人間による管理は限界に
受信トレイ全削除の“怪談”も AgenticOpsを阻む「信頼」の壁
インフラの複雑化が人間の管理限界を超える中、AIエージェントが自律運用を担う「AgenticOps」への期待が急速に高まっている。しかし、LLM特有の不正確さや予期せぬデータ削除リスクが導入の障壁だ。ルールによる制御とAIの柔軟性の間で揺れる中、コストを抑えた特化型モデルやデータ統合が突破口として浮上している。
企業のAI活用を長期的に成功させるには、人間の理解を超えて拡大し続けるITインフラを、自律的な「エージェント」が責任を持って管理できる体制を整えなければならない。AgenticOps(エージェントによる運用)への信頼は醸成されつつあるとはいえ、IT業界は信頼性、スケーラビリティ、コストという、一筋縄ではいかないトレードオフの解消を迫られている。
既にAIが生成したコードは、大量の欠陥や脆弱(ぜいじゃく)性、信頼性の問題を下流の工程へと押し流している。これがIT運用チームや従来のコードレビュー体制を圧迫する中、DevSecOpsベンダーは解決策として、テストやセキュリティ強化、インシデント管理、さらには自動修復までを担う「AIエージェント」の増強を提案している。
AgenticOps普及を阻む「信頼」の問題
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IT運用チーム側も、エージェントによる支援を歓迎しているようだ。調査会社Omdiaが2026年5月に北米のIT・セキュリティ専門家400人を対象に実施した調査では、AIエージェントを「活用中、試験導入中、または導入計画中」の機能分野として、81%が「IT運用」を挙げた。これは次に多かった「データ分析・ビジネスインテリジェンス」の62%を大きく上回っている。
もっとも、大半のITチームにとって、AIエージェントに「自律性」を持たせるかどうかは別問題だが、自律的な意思決定への信頼が一部の分野で高まっていることを示す市場調査もある。
「私はこの問いを過去数回調査したが、アラート(通知)にAIを使う層が20%、修復の推奨事項まで提示させる層が60%、自律的なアクションまで任せる層が20%という、きれいな正規分布を描くのが通例だった」と語るのは、2026年5月にIT担当者330人を対象にネットワーク管理におけるAIの活用状況を調査したTheCube Researchのアナリストのボブ・ラリベルテ氏だ。
「最新の調査では、アラートのみに限定する層は1.2%に激減し、推奨事項のみの層も10%にとどまった。対照的に、推奨事項に基づき手動で自動化をトリガする層は60%、自律的なアクションまで実行させる層は28.5%に達した。AIに慣れるにつれ、こうした変化が起き始めている」(ラリベルテ氏)
それでも、AgenticOpsの普及を阻む最大の壁は依然として「信頼」にある。ラリベルテ氏の調査では、自律的なアクションを導入する上での最大の障壁として、59.7%が「技術を信頼し、検証して納得するまでの時間」を選んだ。2026年に開催された「IBM Think」や「Red Hat Summit」「Cisco Live」といったカンファレンスでも、参加者から同様の不安が聞かれた。
信頼のギャップと制御不能なインフラ規模
インフラチームがAgenticOpsの自律性に警戒を抱くのには十分な理由がある。最近の事例では、AIエージェントが暴走し、メールの受信トレイを全て削除したり、本番データベースをバックアップごと消去したりしたという怪談のような話も報告されている。
最先端の大規模言語モデル(LLM)をベースにしたエージェントでも、多段階の長いワークフローを確実に処理する能力には限界がある。Microsoft Researchが2026年4月に発表したレポートによれば、ドキュメントベースの20ステップのワークフローで、最先端モデルを搭載したエージェントは平均25%の確率でドキュメントを破損させた。
