企業のAI活用において、トークン消費量を競う「トークンマキシング」という見栄えだけの指標が広がりつつある。GitLabはこの方針を警戒し、明確に拒絶している。表面的な目標が引き起こす、企業の誤った行動とは。
企業のAIツール導入が本格化する中、待ち受けているのが「AIツールの投資対効果(ROI)をどう測定するか」という課題だ。手っ取り早く導入の進展を示すため、従業員がAIツールを通じて入力・出力したデータ量、すなわち「トークン消費量」を成果の指標として掲げる企業がある。しかし、こうした「トークンマキシング」(トークン消費の最大化)という“見栄えだけの数値”を追うことは、企業に深刻な悪影響をもたらす危険性をはらんでいる。
この表面的なAI活用に強い危機感を抱き、明確に方針として拒絶しているのが、ソフトウェア開発サービス大手のGitLabだ。2025年9月に同社の最高情報責任者(CIO)に就任したマヌ・ナラヤン氏は、「AIツールの利用量」という虚栄の指標を捨て、事業に直結する真の成果を追求している。
既存の業務にAIツールを組み込むだけではなく、AIエージェントを中心に業務そのものを一から再構成しようとするGitLabの挑戦とはどのようなものか。ナラヤン氏が明かした、AI時代の正しい目標設定と、企業が陥りがちな「見えない落とし穴」の正体に迫る。
「AI分野は変化が極めて速く、目標を常に見直す必要がある」とナラヤン氏は語る。
製品開発はGitLabの研究開発チームが担うため、ナラヤン氏の職務は業務アプリケーション群の近代化やユーザー支援など、主に社内に向いている。既存の業務手順にAIツールを組み込むだけではなく、前提にとらわれず業務を一から再構成することを目指している。
2026年初頭にGitLabのAI戦略を見直した際、焦点はAIツールの導入方法ではなく、AIツールを活用して社内業務の本質を考え直すことにあったという。最も基本的な原則から手順を洗い出し、自律的にタスクを処理するAIエージェントを使って変革を推進する構えだ。
顧客支援を担うカスタマーサクセスマネジャー(CSM)を例に考えてみよう。CSMの本来の目的は顧客と深い関係を築くことにある。それにもかかわらず、CSMは四半期ごとに顧客と目標を擦り合わせる定例会議(QBR)用のスライド作成や議事録の書き起こしに時間を費やしている。顧客関係管理(CRM)ツールやデータ検索など、複数の業務アプリケーションを横断した情報収集といった管理業務に追われている状況をナラヤン氏は問題視する。
面倒な作業を処理するためにAIエージェントを利用し、従業員を解放して高度な戦略に集中させることをGitLabは目指す。「単なる生産性向上ではなく、事業を拡大できる作業にAIツールを活用している」とナラヤン氏は語る。
社内におけるAIツール活用を統括するため、GitLabは中央集権と分散を組み合わせたハブアンドスポーク型の運用体制を採用した。社内に専門知識を集約した統括チーム(CoE)が技術構築や安全策を担う。一方で、各部門に配置された専任の「AI変革責任者」が、自動化に適した時間のかかる反復作業を特定する役割を持つ。
この手法は、GitLabの社内従業員支援ネットワークに適用されている。IT、人事、営業部門にわたる120人の社内支援担当者を補助するAIエージェントを構築し、必要な情報を即座に引き出したり、定型的な問い合わせを回避したりする仕組みを実現している。
企業がAIツールの導入を進めるにつれ、CIOは当然、費用の管理や効果測定に取り組むことになる。だがナラヤン氏は、開発者や従業員が使用するAIツールのトークン消費量を最大化させるトークンマキシングという極端な方針を警戒する。
ナラヤン氏はトークンマキシングについて、「意図的に避けており、実行したくない」と述べる。ゲーム感覚でトークン消費を競わせる取り組みは、数字が大きくて見栄えが良いだけの指標になりがちで、誤った行動を引き起こすという。成功の尺度として、単なる入力と出力の量を求めているわけではない。誰かが意図的に数値を操作しているかどうかを知ることは困難だ。「何をすべきか分からないまま、過剰にAIツールに指示を出しているだけではないか」と同氏は疑問を呈する。
GitLabはトークン消費量を追跡する代わりに、社内ツール全体で日々のAIモデルの利用状況を把握し、従業員が持続可能な習慣を築いているかどうかを確認している。明確なROIを計算するために、ナラヤン氏はAIツールの導入を従来の事業指標に結び付けることを主張する。新規顧客を開拓するインサイドセールス(営業開発担当者)を補助するAIエージェントの場合、生成したプロンプトの数で評価しない。送信したメッセージや予定された商談数、営業案件の成約といった標準的な重要業績評価指標(KPI)によって測定している。
AI技術によって社内ツール構築の障壁が下がったことで、市販のSoftware as a Service(SaaS)の寿命は縮むという意見が出ている。ナラヤン氏は、特に統制や法令順守の観点から、これは著しく誇張された予測だと考える。
「企業がAIツールを用いて独自にUI(ユーザーインタフェース)を開発するようになれば、エンドユーザーとのやりとりを担う機能が、裏側のデータ管理システムから切り離される可能性がある」と同氏は語る。だからといって、主要なSaaSに備わっている根本的なガバナンス機能が不要になるわけではないという。
ナラヤン氏は自社特注のソフトウェア開発に潜む手間や費用についても指摘する。自社で開発するアプリケーションの9割を完成させることは容易だ。だが、上場企業特有の厳格な内部統制や、法規制の厳しい業界と取引する際に必須の機能、すなわち「役割に応じたアクセス制御」や「監査機能」、改ざん不可能な履歴記録といった残り1割の非機能要件を自前で実装するのは極めて難しい。
自社開発ツールとベンダー提供ツールの両方で安全性を確保するため、GitLabはAIツール管理の基本として、扱うデータの厳密な仕分け基準を設けている。誰でも閲覧できる公開情報であれば、従業員はAIツールに入力して自由に扱える。機密情報や顧客のデータを大規模言語モデル(LLM)に入力する場合は、事前にセキュリティ担当者による入念な審査を受けなければならない。
幹部の強力な後押しや予算があるにもかかわらず、変革を定着させることはナラヤン氏にとって課題であり続けている。AIツール活用に積極的な従業員と後手に回っている従業員の溝を埋めるには、部門ごとの推進組織と社内のAIハッカソンを組み合わせる必要がある。
それでも、CIOにとって最大の重圧は刻々と進む時間だ。
AI時代において、意思決定は数カ月や四半期ではなく、数日や数週間の単位で下す必要がある。「十分な速さで動けているかどうかが、夜も眠れないほどの悩みだ」とナラヤン氏は話す。一方で、自社にとって適切な長期的なROIをもたらす正しい取り組みを推進できているかどうかについては、いまだに懸念を抱いている。
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