AIブームが実験段階を終え、APACの先進企業はインフラの再構築にかじを切っている。スタンダードチャータード銀行は特殊ハードを排除し、24時間で稼働可能な標準化モデルを確立。一方でNAVER Cloudはデータ主権を守る「ソブリンAI」で世界進出を狙う。
AIの導入が実験段階を終え、実用化のフェーズへと進んでいる。これに伴い、アジア太平洋(APAC)地域の組織は、世界規模での拡張とサプライチェーンの停滞回避を目指し、インフラの標準化と「ソブリンAI(主権AI)」への注力を強めている。
米国ラスベガスで開催されたイベント「Dell Technologies World 2026」の合間に行われたメディアブリーフィングでは、Dell、スタンダードチャータード銀行、韓国のIT大手Naver Cloudの幹部が登壇。AIサイクルの成熟がAPAC地域のデータセンターをいかに変貌させているかについて議論を交わした。
Dellの発表によると、同社の「AI Factory」の顧客基盤は、過去1年間で3000社から5000社以上に急増したという。AIソフトウェアやNVIDIA製インフラの急速な普及の裏には、回復力(レジリエンス)が高く、徹底的に汎用化されたインフラへの根強いニーズがある。
以下では、スタンダードチャータードやNaver Cloudの事例を紹介しながら、情シスが直面する供給網のわなと、勝ち残るための基盤戦略を解き明かす。
世界54の市場で事業を展開するスタンダードチャータードにとって、ハードウェア不足を乗り切りつつ世界規模の拡張性を確保するには、プライベートクラウドの再設計が必要だった。同社のインフラ・運用担当グローバルヘッドを務めるジョン・シャラット氏は、その背景を説明した。
同行は現在、国境を越えて活動する顧客のための「スーパーコネクター」となることを目指し、世界各地で52カ国の拠点データセンターと4カ所のグローバルデータセンターを運営している。シャラット氏のチームは、膨大なインフラを管理するために特殊なハードウェアコンポーネントを全て排除した。代わりに採用したのが、完全仮想化されたハイパーコンバージド環境だ。ここでは、拡張の標準単位をサーバラックそのものとしている。
「簡素化、汎用化、スケール」の追求は、ストレージ、ネットワーク、セキュリティの全てをハイパーコンバージド化することを意味する。同行は、独立したストレージエリアネットワーク(SAN)や物理的なファイアウォール機器を廃止した。その代わり、Dell製のサーバやスイッチなど、標準ラックに収容される「ありふれた」交換可能な汎用ハードウェアに依存する形をとっている。
高度に専門化された部品を避けることで、スタンダードチャータードは業界を襲う深刻なサプライチェーン不足の影響を最小限に抑えることに成功した。
「特定の専門的な設計を採用していると、NIC(ネットワークインタフェースカード)やメモリ、ディスクが手に入らないときに代替が利かない」とシャラット氏は指摘する。「特殊性を排除したことで、トラックからラックを降ろし、わずか24時間でワークロードを稼働させることが可能となった」
この大胆な改革を実現するには、金融サービス分野では極めて困難とされる「数十年にわたる技術的負債」の解消が必要だった。シャラット氏によれば、同行はエンジニアが主導するアーキテクチャ審査委員会を設置。レガシーアプリケーションを系統的にリファクタリング(構成変更)し、仮想化とスケールアップを進めていったという。
「銀行環境には常に多くのレガシーがあるものだが、われわれはそれら全てを解消した。物理サーバは存在せず、全てが仮想化されている」とシャラット氏は語る。「サプライチェーンの問題を乗り切る上で、極めて有利な立場にある」
同氏によれば、世界全体のインフラ拠点の70%を占めるアジア地域の資産は、既にこの新アーキテクチャで稼働している。現在は英国でも同様のモデルを展開中だ。「これは将来の計画ではなく、既に成し遂げた成果だ」と同氏は付け加えた。
スタンダードチャータードがインフラの標準化に注力する一方で、Naver Cloudは国内の膨大なデータセンター拠点を活用し、ソブリンAIの機能を世界へ輸出する戦略をとっている。
韓国最大のITポータルで、Googleから自国市場を守り抜いた数少ない検索エンジンの1つであるNaver。同社はマルチメガ(キロ)ワット規模の「Gak Sejong(閣世宗)」データセンターを含む巨大なインフラを運営している。独自の生成AIモデル「HyperCLOVA X」を構築した同社は現在、DellやNVIDIAと提携し、デジタル主権に特化したAI Factoryの導入を進めている。
Naver CloudのCEOを務めるキム・ユウォン氏は、データセンターやGPU、基盤となるAIモデルまで、フルスタックを自社で保有していることが独自の強みになると指摘する。データ保護を重視する政府や規制の厳しい業界にとって、この一貫性は大きな魅力だ。
「主権が鍵となる世界で、各顧客の特定のセキュリティやガバナンスに柔軟に対応できる体制を整えている」とキム氏は述べる。「主権を優先する顧客に、専用のプライベートクラウドを提供し、その上で当社のAI技術を統合していく」
同社はこの戦略を韓国国外にも広げており、タイのSiam AIと提携してタイ語の大規模言語モデル(LLM)を開発しているほか、サウジアラビアではデジタルツイン機能の構築に向けた合弁事業を開始している。
「インフラやモデルは、現実世界の課題を解決して初めて価値を持つ」とキム氏は付け加えた。「最終的に私たちが創り出したいのは、今の世界には存在しない、これまでにない実用的な価値だ」
Dellのアジア太平洋地域責任者に新たに就任したリチャード・マクロックリン氏は、顧客がサプライチェーンの課題を克服し、AI駆動型の企業へと進化する道筋を描くことが最優先事項だと述べた。
「AI経済で、顧客がAIを受け入れ、自ら創造することでエコシステムが変化している」とマクラフリン氏は指摘する。「エージェント型フレームワークの普及に伴い、この地域では新しいビジネスモデルや製品、サービスが登場している。APACの企業は、かつてないスピードでイノベーションを加速させている」
さらにDellは、サプライチェーンのレジリエンス(回復力)を高めるため、今後4〜5年間の「デマンドシェイピング(需要形成)」について企業クライアントと積極的に連携している。これは、シャラット氏が強調した「規律あるインフラ計画」の重要性と呼応するものだ。
「当社は市場でサプライチェーン上の優位性を持っている。40年以上にわたるサプライヤーとの信頼関係を生かし、主要な顧客のサプライチェーンリスクを低減させていく」とマクラフリン氏は締めくくった。
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