S/4HANAが優れた製品であることは言うまでもないが、S/4HANAへの移行が全ての企業にとってベストとは限らない。「S/4HANA移行」が意味することを改めて検討してみよう。
人々がSAP製品について考えるとき、普通はアジリティーという言葉を結び付けない。どちらかといえば、予想コストを上回る高額な長期プロジェクトを思い浮かべることが多い。それだけではない。SAPは「S/4HANA」への移行を推し進めようとして、一部の企業が直面している経済的な問題を悪化させている。
SAPがS/4HANAへの移行を推し進める理由を疑問に思ったことはないだろうか。
SAPがアプリケーション中心の企業からデータベースも提供する企業に変化したのは約10年前のことだ。「SAP Business Suite」はデータベースを限定しない。ユーザーは「Oracle Database」「Microsoft SQL Server」「IBM Db2」など、好みのデータベースでSAPアプリケーションを実行できる。SAPはこれを独自のデータベース「HANA」に置き換えようと試みた。だが多くのユーザーは既存のデータベースを使い続けた。
HANAの導入を促す確実な方法は、ユーザーの選択肢を取り除くことだ。S/4HANAはHANAでしか動作しない。
SAPは2015年にS/4HANAをリリースした直後、SAP Business Suiteのメインストリームサポートの終了を発表した。この発表の最大の魅力は、S/4HANAへの移行を2027年(初期バージョンのSAP Business Suiteの場合は2025年)までに終えるようスケジュールが設定され、それまではメインストリームサポートが維持されることだった。
さらに、S/4HANAに移行すると追加のライセンスおよびメンテナンス料金を支払うという特典が付く場合がある。ライセンス料金とそれに関連するメンテナンスコストは最低10%増になるだろう。その上で、移行コストを上乗せで負担することになる。
実際には計算が必要だが、平均的なSAPユーザーがS/4HANAに移行すると数千万ドルのコストがかかると推定される。Rimini Streetのアセスメントを業界アナリストのビニー・ミルチャンダニ氏が精査したところ、SAPのサポートとメンテナンスに年間100万ドル(約1億300万円)、S/4HANAへの移行とその後7年間の運用に平均3500万ドル(約36億3000万円)のコストがかかると推定されるという。
Rimini Streetの独自調査から、S/4HANAの採用は限定的だと思われる。SAP製品は多くの企業で長年にわたって十分に機能しており、依然として重要な機能を実行し、事業を円滑に運用しているように思える。
移行については、その悪戦苦闘ぶりが見出しをにぎわせ続けている。Lidl(ドイツのスーパーマーケットチェーン)は移行に5億ユーロ(約632億円)を費やしたという。HARIBO(ドイツの製菓会社)はS/4HANAへの移行中に25%の売り上げ減少を経験し、全世界にグミベア不足を招いている。甘い物好きには困った事態だ。
最近では、オーストラリアのクイーンズランド州保険省でS/4HANAの実装後に障害が発生し、医療サプライヤーへの支払いのために30人の追加職員を雇用しなければならなかったと伝えられている。この障害の修復費用は言うまでもなく、S/4HANAへの高額な移行費用1億3500万オーストラリアドル(約108億2700万円)について、クイーンズランド州保険省は州当局の監査を受けている。
S/4HANAへの移行が現時点での最善策かどうかについて、SAPコミュニティー内で緊張が生じている理由が少し分かり始めたのではないだろうか。
SAPは既存のSAP ERPのリプレースを推し進めている。だが、ユーザー企業は自社の顧客やステークホルダーの要求を満たすためのより優れた選択肢が他にもあるかどうか調査する時間を取ってみてはどうだろう。
コロナ禍に伴うデューデリジェンスの一環として、ほぼ全ての主要ITプロジェクトが精査されている。SAPのロードマップも同様だ。
サポートだけでなく、多くの機能領域で大きなSAP離れが起きるとみている。SAPがサポートを終了すると決定して以降、SAP製品を運用する企業はフルサポートを提供するサードパーティーにますます依存するようになっている。
IT投資とITプロジェクトに対して、事業主体の道筋を探ってみてはどうだろう。市場には低リスクの代替手段が数多く存在する。特にSAPが意に反する行動を強いていると感じるならなおさらだ。
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