医療ITコンサルタントのためのQ&A【第2回】
病院とITベンダーの考える「クラウド」は別物だった? 誤解の原因は
医療業界でも積極的なクラウド活用が進んでいますが、「クラウドは安い」という印象が先行している側面もあり、導入プロジェクトでITベンダーとの議論がかみ合わないケースが生じています。すれ違いの主な原因は。
クラウドサービスの利用は一般的になり、医療業界でも利用が進んでいます。ただし「クラウド」という言葉は曖昧に理解されがちです。医療機関とITベンダーの間でクラウドサービスの特性を明確に理解しないままシステム導入を進めてしまうと、後で大きな問題に発展することがあります。本稿はクラウドサービスという用語がもたらす、医療機関とITベンダーの行き違いを解説します。
メール、カレンダー、地図ツール、交通案内、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)など、私たちは日常的にさまざまなSaaS(Software as a Service)を活用しています。こうした一般消費者向けのSaaSには、無料または低価格で利用できるものが幾つもあります。医療機関でも一般消費者向けSaaSのイメージから「クラウド=安い」という印象を持っている人が少なくありません。このことから、IT投資の予算を抑えたい医療機関が「クラウドサービスを選んでシステム構築をしてほしい」と指定するケースがあります。
医療機関のイメージ「クラウド=安い」は幻想
筆者は「クラウドで構築すれば安く済む」という印象が独り歩きしているように感じています。筆者がコンサルティングに携わった事例で、仕様をそろえた上でクラウドサービスを使ってシステムを構築する場合と、オンプレミスのインフラにシステムを構築する場合の5年間のトータルコストを比較したら、差がほとんどなく医療機関の方に驚かれた経験もあります。
クラウドサービスはIaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、SaaSに大別でき、さらにパブリッククラウドとプライベートクラウドに分類できます。パブリッククラウドは、クラウドベンダーが用意するデータセンターに置いてあるITインフラを複数のユーザーが共同利用するクラウドサービスです。
特定の組織がITインフラを専有するプライベートクラウドは、さらに2種類に分けられます。自組織ではITインフラを所有せず、クラウド事業者が所有するITインフラの一部を専有する「ホスティング型プライベートクラウド」と、自組織でITインフラを所有する「オンプレミス型プライベートクラウド」です。どちらのプライベートクラウドも、主に組織内の各部署やグループ組織にITインフラのリソースを提供する目的で構築・利用されます。例えば病院の本部施設内に設置したサーバを、関連病院グループ全体で利用する場合が挙げられます。
ホスティング型プライベートクラウドは一般的に、パブリッククラウドと同様のクラウドサービスであるため、オンプレミス型プライベートクラウドよりも初期導入コストを抑えやすい利点があります。さらに「Amazon Web Services」(AWS)や「Microsoft Azure」といった膨大な数のユーザーが利用する主要なクラウドサービスは規模の経済が効くため、クラウド事業者は月々の利用料金も比較的安価に設定しています。
病院でプライベートクラウドと呼ぶものはおおむねオンプレミス型プライベートクラウドです。オンプレミス型プライベートクラウドは病院専用のサーバを購入する必要があり、規模の経済も効きにくいため、組織ごとにITインフラを用意する従来のオンプレミスインフラと比べて初期導入コストも運用コストも大幅には安くなりません。この理解が不十分な医療機関は、「クラウドは安い」というイメージに沿わない見積額を見て驚くことになります。
クラウドには開発制限がある
「クラウド」にまつわる、もう一つのよくある誤解が「開発制限」です。特にSaaSは、基本的にどの病院も同じ仕様のものを使うことが前提で、病院ごとの個別開発はほとんどできません。前回「『電子カルテ』と『HIS』は違う? 病院とベンダーが混乱する『用語の誤解』」でも触れたように、SaaSは「セッティング」はできても「カスタマイズ」はできないのです。しかし医療機関には「病院で使うシステムは、現場の運用に合わせてカスタマイズするもの」というイメージがいまだに根強く残っています。その誤解を持ったままクラウドサービスを導入してしまうと、ITベンダーに「カスタマイズはできません」と一刀両断にされて、医療従事者はどこかやるせない気持ちを抱えてしまうことになります。
医療機関はまずクラウドサービスの特性を十分に理解する必要がありますが、ITベンダーも「できません」という強い言葉で議論を終わらせるだけでなく「今後の開発の参考にさせていただきます」といった前向きな回答をして、双方歩み寄っていけると理想的です。
