「SaaSは中堅・中小に適している」とよくいわれる。サービスは多岐にわたり、選択肢も多い。だが、コスト削減効果のみに着目して安易に導入すると、本来の業務効率を低下させてしまうことにもなりかねない。
SaaS(Software as a Service)は業務システムの導入・運用コストを削減し、迅速で柔軟なシステム活用を実現する手段である。しかし、既存システムを単にSaaS化するだけでは十分なメリットは得られず、かえってコスト高になったり、業務効率を低下させることもある。そこで本連載では、4つの業務カテゴリを中心に中堅・中小企業にとって最適なSaaS活用ポイントを解説していくことにする。今回はまず総論として、SaaSに適した業務システム/適さない業務システムを正しく判断する手法について述べたい。
初期投資を抑え、迅速にシステムを展開できる――。これは、SaaSの大きなメリットだといわれている。ユーザーはサーバやアプリケーションを自前で用意する必要がなく、契約すればすぐに利用を開始できる。SaaSが変化の激しい時代にマッチしたIT活用形態の1つであることは確かだ。SaaSのメリットをユーザーに尋ねた調査結果でも、コスト削減効果を期待する声が最も多い。だが実際には、ハードウェアやソフトウェアといった「目に見えるコスト」だけではなく、既存業務システムとの連携といった「目に見えない/見えにくいコスト」にも目を向ける必要がある。
例えば、グループウェアやメールといった情報系システムはSaaSの利用に適するとされている。しかし情報系システムであっても、現状把握を怠って安易にSaaSを導入すれば、そこには思わぬ落とし穴が潜んでいるのである。以下にそうした失敗事例を挙げてみよう。社内であれば比較的容易に実現できた連携も、社外と社内をまたぐ場合は種々の配慮が必要となる。また、自社のIT活用スキルとのバランスについても十分考慮しなければならない。
A社では自社内でグループウェアパッケージを利用していたが、バージョンアップコスト削減を目的に、ホスティング業者が提供する同じパッケージ製品のSaaS版へと移行することになった。同じグループウェアパッケージということもあり、SaaS版への移行は何ら問題ないと判断された。ところがいざ運用を開始すると、自社で独自開発した業務システムとのシングルサインオンができない。業務システムを利用できない社員が続出し、業務効率の大幅な低下を招いてしまった。
A社ではグループウェアと業務システムのシングルサインオンを「ドメインCookie」(※)によって実現していた。ドメインCookieを利用したシングルサインオンでは、対象となるシステムが同じドメインに属している必要がある。SaaS版へ移行したことによりグループウェアのドメインが変わってしまったことで、シングルサインオンが機能しなくなったのである。
同じパッケージ製品での移行であったことで油断が生じ、SaaS版に移行しても変わる要素が何もないと安易に判断してしまったことが失敗の要因だといえる。
※ドメインCookie:Webアプリケーションがログイン済みのユーザーを特定するためには、通常Cookieという仕組みを用いる。このCookieはサーバ単位で発行されるため、異なる複数の業務システムで同じCookieを共有することができず、シングルサインオンを実現することができない。そこで、同じドメインに属するサーバ間で共有することができるようにしたものがドメインCookieである。
B社では自社内でメールサーバを運用していたが、運用管理人員削減に伴ってSaaSによるメールサービスへと切り替えた。ところが、切り替え直後から顧客からの注文メールが届かなくなってしまったのだ。
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