今からでも遅くない? 「生成AI」「ノーコード」で乗り越える“2025年の崖”「できない理由」はもうない

年間最大12兆円もの経済的損失を発生させるという「2025年の崖」問題。ノウハウの不足やレガシーシステムのブラックボックス化を乗り越え、DXを推進する上で、生成AIやノーコードツールの活用が有効だ。

2025年05月26日 07時00分 公開
[鐘ケ江 直志雨輝(リーフレイン)]

 「DX(デジタルトランスフォーメーション)が必要なのは分かっているけれど……」。情報システム部門(情シス)担当者の頭を悩ませているのが、長年の運用で複雑化およびブラックボックス化したレガシーシステムの存在です。開発当時の担当者は既に退職してしまい、社内の誰もシステムを把握できていない――。この状況に不安を抱えながらも、予算もノウハウも不足しているため、「とりあえず動いているからいいか」と対処を先延ばしにする光景は珍しくありません。

 しかし、レガシーシステムを放置し続けると、深刻な問題に発展する可能性があります。経済産業省は、2018年に発表したDXレポートにて「2025年の崖」と題して、ブラックボックス化したレガシーシステムを放置し続ければ、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると警鐘を鳴らしました。

 こうした状況の打開策となり得るのが、近年目覚ましい発展を遂げている「生成AI」(AI:人工知能)や、ソースコードを記述しない「ノーコードツール」です。これらの技術はブラックボックス化した仕様の解析や、業務アプリケーションの リファクタリング(プログラムの動作を変えずに内部構造を整理すること)、データの再構造化に至るまで、人材やノウハウの不足を補うポテンシャルを持っています。限られたリソースと厳しい制約の中でレガシーシステム刷新とDX推進を実現するために、生成AIとノーコードツールをどう活用できるのか。具体的なツールや事例と併せて本稿で紹介します。

2025年の崖――「生成AI」と「ノーコード」でどう乗り越える?

 レガシーシステムを放置することで考えられる最も深刻な影響としては、機材やソフトウェアの老朽化が進み、システムそのものを物理的に維持できなくなることが挙げられます。古い機材やソフトウェアはメーカーのサポート対象外となり、再調達も困難となるため、遅かれ早かれ維持が困難になることは避けられません。もしビジネスの根幹となるシステムが失われれば、企業存続の危機につながります。

 システムが完全な停止に至らなかったとしても、障害の多発や復旧の遅延など、システムの老朽化による業務への影響が発生することはほぼ確実です。セキュリティアップデートも困難なため、サイバー攻撃やデータ漏えいなどのリスクも高まり続けます。

ブラックボックス化したレガシーシステムを生成AIで可視化

 レガシーシステムが限界を迎える前にDXを推進するためには、手始めにブラックボックス化したシステムの仕様を読み解かなければなりません。しかし、開発当時のメンバーはおらず、ドキュメントも存在しない状況で、膨大な時間と労力を要する解析作業を断念したくなってしまうのも無理はありません。

 そのような時は、生成AIの力を借りてみるのも一つの手です。GitHubの「GitHub Copilot」やAmazon Web Services(AWS)の「Amazon Q Developer」(旧Amazon CodeWhisperer)などのAI技術を用いたコーディングツール(以下、AIコーディングツール)を使用してシステムのソースコードを解析すると、関数やクラスごとの処理内容を日本語で書き出し、複雑な呼び出しや参照関係をツリー構造で可視化できます。

 AIベンダーOpenAIの「ChatGPT」やGoogleの「Gemini」、Anthropicの「Claude」などの汎用(はんよう)的な生成AIツールを利用して、リバースエンジニアリングを実施することも可能です。リバースエンジニアリングとは、既存のソフトウェアの構造を分析し、動作の原理や設計を明らかにする手法を指します。例えば、既存システムのソースコードを読み込ませ、処理内容を日本語で説明させたり、仕様書を作成させたりすることで、ブラックボックス化していたロジックを可視化するための手助けになるでしょう。このように、属人化した仕様を効率よく“見える化”することで、次のステップであるリファクタリングや移行作業への足掛かりとなります。

