「RAG」導入に成功する企業の“6つのベストプラクティス”「自社データを生かすAI」の設計【後編】

LLMの信頼性や業務適用性を高める技術として注目される「RAG」。その効果を最大限に引き出すための6つのベストプラクティスとは。

2025年07月22日 07時00分 公開
[Donald FarmerTechTarget]

 AI(人工知能)導入に当たり、自社独自のデータを活用したいと考える企業は多い。そうしたニーズに応える手法として、近年注目を集めているのが「RAG」(検索拡張生成)だ。RAGは、学習データ以外に外部のデータベースから情報を検索、取得し、LLMが事前学習していない情報も回答できるように補う手法だ。

 しかし実際には、「RAGを導入したものの期待通りに精度が出ない」「運用がうまくいかない」という課題に直面するケースは少なくない。こうした事態を回避し、社内の情報資産を最大限に生かすには、設計から運用までを見据えた戦略的なアプローチが不可欠だ。本稿は、RAG活用の精度と効果を引き出すための6つのベストプラクティスを紹介する。

「RAG」の成功に欠かせないベストプラクティス6選

1.データパイプラインの構築

 RAGの検索精度は、元となるデータの質に大きく左右される。そのため、まず取り組むべきはデータ戦略の明確化だ。まず、自社にとって価値のある情報源を特定する。これには、ナレッジベース、社内レポート、顧客対応の通話ログ、社内Wikiなどが含まれる。

 次に、以下のようなデータパイプライン(分析用のデータを準備するための一連の工程)を構築する。

  • 関連性の低い情報や古い情報を除外する
  • 文書を適切なサイズに分割する
  • テキスト形式を標準化する
  • メタデータを抽出、管理する
  • ドキュメント更新時にバージョン管理を実施する

 これらは一度きりの取り組みではなく、継続的であるべきプロセスだ。新しい情報の追加や変更を自動的に反映できるよう、ナレッジベースの更新を自動化するワークフローを構築するのが望ましい。

2.ベクトルデータベースの選定

 RAGの検索処理では、文書をベクトル(数値のリストや配列)化するプロセスが不可欠だ。埋め込みモデルによって文章をベクトルに変換することで、意味的に類似する文書を埋め込み空間上で近い距離に配置し、意味ベースの検索が可能となる。

 例えば、「パスワードをリセットする方法」と「ログインに必要な認証情報を忘れた場合の対応」という文章は、表現こそ異なるが意味は類似している。ベクトル検索は、こうした類似性を正確に捉えるのに効果的だ。

 ベクトルの格納および検索で必要となるのがベクトルデータベースだ。代表的な製品には、「Pinecone」「Weaviate」「Milvus」「Qdrant」などがある。既存のデータベースにベクトル検索機能を追加するケースも少なくない。

 ベクトルデータベースの選定時には、以下の点を考慮するとよい。

  • プロジェクトの拡大に耐え得るスケーラビリティ(拡張性)
  • 高負荷状況での検索性能
  • 暗号化やアクセス制御などのセキュリティ機能
  • 既存システムとの統合性
  • 運用、保守にかかる工数とコスト

3.検索戦略の策定

 RAGにおいて「どこまで情報を検索するか」は生成結果の品質に直結する。情報が多過ぎるとノイズが増え、少な過ぎると回答が不十分になるため、バランスが重要だ。

 検索精度を高めるための具体的なアプローチは以下の通り。

  • キーワード検索とセマンティック(意味)検索を組み合わせた「ハイブリッド検索」の採用。
  • 検索結果を関連度に基づいてリランキング(再ランク付け)する。
  • メタデータを用いて検索範囲を絞り込む。
  • クエリを再構成することで検索精度を高める。
  • ユーザーのフィードバックを活用し、検索精度を継続的に改善する。
    • ユーザーの意図はテストだけでは見落としがちなケースも少なくない。運用中のフィードバックループを設けることで、検索精度の継続的な改善が可能になる。

4.セキュリティとコンプライアンスの確保

 RAGシステムの導入に当たっては、情報漏えいや法令違反のリスクを未然に防ぐため、セキュリティおよびコンプライアンス対応が不可欠だ。

 推奨される対策は以下の通り。

  • 検索と生成の双方に対して役割ベースのアクセス制御を設ける
  • 情報の出自や変更履歴を追跡できるようにする
  • クエリと応答のログを記録し、監査可能にする
  • コンテンツフィルタリングによる機密情報の出力防止
  • 個人を特定できる情報(PII)の管理方針の策定と周知

5.プロンプトエンジニアリングの最適化

 プロンプトエンジニアリングとは、LLMから望ましい出力を引き出すためのプロンプト(情報生成のための質問や指示)を作成する設計プロセスだ。LLMの出力品質を大きく左右する要素の一つだ。ユーザー任せにせず、企業側で用途別のテンプレートや出力フォーマット、出典表記のルールを定めておくべきだ。

 プロンプト設計のコツは以下の通り。

  • プロンプトの用途別テンプレートを用意する
  • 出典表記に関する明確な指示を盛り込む
  • 出力フォーマットの粒度をあらかじめ定義する
  • ユーザーの役割や状況に関する情報もプロンプトに含める
  • テストと改善を繰り返し実施する

6.RAG アーキテクチャの厳格なガバナンス

 RAGは導入して終わりではない。時間の経過とともにナレッジベースが古くなったり、情報が偏ったりすることもある。RAGシステムの信頼性を維持するためには、以下のようなガバナンス体制を確立することが求められる。

  • RAGシステムの利用状況や精度指標を可視化するダッシュボードの導入
  • どの情報が使われたか監査ログを残し、透明性を確保
  • ユーザー満足度の定量評価
  • バイアスの検出と補正

RAG活用を成功に導くために

 RAGの導入を検討する際は、初期の段階でアーキテクチャチームや運用チームを含めて議論することが重要だ。これにより、後々のナレッジ統合やスケーラビリティの確保もしやすくなる。

 まずは、高品質な構造化データが存在し、明確な用途がある領域から着手するとよい。例えば、カスタマーサポート、社内ナレッジ管理、コンプライアンス関連文書の検索などがある。

 導入は段階的なアプローチを採用すべきだ。小規模プロジェクトから始め、成功体験を積み重ねながら範囲を拡大していくことで、リスクを抑えつつ定着を図ることができる。

 併せて、社内人材の育成やナレッジの蓄積も、長期的な成功に向けた重要な投資だ。RAGの運用にはデータ整備、ベクトル検索、プロンプト設計など専門的なスキルが求められる。

 RAG単独にとどまらず、ファインチューニング(追加学習)や教師あり学習など他のAI技術との組み合わせも視野に入れることで、自社業務に最適化されたAI活用が実現できるだろう。

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