クラウドかオンプレか――セキュリティを巡る議論が絶えない中、IT部門は「どちらが安全か」ではなく「どう安全性を担保するか」という視点が重要になる。本稿では、両者の特徴と管理体制に着目し、選択に必要な判断基準を整理する。
「クラウドって、本当に安全なんですか?」「オンプレの方が安心では?」――。会議のたびに上のような議論が繰り返される、そんな経験はありませんか。
この問いに単純な答えはありません。オンプレミスとクラウドは、技術思想も管理モデルも根本的に異なるため「どちらが安全か」ではなく「どう安全性を担保するか」を考える必要があります。
本稿では、両者の比較軸から適切な判断基準まで、IT部門が押さえるべきポイントを整理します。
「オンプレミスとクラウドのどちらが安全なのか」は、IT部門のメンバー間で長年続く議論です。しかし、両者は技術思想も管理モデルも異なるため、単純に「安全か、危険か」で比較できるものではありません。また、技術的な脅威だけでなく、運用体制やポリシー、現場のスキルセットまで含めた総合的な評価が必要です。
まず、安全性を比較する際の主な評価軸は次の通りです。
例えば、オンプレミスは物理的な管理がしやすい一方、パッチ(修正プログラム)適用やログ管理を自社で継続的に行う必要があります。クラウドは最新のセキュリティ基盤を利用できますが、設定項目が膨大にあり、誤設定が即リスクになり得ます。
このように、本来はどちらが安全かではなく「どの体制であれば安全性を高められるか」を起点に考える必要があります。
オンプレミスには、長く企業システムを支えてきた信頼性と管理のしやすさがあります。まずはそのメリットを整理します。
サーバやストレージを社内に設置するため、物理的なアクセス制御やネットワーク分離など、目に見える形での統制が可能です。データの保管場所も明確で、法規制要件が厳しい業界では重要な要素となります。
長年蓄積した資産、スクリプト、独自運用ルールをそのまま活用できるケースが多く、移行負荷を最小限に抑えられます。また、自社の既存システムとの統合も柔軟に設計できるため、業務フローを大きく変更せずに運用を継続できます。
自社独自のセキュリティポリシーに合わせた設定が可能で、一般的な水準を超える高度なセキュリティ対策を実装することもできます。システムの所有権が自社にあるため、運用中の変化にも柔軟に対応しやすいという特徴があります。
一方、オンプレミスには次のようなリスクが存在します。
パッチ適用は担当者が手動で実施することが多く、業務都合で後回しにされることがあります。これが重大な脆弱(ぜいじゃく)性を生む原因となります。システム障害やメンテナンス作業のタイミング調整に時間を要し、結果的にセキュリティ更新が滞るケースも少なくありません。
業務の属人化が起きやすく、キーパーソンが退職、異動すると運用の継続が困難になるケースがあります。特に独自にカスタマイズした環境では、設定内容や運用ルールが文書化されておらず、担当者の経験と記憶に依存している場合も多く見られます。セキュリティ情報の収集や対策ツールの選定にも専門知識が求められ、リソース不足の組織では対応が追いつかないこともあります。
ハードウェアの更新サイクルが伸びると、脆弱性や保守不能リスクが蓄積します。サーバルームの空調トラブルなど、物理的要因の影響も避けられません。また、災害時のバックアップ体制を整備するには、別ロケーションへのシステム同期など、追加の投資と運用体制が必要になります。
クラウドは、近年普及した選択肢の1つです。しかし、安全かどうかは使い方次第であり、クラウドだから「自動的に安全」になるわけではありません。
IaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、SaaS(Software as a Service)の種類によって範囲は異なりますが、OSやアプリケーションの脆弱性対応を自動で反映できる点は大きな強みです。クラウドベンダーは常に最新のセキュリティ情報を監視しており、利用者が意識しなくても基盤レベルでの保護が更新されます。
冗長化・バックアップ・障害対応がサービスとして組み込まれており、企業単体では実現しにくいSLA(サービス品質保証)を享受できます。グローバルに分散された複数のデータセンターを活用することで、災害時の事業継続性も向上します。
認証、ログ、暗号化、アクセス管理などが標準機能として提供され、ベストプラクティスに従いやすくなります。国際的な認証基準(ISO/IEC 27017、ISMAP管理基準など)に準拠したサービスを選択することで、一定水準のセキュリティが担保されます。
ITインフラを自社で保有する必要がなく、サービス契約だけで利用を開始できるため、初期投資を大幅に抑えられます。また、システム管理部門の保守・運用負担を軽減でき、人的リソースを他の業務に振り向けることも可能です。
