東急の大規模開発を救った「非技術者にも定着する」プロジェクト管理手法とは?事業部門とIT部門の溝を埋める

大規模なシステム開発において、事業部門とIT部門のITリテラシーの差は、認識のずれや手戻りの原因になる。表計算ソフトウェアやメールによる旧来の進捗管理に限界を感じた東急は、この分断の溝をどう埋めたのか。

2026年05月18日 05時00分 公開
[TechTargetジャパン]

 企業にとって、使い続けてきたレガシーシステムの刷新は極めて難易度が高い。東急グループ共通のポイントサービス「TOKYU POINT」は、約250万人(2026年4月時点)の会員を抱える巨大なサービスだ。その裏側では約20年に及ぶ運用の中でシステムの老朽化が進み、市場の変化に対する機動力が低下していた。

 この課題を解消するため、東急は2023年に大規模なシステム刷新プロジェクトを始動した。このプロジェクトは関連するシステムが約20件に及び、自社の内製開発部門だけでなく、複数のグループ会社や外部パートナーから総勢150人が参加するという極めて複雑な座組みだった。過去には同様の試みが、情報共有の限界から頓挫したこともある。メールや表計算ソフトウェアを用いた旧来の進捗(しんちょく)管理では、関係者間の要件調整や合意形成に多大な手間を要し、プロジェクトの停滞を招いていたからだ。

 そこで東急は、情報の集約とプロジェクト管理のシステムとしてヌーラボの「Backlog」を導入した。結果として、150人の足並みをそろえることに成功。2026年2月に新システムをリリースし、巨大な会員システムを現代的なアーキテクチャに移行させるミッションを完遂した。

 事業部門とIT部門が混在する巨大プロジェクトにおいて、東急はいかにして認識のずれを防ぎ、タスク漏れのない「自律的に動く組織」を作り上げたのか。

「非技術者にも使ってもらえるツール」の重要性

 東急がプロジェクト管理ツールの選定において最も重視したのは、「事業部門への定着」だ。大規模なシステム刷新では、エンジニアだけが理解できる管理手法では必ず限界が来る。過去のプロジェクトでは、高度な機能を持つエンジニア向けツールを導入したものの、操作の難解さから事業部門のメンバーが離脱し、結局はメールでのやりとりに戻ってしまうという失敗を経験していた。

 今回のプロジェクトでは、ITリテラシーの多寡を問わず、150人の全員が自発的に課題を登録し、進捗を更新することが不可欠だった。そこで、直感的な操作性と親しみやすいユーザーインタフェース(UI)を持つBacklogを選択。これによって、専門的な教育を必要とせずに全メンバーが同じ仕組みの上で対話できる土壌を整えた。これは単なるツールの変更ではなく、組織全体の情報の透明性を確保するための戦略的な選択だったと言える。

曖昧さを排除する「Wiki」と「テンプレート」の運用術

 150人規模のプロジェクトで最大のリスクとなるのは、タスクの「依頼内容の曖昧さ」だ。東急はこれを防ぐため、Backlogの「Wiki」と「テンプレート」を徹底的に活用した。

 まず、プロジェクトの基本ルールや合意事項を全てWikiに集約。他部門に作業を依頼する際には、あらかじめ設定した「課題テンプレート」の使用を義務付けた。テンプレートには、依頼の概要だけではなく、「なぜその期限なのか」という背景と、「何をもって完了とするか」という定義の記載欄を設けている。

 この運用によって、「言った・言わない」の不毛な論争を回避し、受け手が迷うことなく即座に作業に着手できる条件を整えた。情報の解釈に依存しない仕組みを構築したことで、伝達ミスに起因する手戻りを大幅に削減することに成功した。

「開発」と「運用」を分断させないシステム連携

 東急の取り組みで特筆すべきポイントは、開発期間中だけではなく、リリース後の運用フェーズを見据えたシステム構成を構築した点にある。

 新システムの稼働後は、顧客対応やエラー処理のためのプロジェクトを新たに立ち上げ、顧客からの問い合わせやシステムが検出した不具合を一元化している。重要度の高いシステムアラートは自動的に課題としてBacklogで起票されるよう連携しており、現場の担当者が即座に状況を把握し、優先順位を判断して処理できる体制を実現した。これによって、開発時の設計意図や議論の経緯(ナレッジ)が、そのまま運用保守の現場に継承されるようになった。設計書には現れない「判断の背景」がコメントとして蓄積されているため、障害発生時の原因究明や改修判断のスピードが劇的に向上している。

将来展望:AIによるナレッジの資産化

 東急は今後、この膨大なプロジェクトログをさらなる業務効率化に活用する方針だ。150人が数年にわたって蓄積したコメント群は、同社にとってかけがえのない知的資産になっている。

 今後は「Backlog AIアシスタント」を活用し、膨大なスレッドから必要な結論や過去の類似事例を瞬時に抽出する仕組みの検証を進めるという。AIアシスタントがナレッジの検索や要約を処理することで、属人化を排除し、プロジェクトの世代交代や新規メンバーの参画をよりスムーズにする狙いだ。

 会員数250万人を支えるインフラを刷新した東急の挑戦は、単なるシステム更新にとどまらない。ITツールを「情報の集約点」として定義し、150人の人的リソースを最大化させた同社の手法は、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進において重要な示唆を与えている。

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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。

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