信品質でAWSを選んだ」(井上氏)

トラブルの種をつぶすためのテストを繰り返す

 開発に当たっては「検証を繰り返しながら進めるというステップを踏むことはできなかった」という。一般的な開発プロセスでは、限られた人数を対象にして試しにプレイしてもらう、いわゆる“クローズドβテスト”などの検証を実施するが、今回は面白さを追求するために、できるだけ開発期間を作り込みに当てたいという開発陣の意向によってクローズドβテストも実施できないことになった。そこでAWSと協力体制を構築してゲームタイトルの完成前にテストを繰り返しておくことで、実際にゲームの運用が開始された後で出るであろうトラブルの多くをあらかじめつぶしておくという努力を繰り返したという。

 同氏によれば、テストを繰り返していると、バグではない原因でところどころ止まるところがある。AWSの各ソリューションの中には負荷が高まり過ぎないようにQuota(ユーザーが使用してよいリソース量をあらかじめ制限しておく仕組み)のようなものが設定されていることが多く、それに対して使用方法や使用目的などをきちんと申請することで制限を緩和してもらえる仕組みも用意されている。だが「その仕組みはなかなか外からは見えづらい」(同氏)という。今回はAWSのサービスである「AWS Countdown Premium」を利用することで、AWSのソリューションアーキテクトの担当者がカプコン専属で付き、さまざまな相談に乗ってくれた。こうした“中の人”にしか分からないことも相談できるサービスも活用することで、運用開始後にトラブルになりそうな点を事前にテストした。それに加えて、運用開始後に想定外のトラブルが発生する可能性も踏まえ、復旧をできるだけ速く実施できるようにすることも検討した。専属でソリューションアーキテクトに付いてもらえば、内部のログなどへのアクセスもしやすくなり、すぐに原因の切り分けができる。「復旧が早くなるということまで期待した上でのサービス利用だった」と同氏は明かす。

画像 AWSの専任エンジニアがサポート(提供:アマゾン ウェブ サービス ジャパン)《クリックで拡大》

 開発中のさまざまなトラブルはあったものの、井上氏は「提供開始に当たっては大きなトラブルが起きることもなくユーザーの皆さんに楽しんでいただけたので、この取り組みには大変満足している」と評価する。

リアルタイム性のある用途でも広がる活用事例

画像 アマゾン ウェブ サービス ジャパンの小林正人氏

 アマゾン ウェブ サービス ジャパンの小林正人氏(サービス&テクノロジー事業統括本部 技術本部長 ソリューションアーキテクト)はAWSでゲームサーバを稼働させるメリットとして「用途ごとに専用に設計されたマネージドサービス」「包括的で信頼性が高いグローバルなインフラストラクチャ」「ゲーム業界のお客さまからの信頼」「広範で高機能なネットワーク接続サービス群」の4点を挙げる。ユーザーのニーズに応じて仮想マシンサービス「Amazon Elastic Compute Cloud」(Amazon EC2)やコンテナ管理サービス「Amazon Elastic Kubernetes Service」(Amazon EKS)を使って独自のインフラを作成することも、ゲーム向けのマネージドサービス「Amazon GameLift」を利用することもできると紹介した。カプコンも利用したAWS Countdown Premiumについて小林氏は、「AWSのエキスパートチームから選ばれた専任エンジニアが設計フェーズから運用まで包括的にサポートするサービス」だと位置付けた上で、一時的に多数のユーザーアクセスが集中することでトラブルが生じやすい大規模なイベントの開催を支援する体制も整っていることを強調した。

 従来、クラウド環境はコスト効率の面でのメリットが強調されることが多かった。だがリアルタイム性のあるアクションゲームの対策をグローバルで支援できるほど低遅延で安定したネットワークやコンピューティングを提供できる環境になっており、その活用の幅が広がっている。パフォーマンスに問題がないのであれば、人気の度合いによってユーザー数が極端に増減することが想定されるゲームサービスこそ、オンデマンドでリソースの増減ができるクラウドの特性が向いているコンテンツだと評価できるだろう。

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