AIツールやSaaSの導入が急増し、企業のIT部門では“サブスク疲れ”が広がっている。Bain、PwC、Gartnerの調査をもとに、課題の構造と実践的な対応策を解説する。
最近の情シスでは、こんな会話が繰り返されている。
「また別部署が新しい人工知能(AI)ツールを契約したらしい」「SaaS(Software as a Service)の更新日が重なって事務処理に追われている」「ChatGPTとMicrosoft Copilotが入ってきて使い分けをユーザーに説明しにくい」「結局どれが必要なのか決められないまま契約だけ増えていく」――。
SaaSのサブスクリプション(継続購入)モデルは、サービスの導入や利用が手軽である反面、契約数が増加しやすい仕組みだ。そこへ2023年からの生成AIブームが重なったことで、既存SaaSへの支出に加えてAIツールの新規契約が急増し、企業ITはサブスクリプションの二層構成になりつつある。
SaaSとAIの運用が二層構成になると、管理と運用の主体となるIT部門の負荷は増加する。特に、サービスの導入背景や利用目的が曖昧な状態で契約件数が積み上がると、誰のためのツールなのか、どの業務に有効なのかが見えにくくなり、IT部門の現場では“サブスク疲れ”ともいえる状況が拡大する可能性がある。
本稿は、コンサルティング企業Bain & Company(以下、Bain)、PwCジャパン、調査会社Gartnerが示すデータと現場感をもとに、企業に広がるサブスク疲れの構造を整理し、IT部門が明日から取り組める実践的な取り組みを提示する。
Bainが2025年5月に公開した調査結果によると、米国企業の95%が生成AIツールを利用しており、2023年10月から2024年12月までの1年間で、生成AIツールの本番利用のユースケース数は約2倍に増加した。
Brief Survey: Generative AI’s Uptake Is Unprecedented Despite Roadblocks
その中でも特に伸びが大きいのがIT領域だ。2023年10月からの生成AIツールの利用率の推移を目的別に示した調査結果からは、IT領域の生成AIツールの利用が最も高い成長を示している。
ITに次いで導入が進んでいる領域は、以下の通りだ。
ここから読み取れるポイントは、次の2つである。
Bainは、こうした導入拡大を支える背景として、企業が生産性向上やコスト削減を目的とした生成AIの活用を積極的に進めている点を指摘している。
一方で、導入が急速に進むほど課題も顕在化しているとBainは指摘している。
このように、生成AIツールはさまざまな業務領域で導入されているものの、管理体制やガバナンスが追いつかず、企業のIT基盤に負荷が生じ始めている企業があることが分かる。
PwC Japanグループが2024年6月に公開した調査では、生成AIの活用に対する期待値と効果の差分を回答者に質問した。その結果、以下の結果が示された。
注目すべきは、成功要因として最も多かった回答が適切なユースケース設定で、38%を占めている点だ。
このデータから見えるのは、日本企業において技術そのものよりも、どの業務にどの目的で使うかという設計が成果に影響するという実態である。
情シスの現場では、次のような状況が生まれやすい。
この構造が、日本企業特有のPoC疲れやAIツールの乱立を招き、サブスク疲れの一因になっている。
例として、ユーザーは業務の中でツールごとに異なるAIと対話することになる。
これらが業務中に至る所で立ち上がると、ユーザーは何をどこで使うべきか判断がつきにくくなり、結果として管理するIT部門の負担は増大していく。
Gartnerのバイスプレジデントアナリスト、ダリン・スチュワート氏は、「AI Sprawl」が拡大する企業は増加傾向にあると指摘する。AI Sprawlとは、企業の中で用途やベンダーごとに個別最適化されたAIアシスタントが乱立し、統制されないまま広がってしまう状態を指す。
スチュワート氏によれば、企業から最も多く寄せられる質問は「結局、私たちはいくつAIアシスタントを使えばいいのか」というものだ。
スチュワート氏の答えはこうだ。
さらにAI活用には、データガバナンスに加えて、PDF、Word、画像、動画などの非構造化データを扱うコンテンツガバナンスが不可欠だ。しかし、コンテンツガバナンスの推進は大半の企業で遅れているとスチュワート氏は指摘する。
AI Sprawl、ユースケース設計の弱さ、ガバナンスの未整備という3つの課題が重なることで、サブスクの件数は増えるのに成果が上がらないという悪循環が生まれる。
ここまでの内容を整理すると、サブスク疲れは次の3つの構造が重なって生じている。
ツールが増えることが問題の本質ではなく、ユースケース設計、つまりユーザーにAIツールをどう使わせるのかの設計が追いつかないことが本質的な問題である。
ここからは、負担を必要以上に増やさず、現実的に効果を出すための実践的な視点をまとめる
契約しているSaaSをリストアップする。契約状況の可視化ではなく、業務に基づいた洗い出しを目的に一覧表を作成する。
業務と目的、それに使っているツールをひも付けることで、どこが重複しているか見えやすくなる。
ROI(投資対効果)を完璧に、細かく計算し過ぎる必要はない。
各業務に対して
このあたりを押さえておけば、比較に足る数字は出せる。
AIツールを十分に活用するには、データだけでなくPDFや文書などの非構造化データを整理し、使える状態にしておくことが欠かせない。非構造化データがバラバラに散らばったままでは、RAG(検索拡張生成)の精度も成果もどうしても限定的になってしまう。
こうした整理やルール作りは地味で手間のかかる作業だが、AIツール活用の土台として効果を発揮しやすい部分でもある。これらを整えていくことでAIツールの価値を引き出せるようになる。
近年の生成AIツールやクラウドサービスの広がりを振り返ると、各社の調査や提言には共通して見えるポイントがある。
Bainは生成AIツールがこれまでにない速さで企業に広がっていることを示し、PwCはその効果を引き出すためにはユースケースの設計が欠かせないと指摘する。Gartnerは、AIツールが増え続けるAI Sprawlと、整備が追いつかないガバナンスが現場負担の原因になっていると警鐘を鳴らしている。
こうした視点を重ねると、サブスク疲れは単にコストが積み上がっているという話ではなく、AIツールが組織の中でどのように使われているかという“構造の問題”として見えてくる。これからのIT部門に求められるのは、AIツール選びだけでなく、整理のための視点を持ち、使われ方そのものを整える役割へと一歩踏み出すことにありそうだ。
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