「バイブコーディング」など、AI技術によるソースコード生成が広がる中、くすぶり始めた「コーディング学習不要論」。それに異を唱えるのが、Raspberry Pi FoundationのCEOだ。同CEOの真意とは。
AI(人工知能)技術によるソースコード生成が広がると「コーディングを学ぶ必要性は、本当にあるのか」という論調が強まるのではないか――。シングルボードコンピュータ「Raspberry Pi」を開発した教育慈善団体、Raspberry Pi Foundationのフィリップ・コリガンCEOはこう警戒する。
コーディング学習への“不要論”が広がると「コーディングを学ぶことを通じて身に付くスキルの重要性が、見落とされる恐れがある」とコリガン氏は警鐘を鳴らす。AI技術が普及した時代にこそ、むしろコーディング学習の意義が高まるという。それはどういうことなのか。
至るところでAI技術が使われる中、AI技術をコーディングに生かす動きがある。エンドユーザーがシステムの機能や要件を説明したプロンプト(指示)を入力して、大規模言語モデル(LLM)にソースコードを生成してもらう「バイブコーディング」というコーディング手法が急速に関心を集める。
MicrosoftはコーディングへのAI技術の活用に、既に取り組んでいる。同社CEOであるサティア・ナデラ氏の説明では、同社がソースコード共有サービス「GitHub」で運用する、社内用リポジトリ(ソースコード保管庫)にあるソースコードの一部が、AI技術によって生成されているという。
ソースコード生成に限らず、AI技術の用途は幅広く、技術そのものが急速に発展している。こうした中「将来のAI関連開発に必要なスキルが、明確ではなくなっている」とコリガン氏は指摘。特に子どもは、システムを一から開発するための手段であるコーディングを学ぶことで「AIシステムを活用するだけではなく、将来的に開発に携わるようになった際にも役立つ、普遍的かつ基礎的なITスキルを習得できる」と強調する。
コンピュータサイエンスをはじめとするIT関連教科の導入は、教育機関にとって「非常に難しい」とコリガン氏は語る。導入したとしても、IT関連教科に注力することに対して「時間の無駄ではないか」という内外からの意見を耳にして、導入をやめてしまう恐れがあると同氏はみる。ITに関する人的・物的リソースの乏しい教育機関では、IT関連教育の機会を充実させにくい問題もある。
英国では教育機関に限らず、さまざまな組織でIT関連の知識・スキル不足が以前から課題となっている。「IT関連の知識を持つ人材の不足が、技術進歩を妨げている」と嘆く企業は珍しくなく、日常生活に必要な基本的なデジタルスキルすら持たない人もいる。
変化するIT人材ニーズに応えるべく、英国政府は2014年にIT関連教育のカリキュラムを改訂し、教科「コンピューティング」を新設、必修化した。従来のカリキュラムを段階的に廃止して、「コンピューティショナルシンキング」(計算論的思考)とプログラミングスキルを子どもに教えることに重点を移した形だ。コンピューティショナルシンキングとは、コンピュータサイエンスでの問題解決方法を基にした思考法を指す。
2014年の必修化以来、英国ではコンピューティングは教員にとって厄介な教科となっている。教員からは、コンピューティングを教えることにも、教室でITを活用することにも「自信がない」との声が上がっているという。コリガン氏によると、IT関連の学位を持たない教員が、コンピューティングの授業を担うことは、しばしばある。ただし、このこと自体は「批判すべきことではない」と同氏は言い添える。
コリガン氏は世界中の政府に、IT関連教育のカリキュラム改革と併せて、教員のITスキル向上に投資するように呼び掛ける。現状では、教員がIT関連のスキルアップをしようとしても、自力で取り組まざるを得ないのだという。「教員がITスキルを磨き、最新のITに追い付けるように、より多くの時間と支援を提供することが必要だ」(同氏)
IT関連教育そのものの課題が解消されていない中でも、英国では子どもに将来、AI関連のキャリアを目指すことを奨励する動きが活発化しているという。AI関連のキャリアといってもさまざまであり、必要となるスキルや知識もサイバーセキュリティだったり、データ分析だったり、機械学習(ML)の知識だったりと一様ではない。それら全てに役立つ基礎スキルがコーディングだと、コリガン氏は考えている。
コリガン氏は、IT関連教育のカリキュラムに更新が必要なことは認めつつ「教育機関が、継続的なITの進化に追い付き続けるのは難しい」と指摘する。現実的な対処法として、同氏は2つの取り組みを提案する。1つ目は、AI技術を含むコンピュータサイエンスを、IT分野を志す子どものための独立した教科とすること。2つ目は、コンピュータサイエンスを他の教科の一部として組み込み、各教科とより深く関連付けることだ。
科学、人文科学、芸術などの各教科にコンピュータサイエンス、特にAIリテラシーを組み込むことは「極めて重要だ」とコリガン氏は指摘。具体的な組み込み方を考えることが「今後数年間における最大の課題の一つになる」と述べる。候補になり得る方法の一つが、各教科に関連する現実世界の問題解決にITを利用する方法を、教員が子どもに教えることだ。同氏はその例として、地理の授業の一環で、AI技術を使用して気候変動地図を作ることを挙げる。
授業でITを使った問題解決に取り組めば、子どもは「IT分野で働くこととは、どのようなことなのか」を理解しやすくなるだけではなく、ITをより身近で、自分に関係があるものとして認識しやすくなる。特に女子生徒や恵まれない背景を持つ子どもに「ITは自分に関係があるものだ」と考えてもらえるようになることに、コリガン氏は期待を示す。IT業界が取り組む、多様性の確保に役立つ可能性があるという見立てに基づく。
AI技術が中心になる時代においてIT業界は、さまざまな背景を持つ人材を引き入れる重要性を認識しつつある。開発チームに多様性が欠けていると、システムにバイアス(偏見)が組み込まれる恐れがあるからだ。
「子どもは、もはやコーディングを学ぶ必要はない」という論調が広がることに、コリガン氏は深い懸念を示す。「ITを通じて世界を形作る力を、少数の人々の手に集中させることになるからだ」と同氏は言う。「コーディングを学ぶ子どもこそが、われわれが生きる未来を形作る人々になる」(同)
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