「さらに悪いことに、ツールを連携させるためのエージェント用フレームワークを追加すると、パフォーマンスは平均6%低下した」。クラウドコスト管理サービスを提供するDuckbillのチーフクラウドエコノミスト、コーリー・クイン氏は2026年5月に配信したニュースレターでそう指摘している。「『モデルにツールを与えれば能力が向上する』という、業界が推し進めているアーキテクチャの前提自体が、このベンチマークでは結果を悪化させることが証明されている」
ただし、こうした慎重論はあるものの、IT運用の現場にかかる圧力は問題の解決を待ってくれないと専門家は指摘する。
「IT管理者は長年、増大する複雑さと新たな責任への対応に苦慮してきた」と語るのは、TechTargetの調査部門Omdiaのアナリスト、スコット・シンクレア氏だ。同氏は、「現代の管理者にとって、抱える業務量はあまりに多い。作業負荷を大幅に軽減できるツールを活用するチャンスは、無視するにはあまりに魅力的だ」と話す。
これまでのところ、AIエージェントの信頼性に対するインフラベンダーの回答は、提案された解決策の評価や結果の監視に人間を介在させる「Human-in-the-Loop」が一般的だった。
だが、AIインフラの規模は爆発的に拡大しており、人間による監視は限界を迎えつつある。データセンターは最先端AIの開発競争に追い付くため、5兆ドルの投資を背景にギガワット級の規模へと拡張している。NVIDIAの「Vera Rubin」のような巨大なラック型ハードウェアも2026年後半に出荷される予定だ。
AIインフラリソースへの需要は極めて高く、複数の巨大データセンターに分散したサーバクラスタをサポートするために、新しいネットワークチップやデバイスが開発されている。Ciscoの幹部は「Cisco Live」の基調講演で、AI関連のネットワークトラフィックは今後3年間だけで3倍になると予測した。
Omdiaのアナリスト、ロイ・イルズリー氏は、企業のAI活用が成功を収めるためには、AgenticOpsが大規模な環境で自律的かつ確実に動作しなければならないと説く。
「今後12カ月から18カ月の間に、エージェントによるオーケストレーションの動きは加速するだろう。メガワット級のラックへと規模が拡大したとき、自律的な運用の必要性に直面するからだ」とイルズリー氏は言う。「ある時点で、人間をプロセスから外さざるを得なくなる。人間が介在すること自体が、全てを遅らせる要因になるからだ」
AgenticOpsが抱える「決定論的」なジレンマ
人間の常時監視を必要としないAgenticOpsへと進化させる際、まず提案された解決策は、確率的なAIシステム特有の信頼性問題に対処するためにルールやランブック(作業手順書)を導入することだ。AI以外のワークフローを組み込むことで、エージェントの動きに「決定論的」な正確性を持たせようとする試みである。
「企業はエージェントを決定論的なワークフローの中に留めておくべきだ。エージェントの推論能力はオーケストレーション(調整)に使い、検証と実行は決定論的なシステムに担わせる」。コンサルティング企業Booz AllenのCTO室でAIOpsを統括するジョナサン・ルバート氏はそう指摘する。「長期的には、全てのエージェントのアクションを境界内に収め、可観測(オブザーバブル)かつテスト可能、可逆的で統制されたアーキテクチャにすることが成功への道だ。そうすることで、モデルの小さなエラーがインフラの重大な障害に発展するのを防ぎつつ、AgenticOpsのスピードを享受できる」
しかし、一部の専門家は、ルールやランブックだけではエージェントによるAIの規模拡大に追い付けないと見ている。むしろ、AgenticOpsが第1世代のAIOpsと同じ末路をたどるリスク、つまり特定の単純な操作にしか使えず、当初掲げた「NoOps(運用ゼロ)」という壮大なビジョンから遠ざかってしまう懸念がある。
「旧来のAIOpsプラットフォームが抱えていた問題の1つは、運用ルールが静的だったことだ。変更は可能だが、それには手作業が必要だった」と話すのは、Omdiaのアナリスト、ジム・フレイ氏だ。「AgenticOpsの肝は、より適応性が高く、自らデータを収集して次の行動を判断できる点にある」