「クラウドは安い」というイメージは、ある一定の条件の下では正しいと言えます。ただしその条件は医療現場の運用に合わない場合があり、歯がゆく感じることもあることを念頭に置く必要があります。医療従事者は、クラウドサービスとは不特定多数のユーザーにとっての最大公約数で開発した「パッケージ製品」であることをまず認識する必要があります。この点を十分理解し、現場の運用とシステム仕様のズレを解決することが可能であれば、クラウドサービスのメリットを享受できます。ITベンダーは医療機関にクラウドサービスの特性をしっかり説明して、納得してもらってから採用するかどうか検討することが重要です。
共通認識を持たずにシステム導入プロジェクトが進んでいないか
病院では電子カルテやオーダリングシステム、レセコン(レセプトコンピュータ)、PACS(医用画像管理システム)、その他の部門システムなど、さまざまなシステムを連携させることが一般的で、システムごとにサーバが必要になります。このサーバ管理の大変さを医療機関は具体的にイメージできていません。医療情報部門のIT担当者がシステム導入プロジェクトに関与せず、医療従事者だけでシステム導入を進めることは多々あります。例えば初めて本格的なシステム化に取り組む病院にとってあらゆるシステム導入は初めての経験です。選定から導入までのプロセスが具体的にイメージできていないままに導入プロジェクトが進むことも珍しくありません。
一方でITベンダー側には導入経験があり、当然ながらITの知識もあります。そうしてサーバやシステムに関する説明を当たり前のことだと考えて省略してしまうと、認識のすれ違いを生んでトラブルに発展する可能性があります。分からないことを放置したまま議論を進めるのは、お互いにとって不幸のもとです。医療機関は分からないことを理解しようとする努力を、ITベンダーは相手がしっかり理解できるまで説明する努力をする必要があります。
これから導入するシステムについて医療機関はどのようなイメージを持っていているのか。ITベンダーの説明に疑問はないか。疑問点は話し合いによって解消できているか。これらの意見の確認が不足していると、医療現場のシステム導入プロジェクトは議論のすれ違いが発生します。例えばIaaS導入を検討する際、一般企業ならばサーバの置き場所(データセンターの所在地)を重視しますが、医療機関はサーバの置き場所にそれほど興味を示さない場合があります。これも医療機関とITベンダーで認識のすれ違いが起きがちなポイントの一つです。
実際に筆者がコンサルタントとして関わった案件でも医療機関とITベンダーで認識のすれ違いはよく発生しており、医師や看護師から「すみません、いまの説明を通訳していただけますか」と依頼されることがありました。そのたびに、どうすれば医療機関とITベンダーの認識がそろうのだろうかと頭を悩ませたものです。
この「通訳」の役割は誰かが担わなくてはなりません。筆者のような中立的な担当者に立ち会ってもらう、病院がITベンダー出身のエンジニアを雇い入れる、など解決方法はさまざまで悩ましい問題です。医療機関でシステム導入に関わる担当者の中には「PCに詳しい」という理由だけで任命されてしまった方もいます。そういう方に、医療機関とITベンダーの議論を通訳したり、お互いの疑問をうまく翻訳したりする役割を担ってもらうのは、少し荷が重いのではないでしょうか(この「医療現場の窓口」の問題は、別の機会に取り上げたいと思います)。
著者紹介
大西大輔(おおにし・だいすけ)MICTコンサルティング
一橋大学大学院経営学修士(MBA)コース修了。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月に医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などを行う。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。現在、医療事務・クラーク専門学校の非常勤講師も務めている。
このコラムについて
「医療業界の人にとっては周知の事実だがITコンサルタントには認知されていないこと」またはその逆の「ITコンサルタントにとっては周知の事実だが、医療業界の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
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医療ITコンサルタントのためのQ&A
「医療機関の人にとっては周知の事実だが、ITベンダーには認知されていないこと」またはその逆の「ITベンダーにとっては周知の事実だが、医療機関の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
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