ChatGPTにスクリプトの解析を依頼(出典:画面は筆者が取得)《クリックで拡大》

 ただし生成AIには、事実と異なる回答をする「ハルシネーション」が発生するリスクがあります。そのため、生成AIによって出力されたソースコードやドキュメントは、エンジニアが検証やファクトチェックを実施する必要があります。生成AIに機密データを入力する場合は、そのデータがAIモデルの学習に利用されないようにオプトアウト(拒否設定)申請をしてから利用しましょう。

ノーコードツールで業務システムを再構築

 システムのモダナイゼーション(最新化)を進める際の一助となり得るのが、ノーコードツールです。ノーコードツールはその名の通り、ソースコードを記述せずにドラッグ&ドロップなどの簡単な操作のみで業務フローやアプリケーションを構築できるツールです。システムを刷新する際に全面的に活用することはできなくとも、補完的な役割としてノーコードツールが役立つ可能性があります。以下に、代表的なノーコードツールを紹介します。

代表的なノーコードツール

  • Microsoft Power Platform
    • Microsoftのノーコード/ローコード開発ツール群「Microsoft Power Platform」を使用して、業務アプリケーションを簡単に構築可能。社内ポータルサイト構築ツール「Microsoft SharePoint」や表計算ソフトウェア「Microsoft Excel」との連携性に優れており、業務データの管理もスムーズ。
    • トヨタ自動車では、現場の作業員がMicrosoft Power Platformを活用して、不具合報告や対応状況追跡のための品質管理アプリケーションを作成し、品質改善プロセスを大幅に改善しました。
  • kintone
    • グループウェアを提供するサイボウズが開発したノーコードツール。業務向けアプリケーション開発に特化したパーツや拡張オプションを取りそろえている。データの蓄積、一覧、検索の機能に優れ、社内の情報をデータベース化することが可能。
    • kintoneは3万社(2023年7月末時点)以上の導入事例があり、 日清食品の事例では、紙ベースだった決済書や各種申請書をほぼ全て電子化し、平均20営業日かかっていた承認プロセスを4.4日に短縮しました。
  • Glide
    • 表計算アプリケーション「Googleスプレッドシート」を基にアプリケーションを生成できるノーコードツール。専門的なプログラミングやデータベースの知識がなくても操作できるため、中小企業や個人でも手軽にシステムの構築や更新が可能。
    • 明治大学では、IT未経験の大学生が2週間で作成したWebアプリケーション「Mei-Mei」が月間16万PVを記録するなど注目を集めています。

生成AIとノーコードツールの使い分け

 ノーコードツールはプログラミングスキルが不要で開発スピードが速いものの、カスタマイズ性に限界があるという欠点があります。ノーコードツールで作成したアプリケーションでは機能が不十分な場合は、生成AIを用いて追加開発を進めるのも有効な選択肢となるでしょう。

 特に注目に値するのが、自律的にタスクを実行できるAIエージェントです。AIスタートアップMainFuncの「GenSpark スーパーエージェント」や、中国のAIベンダーManusAIの「Manus」などは、従来のチャットbot型の生成AIと比較して継続的な開発に適しています。例えば、ChatGPTではユーザーが都度指示を伝えて出力された回答を確認するというプロセスを繰り返す必要がありますが、AIエージェントは指示を伝えるとタスクを完了させるために必要なステップを自律的に判断、実行してくれます。

タスクが完了するまで自律的に行動するManusのAIエージェント(出典:画面は筆者が取得)《クリックで拡大》

 AIエージェントを活用すれば、1人のエンジニアが複数のタスクを同時にこなすことも容易になり、生産性の大幅な向上が期待できます。

DX成功の鍵は「やらない理由」をなくすこと

 予算、スキル、ノウハウ、人手不足など、DX推進を断念する理由はいくらでも思いつきます。しかし、生成AIやノーコードツールの登場により、これらの理由は「できない」ではなく「やらない」ための言い訳になりつつあります。今からでも遅くはありません。限られた予算と人員の中でも、レガシーシステムからの脱却とDX推進を目指しましょう。

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