従業員監視の是非を議論する英国 「つながらない権利」は保障されるのか「従業員監視」の法規制を巡る議論【後編】

英国政府はコネクテッドデバイスの利用実態に関する調査資料を公開し、これを従業員監視に用いる際は「従業員の同意が必要」という見解を示した。政府の動向に対して、市民団体の反応は。

2023年11月28日 07時00分 公開

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 英国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省(Department for Digital, Culture, Media and Sport:DCMS)の特別委員会が2023年8月に公開した調査レポート「Connect tech:smart or sinister」は、コネクテッドデバイス(ネットワークに接続したデバイス)を用いて従業員の稼働状況の見守りや監視をする場合、企業は従業員から明確な同意を得る必要がある、と主張している。監視によって、従業員の作業効率やメンタルヘルスに悪影響が及ぶ可能性があるためだ。

 英国の科学・イノベーション・技術省(Department for Science, Innovation & Technology:DSIT)が2023年3月に公開した「A pro-innovation approach to AI regulation」によると、英国政府は安全衛生庁(Health and Safety Executive:HSE)をはじめとする規制当局に対して、それぞれが管轄する分野におけるAI(人工知能)技術の利用方法に応じたルールを作成する権限を認めている。

「従業員監視」の規制法に対する議論と、実態の把握

 だが研究機関Ada Lovelace Instituteは、2023年7月に公開した「Policy briefing: Regulating AI in the UK」を通じて次のように警告している。

 「英国における経済活動で、AI技術はほとんど規制されていない。規制されているとしても部分的なものだ。そのため、AI技術の導入に関して誰が精査し、どこが責任を負うかは明確になっていない」

 英国IT専門職の労働組合Prospectで事務次長を務めるアンドリュー・ペイクス氏も、「コネクテッドデバイスを使った従業員の監視が当たり前になりつつあるのに、規制の導入は遅れている」と同意を示す。同氏はDCMSの調査レポートを「重要な勧告だ」と見ており、「問題の規模を見極め、従業員監視の実態を把握するのに何らかの形で役立つ可能性がある」と期待を寄せる。

 Prospectは長年にわたり、従業員監視技術の設計から、製造、テスト、実装まで、従業員も関与すべきだと主張しており、従業員監視や業務の激化に対抗する手段として「つながらない権利」(業務時間外のメールや電話などに対して応対を拒否できる権利)の重要性を訴えている。「従業員監視ソフトウェアの設計と利用について、そして企業が収集データを使って何をするのかについては、労働者が十分な情報を得て関与できることが特に重要だ」(ペイクス氏)

 英国政府も以前から、従業員監視を可能にする技術動向を注視している。英国の超党派議員連盟の一つ「All-Party Parliamentary Group for the Future of Work」が2021年11月に公開した調査資料「The New Frontier: Artificial Intelligence at Work」によると、企業が説明責任を果たさず、透明性も確保しないままに、労働者の監視と管理にAI技術を利用している状況が見られた。それを踏まえてAll-Party Parliamentary Groupは、「アルゴリズム説明責任法」(Accountability for Algorithms Act)の制定を要求するに至った。

 英国労働組合会議(TUC:Trades Union Congress)は2022年2月に調査資料を公開し、職場における監視技術の利用状況が制御不能になりつつある、と警告した。労働者を保護する強力な規制がなければ、差別の横行、仕事の激化、不当な扱いにつながる恐れがある、とTUCは主張した。2023年4月にはDSITの「A pro-innovation approach to AI regulation」を受けて、「AI技術による『搾取』に対する労働者の保護が不十分だ」と英国政府を批判し、DSITの白書はAI技術の倫理的使用について「曖昧で薄っぺらな取り決めしかしていない」と警告した。

 2023年5月には、英国労働党議員のミック・ホイットリー氏が、職場でのAI技術利用を規制する趣旨の法案「Artificial Intelligence (Regulation and Workers' Rights) Bill」を提出した。この法案には、経営者が職場にAI技術を導入する前に従業員とその労働組合に対して有意義な協議をすること、そしてAI技術を導入した経営者が「差別をしていないこと」を証明する責任を負うこと、という条項がある。ホイットリー氏は従業員のプライバシーに関して「つながらない正当な権利」を付与することで私生活が侵害される状況を防ぎ、従業員のプライバシーとワークライフバランスを保護する方法についての法的指針を経営者向けに公開するよう英国政府に要求している。

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