AIエージェントの信頼性を高めるもう1つの手法として、別のLLMを搭載した「判定用エージェント」に監視させる方法がある。ただし、AIトークンのコストが導入の大きな障壁となる中、ITベンダーの間でもこの手法の実現可能性を疑問視する声が出ている。
2026年4月にCiscoが買収計画を発表したAI監視スタートアップGalileo Technologiesの共同創設者、アティンドリヨ・サニャル氏は「数百万件のトランザクションが発生する環境では、こうした手法はスケールしない。精度を維持しつつ、劇的に安価で高速なメトリクスが必要だ」と指摘する。
専門特化型モデルという「新たな希望」
信頼できるAgenticOpsを実現するための最新アプローチの1つが、CiscoのGalileoが推進する手法だ。低コストで特化したモデルを使用してAIエージェントの挙動を評価し、信頼性とコストのバランスを取るというものだ。Ciscoは、Galileoの小型言語モデル(SLM)である「Luna」をSplunkの一部に組み込み新しいAgenticOpsプラットフォーム「Cloud Control」の基盤にする計画を発表している。
Datadogも同様に、エージェントを監視するためのアーキテクチャを発表した。IBMとRed Hatも、AIコストを削減するために、SLMやオープンウェイトモデルを含む特化型モデルの活用を提唱している。
こうした特化型モデルの有効性は、IT管理以外の分野でも証明されつつある。データ分析企業SumerSportsの最高製品責任者、ジョノ・ルク氏は「単なる既製品のLLMでは解決できなかった問題が、特化型モデルの導入で解決した」と明かす。
もっとも、このアプローチが長期的に通用するかどうかについて、市場の意見は分かれている。特化型モデルが実際に企業にコスト削減をもたらすかは依然として数値化が難しく、本番環境での大規模な自律運用の裁定者として信頼性はまだ証明されていない。
Booz Allenのルバート氏は、「完全な自律性は必須ではない。現時点では、意思決定支援のユースケースこそが最も大きなインパクトをもたらす。信頼は完璧なモデルからではなく、オブザーバビリティや継続的な評価、運用のセーフガードを通じてリスクを管理する能力から生まれる」と慎重な姿勢を見せる。
一方で、別の専門家は特化型モデルが自律的なAgenticOpsの課題を突破すると楽観的だ。調査会社Futurum Groupのアナリスト、ブラッドリー・シミン氏は「モデルがユーザーの意図を推論し、あいまいな要求を解消する能力には驚かされる。エージェントによる根本原因分析に基づく『自己修復』の実現は、もう目の前まで来ている」と期待を寄せる。
たとえ特化型モデルが AgenticOpsを「ルールベースの補助輪」なしで走らせるようになったとしても、それを使いこなすには組織としての成熟、特にデータ管理の成熟が必要になるとOmdiaのフレイ氏は予測する。「エージェントの活動を100%追跡するにはクリーンなログが必要で、それにはコストもかかる。AgenticOpsを含む新しいアーキテクチャがタダで手に入ることはない」(フレイ氏)
実際、住宅ローン金融大手のFannie Mae(連邦住宅抵当公庫)でエンタープライズオブザーバビリティ担当シニアディレクターを務めるニメシュ・バーナード氏は、今後12カ月以内に「自己修復型」IT運用の実装を計画している。これは、数年にわたるデータ管理プロジェクトの集大成だ。同社は「OpenTelemetry」によるデータ収集の集約や、乱立していたオブザーバビリティツールとデータリポジトリの統合を地道に進めてきた。
「私たちの最終目標は自己修復だが、そこに至るまでには多くのフェーズがある。2026年末から2027年初めにかけて完了するデータ統合により、自己修復のワークフローに必要な基盤が整う。だからこそ、私たちは恐れることなく、多くのAIユースケースを実装できるのだ」(バーナード氏)
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