成果より「即レス」が評価されるゆがんだ実態 真に働きやすい職場のつくり方SlackやTeamsが招くデジタル疲弊

コミュニケーションツールの普及によって、常にオンライン状態であることを求める風潮が強まっている。実際の成果よりもすぐに反応することが評価されてしまう制度やツールの不備をどう修正すべきか。

2026年06月06日 08時00分 公開
[SA MathiesonTechTarget]

 ソーシャルメディアの提供企業は、子どもや若者の利用を巡り、相次ぐ規制や法的措置に直面している。2025年12月、オーストラリアは16歳未満による主要なソーシャルメディアへのログインを禁止した。これに追随し、世界各地でデジタル上の健康(ウェルビーイング)への関心が高まっている。

 画面への依存や通知のストレスに悩まされているのは、若者やプライベートの時間だけではない。「Slack」や「Microsoft Teams」といったコミュニケーションツールの通知音に追われている従業員は、常に即時返答を求められているような息苦しさを感じている。画面に表示される緑色のオンライン通知が、「今働いているかどうか」を監視する見えない首輪となり、高い成果を上げる人よりも、連絡をすぐに返せる人が評価される「生産性の逆転」さえ起きているという。

 便利であるはずのツールが、なぜ従業員を疲弊させてしまうのか。従業員を不要な操作から解放し、業務を効率化するための手段として業務ツールを適切に運用する方法を、専門家の指摘から読み解く。

良くも悪くも似ているソーシャルメディアと業務ツール

 英国政府も、16歳未満によるソーシャルメディアやAIチャットbot、オンラインゲーム、VPN(仮想プライベートネットワーク)へのアクセス遮断について、2026年3月2日から5月26日(現地時間、以下同じ)まで協議を実施した。英国のキア・スターマー首相は同年3月29日付の日曜紙『Sunday Mirror』の取材に応じ、「依存性の高いアルゴリズムは許可すべきではない」との見解を示した。サービス提供企業が子どもの滞在時間を引き延ばして依存させようとしていることは正当化できず、政府として行動を起こす必要があるという。

 スターマー首相は、ロサンゼルスの陪審員団が2026年3月25日に下した判決を転換点として挙げた。この判決は、Meta PlatformsやGoogleが意図的に依存を促すサービスを構築したと認定したものだ。

 心理学者のジョナサン・ハイト氏は、2024年に出版した著書『The Anxious Generation』の中で、ソーシャルメディアの依存性を高める設計の特徴を論じた。画面を下に引っ張って更新する機能や自動再生、アルゴリズムが選別したコンテンツの無限スクロール、毎日の継続利用を称賛する機能などが挙げられている。ハイト氏の指摘は、オーストラリアでの法制化の一因にもなった。南オーストラリア州首相のピーター・マリナウスカス氏は、妻からこの本を読むよう勧められたことをきっかけに、同州でのソーシャルメディア規制を導入した。

 2026年現在、政府や法曹界の関心は子どもや若者に集中しているが、大人の間でも懸念が高まっている。英国の規制機関である情報通信庁(Ofcom)が、2025年9〜11月に16歳以上の英国の成人7533人を対象として実施した調査によると、インターネットを利用する成人の67%が、デバイスの利用時間が長過ぎると感じることがあると回答した。利用時間を制限したり、アプリケーションを削除したり、スマートフォンを自宅に置いたまま外出したりして対策を講じる人もいる。

 業務用のコミュニケーションツールを禁止すべきだという議論こそ盛んではないものの、中にはソーシャルメディアの手法を取り入れたツールも存在する。企業はコミュニケーションツールの効果的な活用と、従業員のデジタルウェルビーイングをどのように両立させるべきか。

デジタル時代における従業員のウェルビーイング

 ITコンサルティング企業Megasliceでマネージングパートナーを務めるジャスティン・メガワーン氏は、所属する従業員に自宅、オフィス、顧客先のどこで働くかを自由に選ばせている。「働く場所の自由は、自分の思考空間をどうコントロールするかにもつながる。一定時間全ての通知をオフにしたければ、そうすればよい。顧客を満足させるために必要なことを尽くすべきだ」とメガワーン氏は語る。

 顧客とのやりとりにおいて、常に連絡がつく状態にしておく必要がない場合もある。

 Megasliceは、一部の議論における攻撃的な性質や、自分と似た意見ばかりに囲まれて視野が狭まる「エコーチェンバー現象」を懸念している。そのため従業員に対しては、ソーシャルメディアの利用を控えるよう求めている。その代わり、対面や通話による直接の対話を推奨する。2026年5月時点では「Google Chat」を利用しているが、今後は非同期型のメッセージングアプリ「Twist」への移行を検討中だ。Twistは通知が目立たず、オンライン状態を示すインジケーター(プレゼンス表示)が存在しない。

 メガワーン氏は、ゲーム以外の活動にゲームの仕組みを利用する「ゲーミフィケーション」をはじめとするソーシャルメディアの手法に魅力を感じていない。「知性のある人がためらうようなツールは導入しない。通知音が鳴り響く派手な仕掛けばかりで、思慮深い人が使いたいと思えないツールは不要だ」と同氏は見解を示す。

