ITの専門知識だけでは、上級管理職への道のりが険しい。ROIの追求、ベンダーの値上げ攻勢、AIを巡るリスク――。CIOへの近道となる、情シス担当者が磨くべきスキルとは何か。
情報システム部門(以下、情シス)担当者が最高情報責任者(CIO)をはじめとした上級管理職に昇進し、経営陣の一翼を担うためには、技術的な卓越性だけでは不十分だ。ITインフラの維持管理という「守り」から、テクノロジーを駆使して市場競争優位性を構築する「攻め」へと、その役割を根本的に転換する必要がある。
企業がIT投資に対して厳格な裏付けを求める中、次世代のITリーダーには財務やリスク管理、社内調整の能力が不可欠だ。具体的には、どのようなスキルを身に付ければいいのか。CIOへの“近道”を解説する。
情シス担当者が経営層に近い立場へと昇進する上で、重要なスキルとなるのが、IT投資に対する投資対効果(ROI)の明確化だ。歴史的に、コンピュータ化の進展が必ずしも企業パフォーマンスの劇的な向上に結び付かない「コンピュータ・パラドックス」が指摘されてきた。経営陣は根拠の希薄な期待に基づく投資から、検証可能な利益に基づく投資へと方針を転換しており、ITリーダーには厳格な財務的評価が求められている。
具体的には、以下の財務指標に関する知識やノウハウを習得し、プロジェクトの実行可能性を評価、提示する能力が必要とされる。
大半の企業にとって深刻な経営課題の一つは、ツールやサービスの値上げに伴うコスト増への対応だ。このような状況下で、CIO候補は「ベンダーへの不満」を述べるのではなく、具体的な代替案(プランB)を提示して経営層の意思決定を支援しなければならない。その際、移行コストと、現状維持によるコスト増を天びんにかけたシミュレーションを提示することが有効だ。
クラウドサービスの普及に伴い、利用されていない「ゾンビID」や、重複する機能を持つSaaSの乱立もコストを圧迫している。これに対しITリーダーは、ID課金から同時接続数課金への交渉や、利用状況のログを突合して無駄をあぶり出すといったコスト削減策を主導することが求められる。
他部門との関係管理は、高度な調整スキルを要する。ITが企業全体に分散する中で、ITリーダーは部門の垣根を超えた交渉力によって、部門間の協力を引き出さなければならない。
例えば、現場がIT部門の承認を得ずにさまざまなツールを利用する「シャドーIT」や「シャドーAI」に対し、禁止ではなく、セキュリティリスクと実利のバランスを取ったガイドラインを提示して、各部門のリーダーを巻き込んだガバナンス体制を構築することが大切だ。これには現場の味方になりつつ、経営層が懸念するコンプライアンス(法令順守)違反を防ぐという、高度なバランス感覚が求められる。
上級管理職への道を切り拓くためには、ネガティブな事象をポジティブな変革のきっかけに変える能力も必要だ。特にセキュリティインシデントの事例は、情シスが社内予算を獲得し、セキュリティを強化するための強力な武器となり得る。
他社のランサムウェア(身代金要求型マルウェア)攻撃による被害事例やインシデント報告は、ITリーダーが経営会議で語るべき重要な情報の一つだ。特に「なぜ、攻撃を防げなかったのか」という原因分析に踏み込んだ報告は、経営陣の危機感を刺激する根拠となる可能性がある。ITリーダーは、単なるニュースの要約ではなく、以下の視点を持って情報を整理すると良いだろう。
ITリーダーには、流行に流されず、自社にとって価値のある技術を見極めるスキルが求められる。近年、特に注目されているのはAIの活用だが、ここでも冷静な評価が重要となる。ITリーダーは経営層からの「AIで業務を効率化せよ」という指示に対し、成功例だけではなく、AI導入に失敗した事例も提示し、メリットとリスクの両方を明確に示すことが重要だ。それとともに、小規模な実証実験を通じてROIを模索することを提案し、現実的な着地点を見出すことが腕の見せ所になる。
情シス担当者がCIOへとステップアップする過程で、重要なことは主語の転換」。IT部門の都合や技術的な制約を語るのではなく、常に「自社がどうあるべきか」「市場でどう勝つか」を起点に語らなければならない。
予算獲得の場面では、経済的な損失回避や機会損失の防止を強調すべきだ。例えば、PC交換予算を渋るCFO(最高財務責任者)に対しては、「PCの老朽化による業務効率低下」を訴えるよりも、「古いPC脆弱性を突かれた場合の想定損害賠償額」や「サイバー保険の適用除外による経済的打撃」を提示する方が効果的だと考えられる。
将来的な展望として、環境に配慮した「グリーンデータセンター」やサステナビリティ(持続可能性)への取り組みも、CIOの重要課題となりつつある。消費電力量の削減や古いIT資産の適正な処理は、企業の社会的責任(CSR)を果たすことに加え、長期的には運用コストの低減にも直結する可能性がある。
情シス担当者がCIOになるためには、これまでの技術の守護者という自己定義を捨て、ビジネス価値の創造者へと生まれ変わらなければならない。経営陣は、システムを安定稼働させる人間ではなく、テクノロジーという不確実な要素を、計算可能なリターン(回収)に変えられるリーダーを求めている。
企業全体のデジタル変革(DX)をけん引するためには、技術の知識を土台としつつも、その上に経営者としての視座を築き上げることが不可欠だ。明日、取締役会でどのような言葉を使って報告するか――。その「台詞」の準備が、CIOとしてのキャリアづくりにつながる。
ITリーダーの道を歩むことは容易ではない。しかし、テクノロジーが経営の成否を分ける現代において、その責任とやりがいはかつてないほど高まっている。
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