むやみにAIツールに予算をつぎ込んでも、目に見える利益を得るのは容易ではない。経営陣を説得し、確実に成果を出すためには、投資の適切な配分が必要になる。無駄な支出を防ぐための「AI投資シナリオ」とは。
AI(人工知能)技術はもはや単なる実験的な技術ではなく、企業の競争力を左右する中核的なインフラになった。しかし、AIツールを稼働させるためのインフラは、従来のITシステムとは根本的に異なる。Googleの親会社がAIインフラの資金調達のために10億ポンドの100年債を発行したように、インフラ構築には莫大な資金と膨大な電力、短い更新サイクルへの対処が必要になる。
このような状況下で、企業のCIO(最高情報責任者)やITリーダーは、「自社のIT予算をどう計画すべきか」という切実な問題に直面している。多大なコストをかけて自社で一からAIモデルを開発するような「無謀な戦い」に挑むべきではない。ハイパースケーラー(大規模クラウドベンダー)が提供する強力なAIインフラをいかに効率的に自社のビジネスに組み込み、投資対効果(ROI)へとつなげるかが問われているのだ。
しかし、むやみにAIツールに予算をつぎ込んでも、目に見える利益を得るのは容易ではない。以下では、CFO(最高財務責任者)や経営陣の厳しい審査を通過し、着実にプロジェクトを進めるための明確な「投資のシナリオ」を解説する。
企業がハイパースケーラーの支出を再現できないことを考えると、ITリーダーには別の予算計画の枠組みが必要になる。
調査会社Gartnerで、ディスティングイッシュトバイスプレジデントアナリスト兼リサーチチーフを務めるジョン・ラブロック氏は、「いまや全企業がAIに投資しており、『AIに投資しているか』と問うことすら意味がない」と述べる。2026年中に、AI機能搭載ソフトウェアへの投資額が、非搭載ソフトウェアへの投資額を逆転するとラブロック氏は見込む。
大半のCIOにとって、この変化は既に費やされている予算の名目を付け替えることを意味するラブロック氏は指摘する。例えばAI機能が搭載されていないCRM(顧客関係管理)ツールのライセンス更新費用が、単にAI機能搭載のCRMツールへの投資に置き換わるだけだ。
AIを設備投資(CAPEX)として分類するか、運用経費(OPEX)として分類するかという疑問は、根本的な変化を見落としている。
「最大の不一致が生じるのは、取締役会が既存業務の最適化、主力製品への投資、成長のための投資を区別することを怠ったときだ」。AIツールベンダーDaylitの共同創業者で、CTO(最高技術責任者)を務めるジェリー・シュー氏はそう指摘する。
ITサービス企業EnsonoのCIOを務めるサビオ・ロボ氏独自の予算フレームワークの考え方によれば、業務効率化のためのAIツールはOPEXにすべきであり、新しい収益源のためのAIインフラはCAPEXに相当する。ロボ氏によると、データ管理システムやガバナンスといった、一度構築すれば使い回せる共通の仕組みへの投資はCAPEXに分類される。一方で、利用量に応じて変動するクラウドサービス料金やソフトウェアのライセンス料は、従来通りOPEXに分類される。
調査会社Constellation Researchのバイスプレジデント兼プリンシパルアナリストを務めるチラグ・メータ氏は、AI予算の分配について、自社で既に効果が出ている既存業務の拡大に70%、その周辺領域への展開に20%、全く新しい未開拓分野への挑戦に10%という割合にすることを勧める。
ほとんどの企業は、あまりにも早い時期に、多くの資金を投じ過ぎている。「企業が大型契約を結んだにもかかわらず、社内でのAIツールの普及率が信じられないほど低いという恐ろしい話を耳にする」とシュー氏は言及する。
AIプロジェクトの資金を獲得するには、IT予算管理の焦点を「技術」から「価値」に移す必要がある。優秀なCIOは、財務チームが本当に利益を生んでいるかどうかを厳しく審査できる単位経済性(製品や顧客1単位当たりの採算性)を提示する。
IT調査会社Info-Tech Research Groupのアドバイザリーフェローを務めるスコット・ビクリー氏は、AIツールの活用事例を以下の観点で組み立てることを勧める。
コンサルティング企業Ernst & Young Americasのテクノロジー、メディア、通信担当AIリーダーを務めるバムシ・ドゥブリ氏は、AIツールの導入を以下の4レベルに分解することを推奨する。
企業向けソフトウェアの保守サポートを提供するRimini StreetのグローバルCTO、エリック・ヘルマー氏は、ベンダーの受け入れや在庫管理といったERPでAI機能を活用した場合、具体的なROIが得られることを実感している。「適切に実施すれば、AIプロジェクトは次のプロジェクトの正当性を証明し、資金を調達するのに十分なROIを生み出すはずだ」とヘルマー氏は語る。
ロボ氏は初期投資に規律を持ち、早期の成功を優先するよう助言する。同氏がCIOを務めるEnsonoは、大規模かつ長期的な、企業全体のAI活用能力を高める投資をする前に、システム障害の診断時間の短縮やインシデント予測を改善する業務領域に絞って投資した。
