「AIが仕事を奪う」「AIがSaaSを破壊」は幻想か AI神話を解体してみた
AIによるコスト削減や失業の懸念は、実態を伴わない「ハイプ(過熱)」にすぎないのか。情シスが「守り」から脱却し、AI時代のリーダーとして企業をけん引するための現実的な戦略を解き明かす。
「AIはコストを削減する」「AIが仕事を奪う」「IT部門はもう不要になる」――。こうした刺激的な見出しが世にあふれている。AIに対する過度な期待(ハイプ)は、期待感だけでなくパニックも引き起こしており、ビジネスリーダーにとって大きな課題となっている。
「私たちが取り組むべきは、最新のツールを追いかけることではなく、価値を創造することだ」。米ネバダ州のCIO(最高情報責任者)を務めるティモシー・ガルジ氏は、ラスベガスで6月9日から11日にかけて開催されたカンファレンス「Info-Tech Live」の基調講演でそう語った。「テクノロジーが人々の仕事を助け、行政サービスをより速く、安全で使いやすくしているか。チームに時間を取り戻し、より良い意思決定を支援できているか。そして、ツールに責任を持って適応できているかが重要なのだ」
AIを採用する前に、企業はその実力について正しい認識を持つ必要がある。ハイプは結果として期待外れの成果に終わるリスクがあるからだ。
調査会社Info-Tech Research GroupのCEOであるトム・ツェーレン氏は、「AIには膨大なハイプがある。何が起きているのかを正しく理解するには、データに踏み込む必要がある」と指摘する。ツェーレン氏は同カンファレンスの基調講演で、よくある5つのAIの神話について事実に基づいた検証を行った。
エグゼクティブサマリー
- AIはコスト削減ではなく、生産性を向上させる。AI導入の81%はIT部門から始まり、人員削減ではなくスループットの向上に焦点を当てている
- 自律化の時代は、IT部門がリーダーシップを発揮する機会だ。CIOは受動的な姿勢から戦略的なモードへと切り替え、セキュリティやデータの準備状況、リスクを管理しつつ、イノベーションを受け入れる「Yes, AND(はい、そして……)」のアプローチでAI変革を導かなければならない
- 人員の置き換えよりも、スキルの再習得が進む可能性が高い。AIは2030年までに世界中で7800万件の純増雇用を生み出す。真の課題は人材開発だ。AIを使いこなす従業員はそうでない従業員を圧倒するため、人材育成が価値実現のボトルネックになる
神話1:AIが数百万ドルのコストを削減する
ツェーレン氏は、AIによる人員削減を公言した初期の企業としてスウェーデンのKlarna(クラーナ)の例を挙げた。同社はコンタクトセンターをアウトソーシングし、6000万ドルの節約になったと発表した。しかし、人間の介在が必要な場面で対応が不十分になり、顧客満足度は著しく低下したという。
AIを導入するソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)について、Info-Tech Researchが経営層を対象に実施した調査では、58%の企業が複数の部門でAIを導入・定着させていることが分かった。
またツェーレン氏は、企業におけるAI導入の81%がIT部門から始まるというデータも示した。同氏はさらに、ITリーダーたちはAI導入の目的がコスト削減ではないと述べた。導入の最大の動機は生産性とスループット(処理量)の向上で、コスト削減が目的だと回答したのは、わずか11%に過ぎなかった。AI導入は生産性の向上を中心に据えるべきであり、コスト削減はその適切な適用の結果として得られるものだ。
神話2:AIが仕事を奪う
ツェーレン氏は、OpenAIのサム・アルトマン氏がインタビューで語った言葉を引用した。「私が知る限り、AIを最も活用している企業ほど、最も多くの人を採用している。逆にAIを理由にレイオフを語る企業ほど、実際にはAIを使いこなせていない」。
「常に、失われるよりもはるかに多くの仕事が創出されている」とツェーレン氏は言い、世界経済フォーラム(WEF)の予測を裏付けとした。同フォーラムは、2030年までに世界で約1億7000万件の仕事が創出される一方、消失するのは9200万件にとどまる。差し引きで約7800万件の雇用が純増すると予測している。
Info-Tech Researchの調査では、今後2年以内にAIが大幅な人員削減をもたらすと考える経営層は17%にすぎない。ツェーレン氏は以下の点を示した。
- AIは雇用を生む:今後5年間で、消失するよりも多くの雇用を創出する
