2026年に入って企業が「AI PC」に飛び付き始めた理由利用費用の高騰と調達難の“二重苦”に備えよ

2026年に予測される世界的なメモリ不足はPC市場の懸念材料だ。その上、AI活用を進めるにつれて、クラウド型AIサービスの利用費用も膨れ上がっていく。そうした悩みを抱える企業が「AI PC」に熱視線を送る理由とは。

2026年03月14日 08時00分 公開
[Aaron TanTechTarget]

 企業が人工知能(AI)技術の活用に注力する中、IT部門は新たな頭痛の種を抱えている。クラウド型AIサービスの利用費用の膨張だ。追い打ちをかけるように、世界的なメモリ不足が迫っており、次期PCリプレースにおける調達費用の跳ね上がりは避けられない情勢となっている。

 この“二重苦”を打開する一手として浮上しているのが、AI処理に特化したプロセッサを搭載する「AI PC」だ。当初は単なる最新技術への「先行投資」だと見なされていたAI PCが、なぜ2026年に入って費用削減の「実利ある武器」として台頭しているのか。

「2026年のPC調達危機」を乗り切る鍵はAI PCにあり

 HPでパーソナルシステムズ事業部門のプレジデントを務めるケタン・パテル氏は、2026年度第1四半期(2025年11月〜2026年1月)において、同社のPC総出荷台数に占めるAI PCの割合が、前四半期である2025年度第4四半期(2025年8月〜10月)の30%から35%に拡大したことを明らかにした。

 パテル氏は2025年上半期(1〜6月)における企業のAI PC調達状況をこう振り返る。企業の調達担当者は、標準的なPC更新サイクルである3〜4年の間に新しいテクノロジーを導入する機会を逃すことを恐れており、先行投資としてAI PCを導入するケースがこれまでは一般的だった。しかし2025年下半期(7〜12月)に入ると、クラウド型AIサービスの利用費用が膨らみはじめたため、企業はAI PCの投資利益率(ROI)を実感するようになり、導入が加速した。

 「企業がクラウド型AIサービスを利用する際、消費するトークン(データの最小単位)量と、それに伴う従量課金の費用が課題になる。クラウド型AIサービスと同等のメリットをAI PCで実現できれば、企業にとって高いROIになる」(パテル氏)

 AI PCの導入を後押しするもう一つの要因は、データプライバシーの保護だ。限られたメモリでも動作する「小規模言語モデル」(SLM)の登場によって、企業はデータを社内LANにとどめたまま、コンプライアンス(法令順守)要件を満たしながら、手元のPCで機密情報を含むデータを分析できるようになった。

 リアルタイム翻訳や、小売店などで人間の行動をさりげなく支援する「環境AI」(アンビエントAI)など、低レイテンシ(遅延)が求められる用途が広がっていることも、AI PCが普及している要因だという。こうしたデータの発生源の近く(エッジ)でデータを即時処理する必要があるシステムにおいても、AI処理に特化したチップ「NPU」(ニューラル処理ユニット)を搭載したデバイスの需要が生まれている。

 AI PCの需要を押し上げる大きな要因としては、日常の定型業務を自動化し、生産性を向上させるAIアシスタントの普及がある。Microsoftが、AIツールの導入が本格化し始めた2023年から2024年にかけて実施した調査によると、同社のAIアシスタント「Copilot for Microsoft 365」を最も効率的に利用しているエンドユーザーは月に10時間を節約しており、平均的なエンドユーザーでも月に約5時間を節約していた。

 2026年には、ローカルストレージにあるファイルやデバイスで稼働するアプリケーションと連携して自律的にタスクを遂行するエージェント型AIツール「Claude Cowork」によって、週に約8〜10時間の生産性向上を達成したと同ツールのユーザー企業が報告した。Claude Coworkの開発元であるAnthropicは、営業、法務、財務分析といった特定の業務を遂行するためのプラグインを公開しており、こうしたソフトウェアの発展がAI PCの導入価値をさらに高めている。

 エンドポイントセキュリティ分野でもAI PCが活躍している。ESETなどのセキュリティベンダーは、脅威を検出するためのAI処理の一部をNPUに任せることで、PCの動作を重くすることなく、脅威スキャンの速度とPCの電力効率を向上させている。

アジア市場の追い上げ

 パテル氏によると、アジア企業におけるAI PCの普及ペースは加速している。新技術の導入に慎重なアジア市場は、AI PCの機能をフル活用するための前提となるOS「Windows 11」への移行において、米国市場よりも後れを取っていたという。

 「2025年は米国企業がいち早くWindows 11への移行を進めたが、2026年はアジア企業が大きく追い上げている」とパテル氏は説明する。特に、2025年度第4四半期から2026年度第1四半期(2025年8月〜2026年1月)におけるアジア市場の成長は「非常に力強い」ものだったと同氏は強調する。

 アジア地域でソフトウェア産業が活発なことも、AI PCの成長を後押ししている。パテル氏は、「現地のソフトウェア業界には、最新技術を積極的に活用しようとする企業があふれている」と語る。

 パテル氏の強気な見通しは、IT業界全体の予測とも一致する。調査会社Gartnerが2025年8月に発表した予測では、世界PC市場に占めるAI PCの割合が、2025年末までに31%に達し、2026年には55%(1億4300万台)に到達するという。同社は、2029年までにAI PCがビジネス用PCの標準になると見込む。

 導入が進む一方で、AI PC市場は世界的な不況や物価高といったマクロ経済の悪化と、部品の供給不足や物流の停滞といったサプライチェーンの乱れによる逆風に直面している。調査会社IDCは2025年12月、世界的なメモリ不足の深刻化によって、2026年にPC市場全体が約5〜9%縮小する可能性があると警告した。

 半導体メーカーが、より高価で売れるAIデータセンター向けの広帯域メモリ(HBM)を優先して製造しているため、PCベンダーは一般的なPC向けメモリの深刻な品薄状態に陥っている。AI PCでAIモデルを動かすためには大容量のメモリが必要であるため、このようなメモリ不足はPCの価格高騰を招き、2026年の全体的な出荷台数の成長を抑制する懸念がある。

 AI PCが普及するにつれて、企業におけるPC調達の在り方も変わりつつある。IT部門だけではなく、AIツールを活用した新しい業務フローを求めるカスタマーサポート部門の責任者など、現場の事業トップが直接購買に関わるようになっているのだ。

 「当社の営業スタイルも変化している。IT部門や調達部門の正規の手続きを経由しつつも、事業部門のリーダーに対して『業務時間がこれだけ減る』といった具体的な事業上のメリットを直接アピールする手法にシフトしている」とパテル氏は明かす。

 事業部門の決定権が強まることで、調達モデルが変化する可能性もある。デバイスをサービスとして提供する「HP Managed Device Services」において、HPはAIツールの活用による業務効率化などの達成度合いに応じた、成果報酬型の料金体系の導入を検討しているという。

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