調査会社Dell'Oro Groupのシニアリサーチディレクターを務めるバロン・ファン氏は、自社サーバでAIツールを動かそうとする前に、クラウドサービスから始めて経験を積むことを推奨する。具体的な戦術として、メータ氏は以下を提唱する。
最も強力なAIツールへの投資シナリオは、費やした予算をビジネスにとって重要な成果に直接結び付けるものだ。ヘルマー氏はCIOに対して、AIツールを活用することで目に見える利益が得られる具体的な業務に注力することを勧める。
「測定可能なビジネスの成果を念頭に置いてから進めるのが最善の戦術だ。業務の速度が上がったからといって、価値とROIがもたらされるわけではない」(ヘルマー氏)
コンサルティング企業Deloitte Touche Tohmatsuのマネージングディレクターを務めるジム・ローワン氏によると、財務的な結果だけに集中するのではなく、普及率、生産性の向上、リスクの軽減など、効果的なAI活用に結び付く中間の指標を調査すべきだ。
AIの投資判断は、経営幹部が最初から関与している場合において効果的に機能する。ロボ氏は、CFO(最高財務責任者)と共同で策定した明確なAI投資のテーマについて、CEOの合意を取り付けることを推奨する。ドゥブリ氏は、全てのAIモデルに対して、企画・開発から日々の運用に至る全期間(ライフサイクル)の予算と、責任者、成功指標を割り当てる「AI FinOps」(クラウドサービスやAIツールの費用を最適化する管理手法)チームの設立を推奨する
Alphabetの社債発行は、企業のIT部門に教訓を与えるが、それは分かりやすいものではない。ここから得られる教訓は、「自社もAIインフラのために借金をしよう」ということではなく、巨額で長期的なコミットメントを正当化する「戦略的な規律」を取り入れることだ。
メータ氏は、予算を「長期的に使える土台」と、「変化の激しい挑戦的な投資」に分割し、それぞれ異なる方法で資金を調達するよう助言する。データの準備、セキュリティ対策、評価の枠組みといった長期的な土台には、複数年の確約で資金を提供する。AIモデルの選択など変化の激しい要素には、測定可能な成果に結び付けた上で、90日から180日の短い期間に区切って資金を提供するといった具合だ。
普及率と単位経済性に結び付けた、段階的な審査による予算編成を利用するのも手だ。利用率が予測可能な場合にのみ、定額のシステム容量を確保する。AIツールへの資金提供モデルを、ハイパースケーラーが負担できるような巨額に合わせるのではなく、自社のリスク許容度と業務に適合させることが重要だ。
ドゥブリ氏によると、ITリーダーは自らの思考を、堅実なプライベートエクイティファンド(複数の投資家から集めた資金を未上場企業に投資するファンド)の視点から、挑戦的なベンチャーキャピタル(新興企業投資会社)の視点に進化させる必要がある。プライベートエクイティファンドは2年から4年という短期間で確実な利益を期待し、短期的な利益でシステムの導入費用を賄う。これに対してベンチャーキャピタルは、多数の実験的プロジェクトが失敗することを許容し、最終的に少数の大成功が長期的な利益をもたらして全体の費用を上回ることを受け入れる。その上で、価値が証明されるにつれて段階的に資金を提供する。
ローワン氏によると、最大の過ちはAIプロジェクトを、全社的な価値戦略の一部としてではなく、特定部署での孤立した実証実験として扱うことだ。企業が実験段階から本番稼働への移行に苦労するのは、測定可能な成果についての明確なビジョンを欠いているためだ。
メータ氏は次のように言う。「明確な目標がなく、手当たり次第にAIツールを使うのはやめるべきだ。効果を証明できる3〜5つのワークフローに的を絞り、そこで成功したパターンを全社の標準的な仕組みとして展開するのがよい」
ドゥブリ氏は、個別の用途だけに資金を提供するという「わな」を避けることを推奨する。経営戦略の視点からAIツールを全社に拡大することは、個別用途への投資だけでは実現できない。用途とは、あくまでも現場の実行単位にすぎないからだ。そうではなく、実験的であれ運用的であれ、最終的な経営成果につながる「組織の機能(ケイパビリティ)」に対して資金を提供すべきだ。
Alphabetの社債発行は、AIの投資回収が長い時間軸で動くことをわれわれに気付かせてくれる。成功は、ペース配分、優先順位付け、財務的な透明性にかかっている。
AIは短期的な流行ではない。ビジネスや社会の在り方を根底から変える変革なのだ。
「CIOが最も理解しなければならないのは、われわれが数十年に一度の『超長期サイクル』の移行期にいるということだ」とラブロック氏は強調する。「2005年からの20年間は、デジタル技術と、ビジネスのデジタル化の時代だった。2025年からの20年間は、われわれのあらゆる業務にAIを組み込む時代になるだろう。これは避けて通れるような一時的な流行ではない」(同氏)
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