電子カルテや医師のメモを自然言語処理で分析
米国大学病院の医療用テキストマイニングツール活用事例、導入の苦労や成果は?
ペンシルベニア大学系列の医療グループ「Penn Medicine」は、自然言語処理技術で非構造化データを利用して、分析の質や患者ケアの向上につなげた。導入から活用までのプロセスや課題を紹介する。
ペンシルベニア大学系列の医療グループ「Penn Medicine」(注1)は、多くの組織が抱えているのと同じ問題に直面していた。それは、大量の貴重なデータが既存のコンピュータで分析できないことだった。データが自由記述など、構造化されていない方法で入力されていたからだ。
※注1:ペンシルベニア大学医学部と、ペンシルベニア大学ヘルスシステム(ペンシルベニア大学病院を中心に、複数の医療施設が加盟している医療ネットワーク)で構成されているグループ。
「非構造化データを検索、分析するには膨大な時間がかかっていた」と、Penn Medicineのバイオバンク部門インフォマティクス担当ディレクターを務めるデビッド・バートウェル氏は語る。だが、研究プログラムで非構造化データが欠けてしまうと、研究者は、患者や病状、治療プロトコルをできるだけ完全に把握することができなかった。
「深い研究をするには、こうしたリソースから情報を引き出すことが絶対に必要だった。Penn Medicineが研究の最前線に立ち続けるためにこうした情報を得る必要があるのは、火を見るよりも明らかだった」。バートウェル氏は、Penn Medicineが抱えていた膨大な非構造化データについて、そう振り返る。
実際、Penn Medicineの幹部は何年も前から、そうした非構造化データに取り組む必要があることを認識していたと、バートウェル氏は語る。だが、数年前にようやく、自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)技術が、期待した効果を実現するほど成熟したと考えるようになったという。NLPは、Penn Medicine幹部が、非構造化データへアクセスするための切り札と考えた人工知能(AI)の一種だ。
「われわれは、われわれの大学の研究者が画期的な研究に取り組めるようにしたい。そのためには、彼らは数百万件のテキスト記録の非離散的な部分から、高品質の情報を引き出す必要がある。さらに、その作業を迅速かつ効率よく実行する必要があり、そのプロセスにおいてプライバシーを尊重しなければならない」(バートウェル氏)
そこでPenn Medicineは、Linguamaticsのテキストマイニングプラットフォーム「I2E」ベースの医療機関向けNLPプラットフォーム「Linguamatics Health」を導入し、クエリの作成と、非構造化情報を含むさまざまなソースのデータを自動でテキストマイニングできるようにした。非構造化情報には例えば、電子医療記録(EHR)や専門診療科の報告書に記録してある医師のメモなどがある。こうした文書は多様な形式の非構造化データを含み、特に顕著なのが、自由記述テキストや、専門的な医療用語を含むテキスト(病理報告書など)、不連続データポイントと自由記述テキストの組み合わせを含む文書だった。
バートウェル氏によると、Penn Medicineは市場を調査し、NLP技術を導入済みの医療機関から話を聞いた上で、Linguamaticsの技術を選定した。Linguamatics Healthの概念実証(PoC)として幾つかのプロジェクトを実施した後で、Penn Medicineは2015年に、同プラットフォームを広く導入したという。
データドリブン文化への入り口
NLP技術では、テキストや音声内の言葉の処理に機械学習アルゴリズムを適用する。「この技術は、ビジネスインテリジェンス(BI)やアナリティクス製品の一部として提供されるようになった」と、451 Researchのデータプラットフォームおよびアナリティクス部門のシニアアナリスト、クリシュナ・ロイ氏は語る。
「今ではほとんどの企業がデータドリブンであるか、あるいはそうなりつつあるところだ。データや指標に基づいてビジネスを運営したければ、組織内の人々がデータにアクセスでき、それを理解して分析できなければならない」(ロイ氏)
BIプログラムはNLP技術を使用して、分析クエリでアクセス可能な情報の幅を広げるとともに、そうした情報を探して分析できる労働者のタイプも広げている。
ロイ氏はこう説明する。「BI製品がNLPに対応していれば、ユーザーはSQLのようなクエリ言語を使う代わりに、英語で質問をタイプできる。次のステップでは、分析ソフトウェアに自然言語で話し掛けることができるようになる。例えば『2月の私の売り上げは』と尋ねると、ダッシュボードに答えが表示されるようになる。あるいは、『Amazon Echo』のような技術が分析アプリに統合していれば、ユーザーに音声で答えを知らせてくれるだろう。ただし、後者のユースケースは、まだごく初期の段階だ」
分野横断的な取り組みが必要
NLP技術は進化しているが、Linguamatics Healthのようなプラットフォームを使用するには、IT部門が大きな役割を果たす必要がある。