総務省は2022年10月に「クラウドサービス利用・提供における適切な設定のためのガイドライン」を策定し、2024年4月には「クラウドの設定ミス対策ガイドブック」を公開しています。クラウドの脆弱性の多くは、実はクラウドそのものではなく「誤った設定」に起因します。アクセス制御の不備、パブリック公開設定のまま放置したストレージなどが典型例です。2024年上半期は、クラウド環境への侵害事例が過去に比べて増加し、サービス停止、情報漏えい、データ削除などの被害が多岐にわたって確認されているという情報もあります。
インフラ層の詳細が見えにくく、監査や内部統制の観点で不安が残るケースがあります。そのため、ログ取得や監査方法をあらかじめ設計しておく必要があります。また、仮想化環境特有の問題として、ハイパーバイザーの脆弱性や複数テナント環境での情報漏えいリスクも考慮が必要です。
ベンダーが全体の安全性を担保してくれると誤解されがちですが、実際には利用者側が担う設定・運用の責任範囲は広く、誤解したまま運用するとリスクを増幅します。
会議で「クラウドにすれば全部自動で守ってくれるんですよね」という質問が飛び交うのは、まさにこの誤解の典型例です。契約時には、ベンダーの責任免除条項や責任範囲の限定についても注意深く確認する必要があります。
オンプレミスとクラウドを比較するとき、最も重要なのは技術そのものではなく「管理体制」です。
オンプレミス環境では、企業が「ほぼ全ての責任」を負います。ハードウェアの保守、パッチ適用、バックアップ、アクセス管理など、あらゆる工程が自社作業です。運用中のシステム障害にも自社で対応しなければならず、セキュリティ情報の収集から対策ツールの選定・実装まで、必要な知見とリソースを自社で保有する必要があります。
一方、クラウド環境では、「責任共有モデル」(サービスの利用はクラウドベンダーだけではなく、利用者にも責任があるという考え方)に基づき、ベンダーと利用者の責任範囲が明確に区分されます。このモデルを正しく理解し、「どこまでを自社が担うのか」を定義しておかなければ、安全性は確保できません。例えば、SaaS、PaaS、IaaSでは利用者側の責任範囲が大きく異なり、IaaSほど利用者の設定・運用負担が大きくなります。
さらに、安全性を左右する要素として、次のような組織体制の中で整備すべき要素が挙げられます。
これらが不十分な場合、オンプレミスでもクラウドでも脆弱性は残り続けます。つまり、どの方式を選んでも「設定」と「運用」が安全性の決定要因となります。技術選択よりも、その技術を適切に扱える体制が整っているかどうかが、最終的なセキュリティレベルを決めるのです。
また、どちらの環境でも、アクセス権限は「最小権限の原則」に基づき、必要最小限のみを付与することが重要です。定期的な権限の見直しと、不要なアカウントの削除も忘れてはなりません。
では、企業はどのような条件でオンプレミス、クラウド、あるいはハイブリッドを選ぶべきでしょうか。ここでは判断のフレームを整理します。
多くの企業では、全てをオンプレミスまたはクラウドのどちらかに統一するのではなく、ハイブリッド構成が現実解となっています。特にミッションクリティカルな業務はオンプレミス、周辺業務はクラウドといった組み合わせが一般的です。例えば、顧客情報や機密データはオンプレミスで厳格に管理し、開発環境やテスト環境、協業ツールなどはクラウドを活用するといった使い分けです。
また、クラウドでもオンプレでも、多層防御の重要性は変わりません。ID基盤の統合、ログの集約、ゼロトラスト思想の導入など、環境を問わず必要となる防御戦略があります。境界防御だけに頼らず、内部侵害やゼロデイ攻撃に対する備えも不可欠です。
判断の際には、現在の運用体制だけでなく、将来的な事業拡大や人材確保の見通しも考慮に入れましょう。クラウドへの移行を検討する場合は、段階的な移行計画を立て、リスクを分散させることも有効です。
オンプレミスとクラウドのどちらが安全かという議論は、単純な比較では答えが出ません。より重要なのは、「安全性をどのように担保するか」という視点です。
技術的脅威への備え、適切な設定、運用体制の成熟度をどれだけ確保できるかが、安全性を左右します。クラウドでは責任共有モデルの正確な理解が欠かせず、オンプレミスでは属人化や更新遅延を防ぐ体制が必要です。
最適解は企業ごとの要件・スキル・体制から導くべきであり、適切な前提と管理体制が安全性の本質を決定します。「どちらを選ぶか」ではなく「選んだ環境でどう安全性を維持するか」が、情シス担当者に求められる本質的な判断です。
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