「クラウドファースト」も「オンプレミス回帰」も“真の正解”ではない?これからのクラウド戦略の選択肢【後編】

企業のインフラ戦略としてはクラウドファーストやハイブリッドクラウド、オンプレミス回帰などが注目されるようになった。システム構成が複雑になる中で、インフラ戦略はこれからどう変わるのか。

2025年01月09日 05時00分 公開
[George LawtonTechTarget]

 クラウドサービスへの投資を優先する「クラウドファースト」を採用する企業がある一方で、クラウドサービスとオンプレミスインフラを併用する「ハイブリッドクラウド」を重視する企業もある。一部ではクラウドサービスからオンプレミスインフラに移行する「オンプレミス回帰」を戦略に据える企業もある。企業のインフラ戦略は、これからどう変わるのか。

「クラウドファースト」も「オンプレミス回帰」も答えではない?

 ハイブリッドクラウドとクラウドファーストの戦略を比較検討する場合、既存のインフラと将来の目標を考慮する必要がある。判断材料になるのが、現在の技術的負債と投資済みのITインフラだ。

 コンサルティング会社Lotis Blue Consultingのビジネストランスフォーメーションプラクティス担当パートナーであるジョン・キング氏は、「既に社内で稼働しているシステムが多いほど、ハイブリッドクラウドが最適である可能性が高くなる」と説明する。

 大半の企業は、カスタマイズされ複雑化しているシステムとそれに精通した人材を抱えている。これらを刷新して新たにクラウドサービスを採用することは困難であり、莫大(ばくだい)な費用と時間が掛かる。

 キング氏によれば、アプリケーションのカスタマイズが軽微で、ローコードまたはノーコードでアプリケーションを実行し管理できる場合、クラウドファーストが適している。

 そうでない場合は、既存のアプリケーションを、機能や技術的な特性ごとに分割して、技術スタックのどのレイヤーがこれらの要件を満たすかを確認すべきだ。要件を満たすレイヤーはクラウドサービスを利用し、要件を満たさないレイヤーはオンプレミスインフラで継続して管理する。

 クラウドファーストに移行する際、想定外の課題に直面する企業もある。企業がレガシーアプリケーションをSaaS(Software as a Service)に移行しようとしても、SaaSが機能不足やカスタマイズの制限があるなど成熟していない場合、苦労する。

 キング氏は、クラウドサービスからオンプレミスインフラにシステムを戻す「オンプレミス回帰」を決断した企業を複数、知っている。だが、オンプレミス回帰は頻繁に起きる現象ではないという見方もある。キング氏によれば、大半の企業はクラウドサービスに不満があっても引き続き利用し続け、必要な人材を雇うことで対処する。「企業がオンプレミスインフラで担っていた役割を再配置または廃止した場合、社内でアプリケーションを管理することは難しくなる」(キング氏)

エッジコンピューティングはどのように考慮すればいいのか

 小売業や製造業などでは、一部のユースケースで、オンプレミスインフラでアプリケーションを実行する必要がある。クレイマー氏によれば、それらの企業はハイブリッドクラウドに加えて、エッジコンピューティングを利用している。エッジコンピューティングはデータの発生源の近くで処理するアーキテクチャであり、リアルタイム性が求められるユースケースに適している。

 例えば、ある百貨店では在庫管理システムと商品のレコメンデーション(推奨)システムはクラウドサービスを利用しているとする。その場合でも、顧客と従業員の会話を聞いてリアルタイムで商品をレコメンデーションするようなAI(人工知能)ツールを利用する場合には、クラウドサービスと連携しながら情報を処理するエッジコンピューティングが適している。

 IoT(モノのインターネット)と「5G」(第5世代移動通信システム)の普及により、今後はエッジコンピューティングの需要が高まると予測されている。「アプリケーションがデータセンター、パブリッククラウド、エッジにまたがる、より分散されたハイブリッドモデルが登場する」とクレイマー氏は分析する。通信事業者は5Gと連携したエッジコンピューティングサービスを提供するため、クラウドサービスベンダーとの提携を進めている。

ハイブリッドクラウドとクラウドファーストの未来

 クラウドサービスベンダーは近年、アプリケーションの構成オプションを増やし、より複雑な要件を満たせるようにしている。しかし、ほとんどの企業は、ミッションクリティカルなアプリケーションや独自仕様のアプリケーションをオンプレミスインフラで管理、運用し続けるだろう。

 クレイマー氏は、クラウドファーストとハイブリッドクラウドの境界は曖昧になっていく、と考えている。ハイブリッドクラウドや、複数のクラウドサービスを併用する「マルチクラウド」で構成したシステムがますます一般的になり、そうしたシステムも今後はツールの普及でよりスムーズに管理できるようになる。

 例えば、クラウドサービスの環境をオンプレミスインフラで実現するための製品をクラウドサービスベンダーが提供しており、次のような製品がある。

  • Amazon Web Services(AWS)の「AWS Outposts」
  • Googleの「Anthos」
  • Microsoft Azureの「Azure Local」(旧称:Azure Stack)

 他にも、コンテナオーケストレーションツール「Kubernetes」はさまざまな企業が複数のクラウドサービスで利用している。

 長期的には、「クラウドサービスが成熟を続け、さまざまな業界のニーズやユースケースに対応できるようになれば、徐々にパブリッククラウドへの移行が進む」とクレイマー氏は予測する。ただしそれはクラウドサービスのみが使われるようになるということではない。

 「ハイブリッドクラウドはクラウドファーストに取って代わり、企業のデフォルトになる可能性がある」とクレイマー氏は述べる。「将来的には、企業はクラウドファーストでもハイブリッドクラウドでもなく、クラウドサービス、オンプレミスインフラ、エッジインフラの適切な組み合わせを選択するようになるだろう」(同氏)

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