例えばロイ氏は「導入組織は、NLPアルゴリズムが人の質問を正確に理解するように、NLPアルゴリズムに効果的に学習させなければならない」と語る。効果的な訓練を通じて正しく学習させるには、大規模なデータセットが必要になるという。
Penn Medicineにとって、NLPを導入する上で最大の難関となったのは、文書をシステムに取り込み、そのインデックスを作成して、研究者が文書情報にアクセスして検索できるようにすることだったと、バートウェル氏は回想する。
Linguamatics Healthと他システムとのブリッジ作成にもかなり労力が掛かった。「テキストをエクスポートする方法を見つけなければならなかった」と同氏は語り、今は担当者が協力し合って、繰り返し人力作業を続けていると付け加える。
「スクリプティングによって、エクスポートするためのソフトウェアを最大限に利用している。その情報を置く場所も見つけなければならない。そうした全てのデータを保存する安全なインフラが必要だ」(バートウェル氏)
一部の組織は一時的なデータストアを作成し、インデックスを構築して、そのデータをNLPシステムに置いている。「だが、われわれは、そのやり方は取っていない。Linguamatics Health以外にも、そのデータを使用するシステムがあるからだ」とバートウェル氏は説明する。Penn Medicineは独自の安全なプライベートサーバを使って、データを保存することを選択した。
バートウェル氏によると、データおよび技術の担当者や研究者は皆、協力してこの技術を導入した。同氏は「組織が、技術を使用する部門の職員を、導入担当者に加えることが重要だ」と説明する。こうした職員は、なすべき仕事を知っているからだ。シニア研究者は、必要なクエリを理解しており、要件を洗い出せる。IT部門はサーバを所有し、システムを運用管理する方法に加え、それらを安全に保つために何が必要かを理解している。
推進役と橋渡し役
バイオインフォマティクス(注2)の経験を持つプログラマーであるバートウェル氏は、自身の役割について「このプロジェクトの推進役と、このプロジェクトを成功させるために結集する必要がある、さまざまな分野の橋渡し役を兼ねている」と説明する。
※注2:DNAやRNA、タンパク質の構造などといった生物学のデータを、情報科学や統計学などの手法で分析する学問および技術のこと。
「Linguamatics Healthにデータを取り込むには、スクリプティングが必要で、これはまさにプログラミングだ。だが、オントロジー(注3)を取り入れ、インデックスをセットアップするには、一定の専門知識が要求される。従来のNLPを理解している人も必要になる」(バートウェル氏)
※注3:共有されている意味や概念を取り扱うときに必要となる形式的、明示的な仕様。
だが、そうしたスキルを兼ね備えた人材はなかなか見つからないので、さまざまな分野のエキスパートと技術スタッフに共同で作業に当たってもらったと、同氏は語る。
バートウェル氏のチームはこのプロセスを通じて、プライバシーとセキュリテイに関する規制要件に従わなければならず、そのために負担が加わった。さらに職員は、情報が簡単に得られないソースからデータを抽出しなければならなかった。データを取り出すのにスクレイピングが必要なPDF文書がその一例だ。
こうした追加作業のために、一部のソースからのデータ抽出は棚上げされているという。
具体的な結果を早く出す
バートウェル氏によると、こうした難しい面もあったが、必要なデータを用意し、NLPプラットフォームでインデックスを作成するまでに数週間しかかからず、ユーザーはすぐにテキストをクエリできるようになった。
現在、Penn Medicineの研究者はこのプラットフォームを使って、患者情報をはじめ幅広い重要なデータにアクセスし、個々人の違いや健康状態が病気や治療に与える影響をより良く理解するのに役立てている。
PoCの過程で、職員が、心電図に異常を示す心疾患を抱えた患者を特定できたケースがあった。Linguamatics Healthを導入する前は、職員は請求コードやキーワード検索によって大量の患者情報をより分けなければならず、どちらを使った場合も、NLP技術を使った場合ほどの効果や精度は得られなかった。シニア研究者はITスタッフと共同で、このプラットフォームでデータにアクセスするのに必要なクエリを作成している。
「われわれは、医師がポイント&クリックで目的の結果を得られるシンプルなユーザーインタフェースを目指している。Linguamatics Healthは使いやすいインタフェースを備えているが、実行されるクエリは複雑だ。そのせいで、こうしたクエリを作成するのは大変で、1日か2日かかる。そのためにまだIT部門が関与している」(バートウェル氏)
だが同氏は「将来は技術とその活用トレーニングが成熟し、研究者はログインして自分でクエリを作成できるようになるだろう」との見通しを示している。
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