- スキルの再習得が最優先課題:企業は従業員を訓練し続ける必要がある。スキルギャップは現実の問題であり、雇用主は労働者のスキルを求人と合致させなければならない
- AIの活用が必須:AIそのものが仕事を奪うのではない。「AIを使いこなす人」が、使えない人の仕事を奪うのだ
「需要は確実に存在する。ITエグゼクティブやリーダーとして、企業のために価値を引き出す役割を担うべきだ」とツェーレン氏は鼓舞した。
神話3:AIがSaaSを破壊する
調査に応じたITリーダーの78%が、AIがSaaS業界に激変をもたらすと信じている。その理由は幾つかある。
まず、ユーザー数が減少する可能性があること。企業は「登録人数」ではなく「使用量」で価値を測るようになるからだ。また、ワークフローの自動化が進めば、従来のCRM(顧客関係管理)やSaaSシステム自体の必要性を疑問視するようになるだろう。
さらに、システムを「買う」よりも「作る」方が安くなる可能性もある。自社のニーズを満たすシステムを自前で構築できれば、市場に価格低下の圧力がかかる。ツェーレン氏は、これが一晩で起きるとは考えていない。大手SaaSベンダーには自社モデルを進化させ、AI機能を組み込む力があるからだ。
一方で、AIの利用料金に直結する「トークン価格」の懸念も残る。価格はいずれ安定するだろうが、現時点ではコスト管理上のリスクとなっている。
神話4:コーディングは死んだ
データによれば、ソフトウェア開発に携わる従業員の多くが既にAIを利用している。全体の84%が、単なるコーディングだけでなく、ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)の全工程でAIを活用していると回答した。
しかし、AIには人間の監視が必要だ。開発スペシャリストの66%が、AIによるコードは人間が書いたものよりも厳格な監視が必要で、多くの課題を伴うと指摘している。
先進的なソフトウェア企業は、AI生成コードをより速く、正確に作成する方法を既に編み出している。将来的な展望としては、人間がレビュープロセスから外れることも想定されるが、当面はAIが生成したコードの品質を人間が担保する体制が必要だ。
神話5:ITの未来は絶望的だ
ツェーレン氏はこの意見を真っ向から否定する。
「今こそ、IT部門が企業をリードするために立ち上がるべき瞬間だ」と同氏は語る。ビジネスは今、「自律化(Autonomization)の時代」という新フェーズに入った。IT部門はテクノロジーを最も深く理解している。受動的な「プル型(要請対応)」から、能動的な「プッシュ型(提案・推進)」へと転換することで、単なるパートナーから企業のリーダーへと変貌できるのだ。
特に自律型のエージェンティックAIは強力なトレンドとなっている。調査では、46%が「AIは完全に変革をもたらすものになる」と回答している。リーダーに求められるのは、単に「NO」と言うCIOではなく、「Yes, AND(はい、そして……)」といえるCIOだ。これはAI戦略を独立して管理し、ガバナンスを効かせることを意味する。セキュリティ、AIに適したデータ準備、アーキテクチャ、その他のリスクに正面から向き合う「AND(かつ、……も行う)」の姿勢が必要だ。
予算も増額が必要になるだろう。ツェーレン氏によれば、25%以上の増額が必要になる可能性もある。人材と時間の制約から、多くの企業は「自作」よりも「購入」を選択することになり、パートナーシップの再検討も求められる。
ハイプに惑わされずエージェンティックITを実装する
CIOはテクノロジーを通じて飛躍的な価値を創出する必要がある。これまではITの需要が供給を上回る状態が続いていたが、AIがその構図を変えつつある。AIや自動化プログラムを実装するには、部門がビジネスのワークフローとテクノロジーの両方を理解しなければならない。
ツェーレン氏は、AIの価値を実現する上での最大のボトルネックは、テクノロジーを適用すべき「ワークフローの理解不足」にあると指摘する。ITリーダーが価値を具現化するには、ビジネスプロセスを深く掘り下げ、どこにAIを配置すべきかを見極める必要がある。
「ローマは燃えている。この30年間で、CIOの交代率はかつてないほど高まっている」とツェーレン氏は警告する。CIOはAIから真の価値を引き出すまで待っている余裕はない。自らリーダーシップを発揮しなければ、その座を追われることになるだろう。
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