 従業員が知的かつクリエイティブな業務から適切に離れ、休息を取ることをメガワーン氏は重視している。常にツールに張り付き、連絡に追われ、緊張状態が続いていると、無意識や潜在意識の中で生まれるはずのアイデアも湧いてこなくなるからだ。

 夜遅くまで従業員がオンラインで稼働しているのを見かけると、メガワーン氏が介入することがある。「今すぐ業務を止め、ノートPCを閉じ、電話やメッセージへの返信も控えるように」と指示を出すという。自ら手本を示すため、同氏自身も夜間にアイデアが浮かんだとしても、メールの送信は翌朝の始業時間にスケジュール設定する。

 メガワーン氏は、ツールの通知が顧客満足度や従業員の士気向上につながっていないのであれば、オフにすべきだと主張する。従業員の業務に創造性が求められないから通知は関係ないと考える経営者もいるが、同氏は次のように反論する。

 「従業員は、業務を終わらせるため、あるいは無意味な評価指標を目を盗んでうまく立ち回るために、素晴らしい工夫を凝らすものだ。システムの目を盗むことに関して、人間の知恵は本当に素晴らしい」

 英国に本社を置くITコンサルティング企業Adaptavist Groupで戦略サービス・運用ディレクターを務めるダニー・コールマン氏は、顧客企業がタスク管理ツール「monday.com」を活用するのを支援するチームを率いている。

 「企業は、従業員がツールにログインしていた時間ではなく、実際の成果を評価すべきだ」とコールマン氏は語る。企業が従業員の画面を開いている時間ではなく成果そのものを評価するようになれば、従業員はツールの利用を主体的にコントロールできるようになる。一部の業務ツールは、タスクの完了に伴って進捗(しんちょく)バーが進むといったゲーム要素を取り入れている。企業が従業員の表面的な活動ばかりを重視すると、従業員は評価を上げるために無駄な更新を繰り返しかねない。評価の焦点を成果に絞ることで、従業員は不要な操作に振り回されず、業務を効率化する手段としてツールを真に活用できるようになる。

 コールマン氏は、「理論よりも実践が重要だ」と付け加える。社内規定も役割を果たすが、それ以上に従業員を信頼し、時間の管理やツールの利用方法を本人に委ねることが大切だという。

 企業が「就業時間外のメッセージに返信する義務はない」と言いながら、返信した人を評価したり、返信しない人を冷遇したりすれば、従業員は言葉ではなくその実態から真意を察する。

 自閉症、発達障害、学習障害など、脳や神経のタイプによる違いを障害ではなく多様性(個人の個性)として捉え、尊重しようという考え方である「神経多様性」(ニューロダイバーシティー)に配慮したシステム構成にすることも有効だとコールマン氏は指摘する。

 コールマン氏は、「全ての機能が利用者の定着だけに最適化されていると、特定の従業員には適さない」と説明する。最もデジタルノイズに敏感な人に配慮して設計すれば、結果的に従業員全体の利用体験が向上する。これによって、神経多様性を持つユーザーがシステムをそのまま利用できるようになる。企業側も余計な手間をかけることなく、法律で定められた合理的な配慮の義務を果たすことができる。

業務ツールの初期設定が抱える問題

 コールマン氏によると、業務ツールベンダーは、ソーシャルメディアと同じように利用者の滞在時間を最大化し、自社の売り上げを伸ばすようにツールを設定している。「利用者を引き付ける仕掛けは、少なくともベンダーの目的にとっては十分に機能している」とコールマン氏は言う。

 初期設定をそのまま受け入れるのではなく、まずは必須ではない機能を全てオフにし、明確な理由がある場合にのみ機能を再有効化することは優れた使い方だ。「初期設定とは、誰かがあなたに代わって下した決定に過ぎない」とコールマン氏は指摘する。

 その機能がベンダーではなく自社の課題を解決するものか、従業員の主体性を高めるのか、それとも時間を奪うだけなのか、業務の速度や効率を落とさずにオフにできるかどうかを問い直すことも必要だ。コールマン氏は、「これらの問いに明確に答えられないのであれば、その機能はオフのままにしておくべきだ」と話す。

 さまざまな職種の従業員を集めたテストグループで設定を検証することもコールマン氏は推奨する。ベンダーのプレゼンテーションで見栄えが良かったからという理由だけで、大勢の従業員に対して一斉に機能を有効化してはならない。「実際の運用状況を確認し、現場の生の声を聞く必要がある」とコールマン氏は警告する。

 コールマン氏は、重要度にかかわらず一律にエンドユーザーの注意を引こうとする通知機能に警鐘を鳴らす。ポップアップや赤いバッジが乱発されると、本当に優先すべき業務がどれなのかを従業員が判断しづらくなるからだ。「全ての通知が同じように強調されると、何が緊急なのか分からなくなる。本来ならツールが担うべき優先順位付けを、従業員の脳が処理しなければならず、これが疲弊を招く」と同氏は指摘する。従業員が常に連絡の仕分けに追われるようになり、深く集中して業務に取り組むのではなく、受動的な対応モードが身についてしまう。

