「未来のAmazon」はどうすれば生まれる? “スタートアップ成功”に必要なものAWSに聞くイノベーションの源泉

Amazon Web Services(AWS)はスタートアップ支援に積極的な姿勢を示している。スタートアップが成功するためには何が必要なのか。スタートアップ部門の責任者に話を聞いた。

2025年02月05日 07時00分 公開
[梅本貴音TechTargetジャパン]

 Amazon Web Services(AWS)は2024年12月2〜6日(現地時間)、米ラスベガスで年次イベント「AWS re:Invent」を開催した。その中で印象的だったのが、スタートアップ支援への強い意欲だ。2024年6月にAWSのCEO(最高経営責任者)に就任したマット・ガーマン氏は基調講演の冒頭で、「2025年にはスタートアップに10億ドルのクラウドクレジット(支援金)を提供する」と表明した。

写真 AWS re:Invent初日には、ラスベガスのAllegiant Stadiumを貸し切ってスタートアップ向けのレセプションが開催された。

 AWSはスタートアップ市場にどう関与するのか。グローバル目線で見たスタートアップ市場のトレンドと併せて、AWSでアジア太平洋地域(APAC)および日本のスタートアップ部門責任者を務めるティファニー・ブルームクイスト氏に個別インタビューで聞いた。

AWSに聞く「成功するスタートアップ」の条件

――まず、AWSがスタートアップ市場を重視している理由を教えてください。

 AWSは長年にわたり、スタートアップに積極的に投資してきました。スタートアップはイノベーションの生命線であり、技術の方向性を決める存在だからです。

写真 AWSのスタートアップ部門責任者(APACおよび日本)ティファニー・ブルームクイスト氏

 実際、スタートアップがこの数年間で世に送り出したサービスは、人々の生活や働き方を大きく変えました。例えば、フードデリバリーサービス「Deliveroo」で食事を注文したり、デザインツール「Canva」でプレゼンテーションを作成したり、動画配信サービス「Netflix」でドラマを見たり、民泊サービス「Airbnb」で旅行の宿泊先を予約したり――。これらのサービスを提供する企業はいまや世界的大手に成長しましたが、かつてはスタートアップであり、投資と支援を必要としていたのです。

 AWSの元CEOアンディ・ジャシーは、「スタートアップは当社のDNAの一部である」と述べています。当社もかつてはスタートアップでした。「常にDay 1であれ(It's still Day One)」という言葉は、AWSのオフィスの壁にも刻まれています。Day 1とは、創業当初の精神や働き方を大切にすることを意味します。「Day 2」に陥ること、つまり、官僚主義にとらわれて停滞してしまうことは、私たちが最も避けたい事態です。その代わりに、私たちは新しい実験や未来への挑戦を通じて、常に進化し続ける、好奇心を持った組織であろうとしています。

――グローバルな視点から、近年のスタートアップ市場の動きを教えてください。

 北米には、シリコンバレーはもちろん、ニューヨークやトロントといった強力なイノベーションハブがあります。一方で、イノベーションは世界中で起きています。欧州ではロンドンやベルリンが、アジア太平洋地域ではインド、シドニー、ソウル、東京などがイノベーションの中心地として成長を続けています。南米ではメキシコがイノベーションの新興拠点として存在感を高めています。

 AI(人工知能)技術の急成長エリアも台頭しています。例えば、ポーランドは中東欧で最も多くのソフトウェア開発者を抱えており、その数は40万人以上に達しています。他にも、調査会社MindBridge Analyticsの報告によると、韓国はAIスケールアップ(事業規模が短期間で急激に拡大している企業)の密度が世界トップクラスとされています。韓国には約1000社のスタートアップが存在し、そのうち376社はスケールアップに分類されます。

 私が担当するAPACおよび日本には、異なる言語、宗教、経済背景が混在しており、スタートアップエコシステムの独自性を生み出しています。特に、現地の多言語対応や文化的ニュアンスを反映した大規模モデル(LLM)がローカル市場で重要な役割を果たしています。APACには約400社のユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)が存在しており、この地域におけるスタートアップエコシステムの活発さを示しています。

