「AI PC」を見限るのはまだ早い? 浮上する“本命の使い道”ローカルAIの可能性を探る

AI処理に特化したプロセッサを搭載する「AI PC」への注目が高まる一方で、決定的な用途がなく、その立ち位置は曖昧だ。課題と可能性の両面から、AI PCの今後を展望する。

2025年05月03日 08時00分 公開
[Gabe KnuthTechTarget]

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人工知能 | ビジネスPC


 人工知能(AI)技術関連のタスク処理に特化したプロセッサを搭載する「AI PC」への関心が急速に高まり、停滞していたPC市場に活気が戻りつつある。一方で、「これだ」と言えるようなAI PCの活用方法は依然として登場していない。だが、有望な用途が生まれつつある分野もある。今後はAI PCに関するどのようなニーズが高まるのかを展望する。

浮上する「AI PC」の“本命の使い道”

 最初に、AI PCの定義を明確にしておこう。「高性能GPU(グラフィックス処理装置)を搭載していればAI PCと言えるのか」という問いを度々耳にするからだ。

 AI PCとは、AI処理の用途に最適化された専用のプロセッサを搭載したPCを指す。専用のプロセッサとしては、NPU(ニューラル処理装置)がある。一般的に搭載されているCPUやGPUに加えて搭載されるNPUは、AI関連のタスクを低消費電力で継続的に実行するための役割を担う。

 GPUだけでもAI処理は可能だが、それは「大きなハンマーで小さな釘を打つ」ようなものだ。GPUがAI関連の全てのタスクに最適なわけではない。一方のNPUは、CPUとGPUの中間に位置する存在として、AI関連の処理をバランスよく担う。

「AI PC」は本当に必要なのか、という疑問

 ハードウェアやソフトウェアのベンダーがこれまで宣伝してきたAI PCの用途は、主にコラボレーション(協働)やユニファイドコミュニケーション(UC)向けに、音声および映像の品質向上を狙ったものだった。こうした用途は魅力的であるものの、大半のエンドユーザーにとってはわざわざ解決する必要のない課題であり、「今すぐ導入したい」と思わせるほどの強い動機にはなり得なかった。

 PC業界全体としても、AI PCの決定的な用途が今後登場するのか、それとも目立たない形であらゆる用途に溶け込んでいくのか、という議論が続いている。筆者自身は後者の見方に落ち着いているものの、AI PCの普及を一気に後押しするような“決定打”を見てみたいと期待している。

 近年、AI分野ではセキュリティ機能やAIエージェント(自律的にタスクを実行するAIモデル)といった新たな用途が登場しつつあり、これらはエンドポイント(端末)ではなくクラウドインフラで稼働することが一般的だ。そうしたクラウドサービスは非常に実用的で、多くの領域で目に見えるメリットをもたらしている。そこで出てくるのが、「クラウドベースのAIサービスがこれほど有用ならば、ローカルAIは本当に必要なのか」という疑問だ。

 過去1年間に、ローカルで動作するAIモデル(以下、ローカルAI)の用途は幾つか登場したが、その有用性やエンドユーザーからの評価はまちまちだ。例えば、MicrosoftのAI PCブランド「Copilot+ PC」に搭載された機能「Recall」はその象徴的な例だ。Recallは、画面のスナップショットを5秒ごとに取得し、過去の操作履歴や閲覧コンテンツをさかのぼれるというもので、Copilot+ PCの高度な処理能力を活用している。現在はプレビュー版として「Windows Insider Program」で提供されているが、エンドユーザーからはその実用性や信頼性を疑問視する声も上がっている。

 オープンソースの大規模言語モデル(LLM)を活用し、自社でファインチューニング(独自の追加トレーニング)を施した小規模モデルを構築して、開発者やエンドユーザーに提供する、という活用方法も提唱されている。このアプローチには以下のような問題がある。

  • AIモデルの学習に高いコストがかかる
  • クラウドベースのLLMが急速に進化する中、ローカルAIはそのペースに追い付けない
  • AIモデルがすぐに陳腐化してしまい、頻繁な再学習が必要になる

 こうした状況をどう受け止めるべきなのか。率直に言って、「課題がないのに機能や活用方法だけが先行している」印象が否めない。厳しい言い方だが、筆者自身がオフィス業務にAI PCを2カ月間使用してみたところ、NPU(ニューラル処理装置)が稼働したのはWeb会議ツール「Microsoft Teams」を使用した時だけだった。

「セキュリティ」「AIエージェント」がAI PCの本命に?

 とはいえ、幾つかの領域では有望な用途が生まれつつある。音声や映像の品質改善がAI PCの「入り口」だったとすれば、そこからさらに進んだのが「エンドポイントセキュリティ」だ。

 この分野では、ローカルAIの実践的な活用事例が2025年に登場し始めた。例えば、セキュリティベンダーESETは、Intel製NPUを活用して一部のAI処理をローカルにオフロードすることで、全体の処理速度向上とシステムリソースへの負荷軽減を実現している。こうした取り組みは、今後さらに広がる可能性を秘めている。

 2025年のバズワードである「AIエージェント」も、AI PCの用途として注目されている。しかし、将来的には大きな可能性を持つ一方で、実用化には課題も多い。

 エンドユーザーからの指示を必要としない「完全自律型のAIエージェント」を実現するためには、セキュリティ、アイデンティティー(ID)認証、コンプライアンス、信頼性といった複数の課題を克服する必要がある。これらは短期的に解決できるものではなく、時間をかけて徐々に解決されていく見込みだ。

 一方で、「ユーザー支援型のAIエージェント」という現実的なアプローチも注目されている。例えば、経費精算や事務書類の作成、会議メモを基にしたレポート作成など、定型的な業務を自動で処理するものだ。

 こうした用途では、ローカルAIの活用によってクラウドインフラの負荷を軽減することに加え、処理速度を高められる効果も見込める。単純なタスクをローカルで処理できるようになれば、クラウドインフラのリソースをより高度な処理に割り当てることができる。

 AI PCにおける“キラーアプリケーション”の登場を待ち望む声は根強い。MicrosoftのCEO、サティア・ナデラ氏が言及した「AIのExcelモーメント」という表現は象徴的だ。Microsoftの表計算アプリケーション「Microsoft Excel」が業務プロセスに革命を起こしたように、AI技術にもまた“不可欠な存在”として広く定着する未来が期待されている。その決定的瞬間はまだ訪れていないが、用途が着実に増えつつあることは、AI PCにとっての大きな一歩と言えるだろう。

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