企業におけるAI開発が本格化する中、開発ツールの選定は極めて重要なテーマとなっている。Google、Microsoft、AWSの主要ツールの特徴を整理し、自社に最適な選択肢を見極めるヒントを提供する。
企業におけるAI(人工知能)開発の本格化に伴い、「どのAI開発プラットフォームを選択するか」が重要な戦略的判断となっている。選定においては技術的優位性が重視される傾向にあるが、見落とされがちなのが「自社の開発体制や業務環境に適合するかどうか」という視点だ。
本稿は、Googleの「Vertex AI」、Microsoftの「Azure Machine Learning」、Amazon Web Services(AWS)の「Amazon SageMaker AI」を中心とした代表的なAI開発プラットフォームを解説し、組織との相性を重視した実践的な選択指針を提示する。
Googleの機械学習ツールVertex AIは、2024年に同社の生成AIモデル「Gemini 2.0」と統合したことで大幅な機能強化を実現した。100万トークン(テキストデータを処理する際の基本的な単位)のコンテキストウィンドウ(生成AIがやりとりの中で一時的に保持する情報量)で大規模データの一括処理が可能。同社のTPU(テンソル処理ユニット)「Cloud TPU v5p」により、前モデル「Cloud TPU v4」と比べてポッド(複数チップの単位)当たりの演算性能が向上し、最大4倍の計算規模に対応可能。AIモデルの学習速度は最大2.8倍高速化している。
Vertex AIの強みは、GoogleのクラウドDWH(データウェアハウス)「BigQuery」との連携性にある。データベース言語SQLを使ってBigQueryで機械学習モデルを構築し、そのままVertex AIにエクスポートしてデプロイ(配備)できるなど、データの蓄積、分析からAIモデルの開発、運用までを一気通貫で処理できるのが特徴だ。
ただし、Google独自のアーキテクチャへの一定の理解が前提となるため、データエンジニアがチームにいる組織に適している。
MicrosoftのAzure Machine LearningはクラウドベースのAI開発プラットフォームだ。同社が2024年11月に発表したAIサービス群「Azure AI Foundry」の中核を担い、AIモデルのトレーニングから本番環境への展開までを一元的に管理できる。先進的なAIモデル管理機能を備えている他、Azure AI Foundryが提供する1900種類以上のAIモデルとも連携可能で、組織の迅速なAI導入を支援する。
差別化ポイントは、既存のMicrosoft製品との高い統合性にある。オフィススイート「Microsoft 365」、ユニファイドコミュニケーション(UC)システム「Microsoft Teams」、社内ポータルサイト構築ツール「Microsoft SharePoint」との連携により、AI機能を業務アプリケーションに自然に組み込むことができる。ID・アクセス管理システム「Microsoft Entra ID」(旧Azure Active Directory)による認証・認可システムをそのまま活用でき、Microsoft製品に慣れ親しんだIT部門には大きなメリットとなる。
コストについても、予約インスタンスを使えば、従量課金制と比べて最大72%のコスト削減が可能だ。
AWSは2024年12月、統合AI開発環境Amazon SageMaker Unified Studioを発表した。クラウドストレージ「Amazon Simple Storage Service」(Amazon S3)を活用したデータレイクや、データウェアハウス(DWH)サービス「Amazon Redshift」、サードパーティーのデータソースを統合できる他、ソースコード生成AIアシスタント「Amazon Q Developer」による自然言語でのAI開発が可能だ。
推論処理には専用チップ「AWS Inferentia2」を使用でき、前モデル「AWS Inferentia1」と比較して最大4倍のスループットと最大10倍の低レイテンシ(遅延)を実現する。AI開発タスクを一元管理するマネージドサービス「AWS SageMaker HyperPod」では、数百から数千台規模のAIアクセラレーターを用いたクラスタ構築が可能で、LLMの学習にも有効だ。
インフラ担当者がML(機械学習)運用を兼務するようなデータサイエンティストが不在の組織においては、ノーコード機械学習ツール「Amazon SageMaker Canvas」が強力な武器となる。既存のクラウド監視サービス「Amazon CloudWatch」やID・アクセス管理(IAM)サービス「AWS IAM Identity Center」と連携するなど、運用ノウハウを生かしやすい点も大きなメリットだ。
AI開発プラットフォームの選定では、「最高のツール」ではなく「自社が最も活用できるツール」を選ぶことが持続的な成功への近道となる。具体的には、以下の優先順位で判断することを推奨する。
データサイエンティストが不在でも導入しやすく、既存のAWS運用ノウハウをそのまま活用できる。まずはノーコードツールAmazon SageMaker Canvasから始め、Amazon SageMaker Unified Studioでの本格開発に移行。サーバ管理が不要なサーバレス推論でのデプロイへと段階的に進める。こうしたアプローチは、初期投資を抑えつつ将来的なスケールも検討している組織に最適だ。
ビジュアルツール「Azure Machine Learning Designer」やAutoML機能を活用することで、AI分野の知識が十分でないチームでもAIモデルの開発に取り組みやすい。管理ポータル「Microsoft Purview」との統合でAIモデルを一元管理する構成が推奨される。製造業の品質検査や金融業の不正検知など、リアルタイム性が求められる処理に適している。Microsoft製品を運用している組織であれば、既存のノウハウを生かせる他、セキュリティおよびコンプライアンス(法令順守)要件にも対応しやすい。
BigQueryに精通したデータエンジニアが在籍し、大規模なデータ処理に強みを持つ組織にとって、Vertex AIは有力な選択肢となる。BigQueryとVertex AIを連携させたデータレイクハウスを構築し、統合ノートブック環境「Vertex AI Workbench」を活用することで、開発効率を高めることができる。演算基盤としてはCloud TPU v5pによるクラスタ構成が利用でき、高度なAIモデル開発が可能。創薬研究など、大規模データを活用する領域で特に威力を発揮する。
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