先進的な機能の利用には「RISE with SAP」が必要になる――というSAPの発表が、ユーザー企業の間で波紋を呼んでいる。オンプレミスでSAP製品を利用しているユーザー企業の反応は。
SAPは2023年7月の第2四半期業績報告で、ERP(統合業務)製品「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)のユーザー企業が新機能を受け取る方法に関する変更を発表した。
新機能のアップデートを受け取る権利は従来、SAPの年間ソフトウェア保守料金に含まれていた。しかし今後、一部の機能の利用には「RISE with SAP」が必要になるという。RISE with SAPは、同社製ERPシステムのクラウドサービス移行を支援するサービス群だ。各国の同社ユーザー企業団体は、オンプレミスシステムで同社製品を利用している企業への影響を不安視し、懸念を表明している。ユーザー企業はどのような状況に置かれているのか。
ユーザー企業の不安は、テキストや画像などをAI(人工知能)技術で自動生成する「生成AI」(ジェネレーティブAI)関連機能や、「サステナビリティ管理機能ソリューション」といった新しい機能の利用を開始するには、「RISE with SAP」が必要になるという発表に関連するものだ。RISE with SAPを利用しない企業、つまりS/4HANAをオンプレミスシステムや同社以外のパブリッククラウドで運用している企業は事実上、そうした新機能の恩恵を受けられなくなると考えられる。
英国およびアイルランドにおけるSAPユーザー企業団体UKISUG(UK and Ireland SAP User Group)によれば、この出来事でユーザー企業はSAPに対する信頼を失いつつある。UKISUGの副会長コナー・リオーダン氏はこう話す。「ユーザー企業にとって、SAPに対する『信頼』とは、同社の製品戦略に対する予測可能性に基づいて、今後数年にわたる自社の事業計画を進められるかどうかだ」
しかしSAPが打ち出した新しい戦略は、ユーザー企業にとって、「ソフトウェア保守契約の範囲内で、革新的な新機能を利用できるかどうか」という点の予測を難しくしたことになる。その一例としてリオーダン氏は同社の新機能であるサステナビリティ管理ソリューションを挙げ、「この機能を導入するための追加費用を払いたいと思うかどうかは分からない」と語る。
SAPがRISE with SAPユーザー企業だけに提供する先進的な機能を、サードパーティーベンダーも開発して提供する可能性はあると考えられる。しかしそうなると、不確実性はさらに増すことになる。
「ユーザー企業はSAP製品の保守費用に対してどれだけの対価を受け取れるのか」という問題も、同社の新戦略は提起した。Rimini Streetをはじめとするサードパーティーのシステム保守サービスベンダーは、この点にいち早く着目している。
SAPが提供する代表的なクラウドサービスは2つある。一つはアプリケーション開発基盤「SAP Business Technology Platform」で、S/4HANAの導入時やカスタマイズ時の利用を想定している。もう一つがRISE with SAPだ。こちらはカスタマイズを必要としない中小企業をターゲットとした、S/4HANAのマルチテナント型サービスと位置付けられる。
ユーザー企業はRISE with SAPの利用を希望しない場合でも、年間保守料を支払う必要がある。バグの修正だけではなく、この先1年分の新機能にもお金を払っているわけだ。
大規模ユーザー企業は大抵、SAP製品をオンプレミスシステムまたはパブリッククラウドで運用している。例えばUKISUGが2023年11月に開催した年次カンファレンス「UKISUG Connect 2023」では、製薬大手のAstraZenecaが登壇し、SAPとの長期的な関係と、複数のSAPシステムをS/4HANAに統合する戦略について語った。AstraZenecaのERPトランスフォーメーションテクノロジー担当のバイスプレジデントを務めるラッセル・スミス氏は「当社はRISE with SAPを利用していない。医薬品業界のような規制の厳しい業界において、SAPのサービスは十分だとは言えない」と説明する。
Rimini StreetでSAP製品管理担当グループバイスプレジデントを務めるルイス・マリオット氏によると、Rimini Streetのサービスを利用する企業の9割以上はオンプレミスシステムでSAP製品を運用している。その半数は、2027年に保守サポート終了予定のERPシステム「SAP ERP Central Component」を利用しているという。「ただし、残りの半数はS/4HANAを利用している。彼らは最新のERPシステムを導入した、SAPの忠実な顧客だ。SAPを信頼し、S/4HANAに移行するために費用を投じた」とマリオット氏は語る。
マリオット氏によると、大手クラウドサービスベンダーはSAPと提携し、パブリッククラウドインフラでS/4HANAを実行するためのインスタンス(仮想マシン)をユーザー企業に提供している。「これは同社の大規模ユーザー企業が取ってきたアプローチだ。2018年から2023年までの5年間、大企業はこのアプローチを選び、S4/HANA用システムのカスタマイズに費用を投じてきた」と同氏は説明する。S/4HANAを購入し、オンプレミスシステムまたは同社以外のパブリッククラウドで稼働させた企業は、「自社は必要なサポートを受けられる」と確信していたという。しかしS/4HANAを同社以外のパブリッククラウドで稼働させることは、同社がRISE with SAPのユーザー企業だけに提供する新機能を手に入れられないことを意味する。
こうしたSAPの戦略はユーザー企業を犠牲にして、株主に価値を提供することに重点を置いているようにも見える。一方でUKISUG会長のポール・クーパー氏は、RISE with SAPのようなSaaS(Software as a Service)が、ユーザー企業のニーズに応じてスケールアップだけではなくスケールダウンも可能であることを強調する。クーパー氏は「同社のSaaSによってユーザー企業が経営をより良く、より素早く改善できるようになれば、必要な人員を減らしたり、不要な事業を切り離したりできる可能性がある」とメリットを語る。
「SAPは投資家が期待する四半期ごとの目標を達成し続けると同時に、ユーザー企業が求める『進化へのニーズ』を満たす適応性とライセンスモデルを提供する必要がある」とクーパー氏は語る。
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