 オンライン状態を示すインジケーターにもコールマン氏は否定的な見解を示す。「一見無害に思えるが、見えない首輪のようになってしまう」と同氏は言う。ノートPCを持たずに考え事をしたり、散歩に出かけたり、昼食を取ったりしているだけで、周囲から業務を怠っていると見なされるように感じるからだ。

 「緑色のインジケーターが『今働いている』ことの証明代わりになってしまう。その結果、高い生産性を上げる人よりも、常に業務を中断して連絡を取れる人が評価されてしまう」(コールマン氏)

 コールマン氏は、業務ツール選定に人事(HR)部門が関与すべきだと提唱する。とはいえ、現状のIT調達プロセスでそれが考慮されているケースはまれだ。「ITツールの選定は、従業員の行動を決めることと同じだ。単に機能を選ぶのではなく、従業員の一日がどのようなものになるかを決定している。だからこそ、人事部門が関わるべきだ」と同氏は主張する。

 人事の専門団体であるChartered Institute of Personnel and Development(CIPD)でディレクターを務めるデビッド・デソウザ氏も同様の見解を示す。「ITツールを導入する際は人を中心に据えるべきだ。職場における従業員の成果や成長を考える上で、ITツールが果たす役割は極めて大きい」と同氏は述べる。

 英国の労働者約5000人を対象に実施されたCIPDの年次調査「Good Work Index 2024」は、PCやデジタルツールの急速な普及、常にオンラインでつながり続ける状態に心身が適応できずに感じる不安や焦燥、疲弊といった「テクノストレス」に関するデータを示している。これによると、ITツールでの労働とウェルビーイングの間に明確な因果関係は見られなかった。しかし、「ツールの利用に関する境界線が曖昧になると、従業員は常にオンラインでいるよう圧力を感じてしまう」とデソウザ氏は指摘する。

 「従業員が最大限の力を発揮できるようにするには、教育や事前の意識合わせ、基準の策定が不可欠だ」(デソウザ氏)

 企業は自社の状況に合った適切な手段を見つける必要がある。テクノロジーは生産性を高めるための手段であるべきで、ストレスを増やすものであってはならない。

 米国のワクチン製造企業Modernaなど、一部の企業ではIT部門と人事部門のリーダー職を一元化する動きがある。デソウザ氏は、「IT部門と人事部門では求められるスキルが異なるため職務の統合は容易ではない」と述べつつも、両部門が良好な連携関係を築くことは不可欠だと強調する。

 従業員エクスペリエンス(EX)向上ツールの提供企業であるNexthinkでCPO(最高人事責任者)を務めるメグ・ドノバン氏は、IT部門と人事部門が目指すべき最終目標は、働きやすい職場をつくることだと主張する。IT領域におけるウェルビーイングは、両部門が共同で果たすべき責任であり、その影響は特定のツールの設計にとどまらず、システムの信頼性など広範囲に及ぶという。具体的なリスクについて、ドノバン氏は次の意見を示す。「何百万ドルもの予算を持つ大口の顧客候補と商談している最中に、インターネットが何度も切断されたらどうだろうか。相手は話を聞く気をなくし、案件を失ってしまう可能性がある」

 Nexthinkが世界474の顧客企業で稼働する2000万以上のデバイスから収集したデータによると、従業員はシステムのクラッシュやブルースクリーンといったITトラブルを週に平均十数回経験している。1回当たりの平均停止時間は数分に及び、業務の質を低下させ、ミスを誘発するのに十分な時間となっている。

 ドノバン氏は、適切な組織文化さえあれば、オンライン状態を示すインジケーターなどの機能も有用になり得ると指摘する。すぐに返信をもらえる可能性が可視化され、従業員同士の連携がスムーズになるからだ。

 一方で、ステータスを常に「取り込み中」にしてシステムを悪用する従業員もごく一部に存在する。「そうした従業員の数は、インジケーターの赤ランプ(離席中)を評価指標として使う管理職の数とおそらく同じくらいだ。どちらの極端な例も容認できない」とドノバン氏は述べる。

 SlackやMicrosoft Teamsのようにメッセージング機能と複数のアプリケーションからの通知を集約できるツールは、デジタル疲れを軽減できる。従業員が別々のアプリケーションを開く手間を省き、単一の画面で操作できるからだ。

 メガワーン氏やコールマン氏と同様に、ドノバン氏も組織文化が業務用ツールの従業員への影響を左右する不可欠な要素だと考えている。Nexthinkには、就業時間外の労働に関する明文化された規定はないという。

 「必要性を感じないため規定はない。夜間に返信を求める雰囲気はないからだ。欧州に拠点を置く企業として、時間外のプライベートな境界線を非常に尊重しており、文化としてDNAに組み込まれている」(ドノバン氏)

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