非IT企業では複雑な要件に基づいたレガシーシステムが、開発者の長大な「待ち時間」を生み、サービス創出のボトルネックになっている。Volvo Car、IKEA、H&M Group、Philipsはこの課題をどう乗り越えたのか。
企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する中、製造業や小売業といった非IT企業においても、内製開発はますます重要になっている。しかし、歴史ある大企業ではレガシーシステムが複雑に絡み合い、ITインフラが断片化していることがしばしばだ。開発者が新しいサービスを立ち上げる際、承認やインフラ設定に従来のチケットを用いたフローを強いられ、数週間待たされることが大きな課題になっている。
こうした課題を解決する手段として、オープンソースの開発者用ポータルサイト(IDP:Internal Developer Portal)ツール「Backstage」がある。Volvo CarやIKEA、H&M Group、Philipsといったグローバル企業は、Backstageを中核としたシステムを構築し、開発者の認知負荷を下げる取り組みを推進している。結果として、システム構築にかかる時間を数週間から数分単位に短縮。年間で数万時間規模の待機時間を削減するという効果を上げた。
非IT企業特有の複雑な条件において、各社はどのようにBackstageを浸透させ、膨大な手間を削減したのか。具体的なアプローチと成功の鍵を探る。
本稿は、2025年4月に開催されたカンファレンス「KubeCon + CloudNativeCon Europe 2025」の併催イベント「BackstageCon」でのパネルディスカッションに基づいている。自動車、アパレル、家具、ヘルスケアという異なる業種の大企業が、共通の「開発者体験の欠如」という課題にどう立ち向かったかが語られた。
各社が直面していた最大のボトルネックは、開発者が本来の業務であるコーディングを開始するまでの「待ち時間」だ。Volvo Carの社内開発者プラットフォームチームでプロダクトマネジャーを務めるマーティン・ワネルスカー氏は、データベースを備えた新しいサービスの立ち上げに、かつては2〜3週間を要していたと明かす。Backstageを介したセルフサービスによる自動化によって、1時間未満での提供が可能になった。
Philipsではさらに劇的な変化が起きている。ソースコード品質を管理するツールのプロジェクト作成には、従来はチケット申請から設定完了までに数日を要していたが、Backstage導入後は開発者自身の操作によって数秒で完了するようになった。同社のプリンシパルエンジニアであるスコット・ガイマー氏によれば、Backstageのテンプレート機能「Scaffolder」の実行回数は既に3万回を超えた。これによって、数万時間の処理時間と、それ以上に膨大な開発者の待機時間を削減している。
IKEAも同様だ。開発者向けツールのプロダクト担当であるヤン・マグヌッソン氏は、煩雑なチケット申請手続きを自動化しただけで、少なくとも5万時間の待機時間を削減したと報告した。H&M Groupのエンジニアリングマネジャー、ティナ・ビンセント氏も、適切なインフラ設定とセキュリティ要件を満たした上でのデプロイに1〜2カ月かかっていたプロセスを、ソフトウェアテンプレートの活用によって最大5分で完了できるようになったと強調する。これによって、より付加価値の高い業務に人員を振り向けられるようになった。
ソフトウェアを主製品としない企業にとって、扱う技術スタックの多様性は避けて通れない課題だ。Philipsは電動歯ブラシの組み込みソフトウェアから医療用の電子カルテまで、IKEAは物流管理からコンシューマー向けWebサイトまで、広範囲なシステム構成を抱えている。この複雑な条件が、開発者用システムへの連携を難しくする要因になる。
「情報のごみ捨て場」化を防ぐガバナンスは、大規模企業における共通課題だ。IKEAは開発者用システムを単なるツールの寄せ集めではなく、1つの「製品」として育て、運営する役割を担う専任のコアチームを設置した。このチームは、システム内のソフトウェアカタログや情報が一定の品質を満たすよう厳格に監視しており、開発者が迷わず正しい情報にアクセスできる状態を維持している。
Philipsはデータに基づいた健全性の維持を試みており、半年間更新されていない要素をシステムが自動で特定するなどの仕組みを導入した。H&M GroupはBackstageの導入初期にあえて厳格なルールを設けず、まずは利用を促すことで開発者に価値を実感させるという自由度が高いアプローチを採用した。
各社に共通するのは、ソフトウェア部品やサービスの所有権(オーナーシップ)を明確に定義することが、大規模企業で開発者用システムを機能させるための要点だという認識だ。
プロジェクトの継続には、経営層に対する説得力のある説明が欠かせない。Philipsは、テンプレートの利用頻度から削減された手間を数値化し、数十万ユーロ規模の費用削減効果を具体的に提示することで、システムへの投資の正当性を証明した。これは単なるツール導入ではなく、ビジネスのスピードを左右する戦略的投資として認められたことを意味する。
今後の展望として、各社は所有権モデルのさらなる精緻化や、カタログの分類精度の向上を目指している。開発システムを単なるツールの寄せ集めではなく、開発者という顧客に対する「製品」として定義し、社内インフラを洗練させる。この「プロダクトマインドセット」は、非IT企業がデジタル競争力を獲得し、インフラ構築やセキュリティ対策の自動化を磨き上げ続けることで、開発者が煩雑な手続きに手を止めることなく、本来の創造的な業務に集中できる仕組みづくりの要になるだろう。
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
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