――スタートアップが成功するための条件は何だと考えますか。

 スタートアップの成功を左右するのは「スケールする能力」です。つまり、自国市場を超えてビジネスを拡大できるかどうかが鍵となります。調査会社PitchBook Dataのアナリストによると、本社拠点を自国以外に置くスタートアップはわずか35%に過ぎません。この統計は、スタートアップが自国で大きな成功を収めたとしても、海外市場へ進出し、事業をスケールさせることがいかに難しいかを示しています。

 海外での成功には「現地化」が不可欠です。これは単なる言語翻訳にとどまらず、製品のデザインやUX(ユーザー体験)を地域の文化やニーズに合わせて調整することも含みます。

 ある日本のスタートアップの事例を紹介します。この企業は地理空間データを活用して、耕作地と未耕作地を地図化するサービスを行政機関向けに提供しています。行政機関が農地の状況を正確に把握し、報告業務を効率化する上で役に立つのです。しかし、このサービスを海外展開する場合、異なるアプローチが必要となるでしょう。例えば、行政機関が農家を直接追跡・規制しない国では、農家に直接サービスを提供する必要があります。この場合、物流や販売といったサプライチェーンの可視化や効率化に重点を置いたサービスを設計する方が現地のニーズに即しています。

 このように、企業が国内で培った強みやノウハウを海外展開する場合、地域ごとの規制や文化の違いに合わせてビジネスモデルをピボット(方向転換)する必要があります。日本企業は米国市場よりも、東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国など既に深い関係を築いている地域への進出を検討するケースが増えています。製品やサービスを比較的短期間で現地化することが可能だからです。

 AWSは2024年に「AWS Global Passport」というプログラムを立ち上げました。スタートアップがビジネスをグローバルに展開する手助けをします。進出先の市場について詳細に分析し、その市場が顧客にとって適しているかどうかを確認します。競争圧力や消費者の購買パターンに基づいて、新たな地理的市場を推奨することもあります。

――AWSが提供するスタートアップへの支援について、より詳しく教えてください。

 AWSは、自身がスタートアップであった初期の経験を踏まえ、「大きく考え、小さく始め、そして可能な限り速く拡大する」という考え方に基づき、スタートアップが実験とスケールを効率的に進められる環境を整えています。

 例えば、私たちは「スタートアップの目的に応じたインフラ」を用意しています。独自のLLMを開発する企業向けには、GPU(グラフィックス処理装置)や「AWS Inferentia」「AWS Trainium」といったプロセッサを提供し、低コストで高速なトレーニングをできるようにしています。一方で、全ての企業がこのレベルの投資を望んでいるわけではありません。そこでAWSは「Amazon Bedrock」も提供しています。これは生成AIアプリケーションを構築するための機械学習サービスで、「Llama」「Claude」「AI21 Labs」など多様なAIモデルへのアクセスを提供します。企業はこれらのツールを用いて、開発スピードを加速させることが可能です。

 もう一つ強調したいのが「AWS Marketplace」です。これは、現在250万人以上のサブスクライバーを抱えるプラットフォームで、AWSユーザーはそこからサードパーティー製のサービスを購入できます。スタートアップは自社製品をAWS Marketplaceに掲載して、AWSユーザーに直接販売できます。つまり、新規顧客の開拓や取引手続きといったプロセスを省略し、新たなビジネスを迅速に展開できるようになるのです。2023年には、AWS Marketplace上で数十億ドル相当の取引がありました。

――スタートアップを支援する中で、課題を感じることはありますか。

 スタートアップは「全て自分たちでやる必要がある」と考えがちです。しかし実際には、彼らを支援する多様なコミュニティーやエコシステムが存在することを広く知ってもらいたいと考えています。私たちは単に技術的なサポートを提供するだけではなく、ビジネスニーズに応じた解決策やシステム構築の支援から、投資家やVC(ベンチャーキャピタル)コミュニティーとの関係性構築までを幅広く支援しています。

 例えば、AWSは2014年から年次イベント「CTO Night & Day」を開催しています。CTO(最高技術責任者)は企業で常に孤独な存在です。彼らが集まり議論できる場を提供することがこのイベントの目的です。2024年は金沢で開催し、140人のCTOを招待しました。

 AWSは「顧客の成長が自社の成長につながる」と考えています。今後もスタートアップがその潜在能力を発揮できるよう、適切なツールやサポートを提供していきます。

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