無線LANは“運用”で選ぶ――AIとスクリプトによる自動化の違いは?ネットワーク分析の進化【第2回】

無線LANアクセスポイント(AP)の機能が成熟化する中で、運用管理をいかに効率化できるか、という視点で企業はAPを選ぶようになっている。ネットワーク機器ベンダーが注力するAI技術は何ができるのか。

2025年05月09日 05時00分 公開
[松本一郎TechTargetジャパン]

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 無線LAN(Wi-Fi)のAP(アクセスポイント)技術は既に成熟しており、通信速度などの性能面ではベンダー間で大きな差が生まれにくくなっている。こうした中、企業がAPを選定する際の主な焦点は、無線LANの運用管理を効率化する機能に移行しつつある。背景にはクラウドサービスの利用増加や、働き方改革などを理由としたWeb会議の増加によって、企業が処理するトラフィック(ネットワークを流れるデータ)が増加していることがある。

 近年はAI(人工知能)技術を利用して運用を効率化する機能が充実してきている。どのようなことがAI技術によって可能になるのか。

AI技術は無線LAN領域で何ができるのか

画像 ジュニパーネットワークスの山岸祐大氏

 「ネットワークエンジニアの不足が深刻だ」とジュニパーネットワークスでユーザー企業のネットワーク導入や運用を支援している山岸祐大氏(技術統括本部 エンタープライズソリューションアーキテクト)は指摘する。ITのあらゆる分野に言えることだが、担当者に求められる業務の専門性は高く、人材の確保が難しい。自社でリソースを確保できないため、運用管理業務を外注せざるを得ない企業は珍しくない。ネットワークの運用管理を外注している企業が、APの設定変更などの運用管理業務を自動化して、自社でネットワークを運用できるようになれば、コストの削減につなげられる可能性がある。

 近年、無線LAN機器ベンダーはAI技術による運用効率化機能の開発に積極的に取り組んでいる。従来からネットワークの領域では運用自動化のために、CLI(コマンドラインインタフェース)のスクリプト(自動実行プログラム)や仮想化、SDN(ソフトウェア定義ネットワーク)などの技術が用いられてきたが、これらの技術とAI技術は何が違うのか。

 「機器の故障対応やユーザーからの問い合わせ対応は、スクリプトなどのルールベースの自動化機能では対処しにくい」と山岸氏は指摘する。スクリプトやSDNによる自動化技術は、事前に定義されたルールや条件に基づいて動作するため、状況に応じて異なる解決策が求められる業務の自動化としての効果は限られてしまう。

 一方で、深層学習(ディープラーニング)を利用したAI技術は、大量のデータからパターンを認識し、予測したり分類したりすることを得意とする。「AI技術は膨大な統計情報からパターンと、パターンから外れた状態を見つけるのが得意だ」(山岸氏)。あらゆる業務を自動化できるわけではないが、推測するためのデータが十分に蓄積されている事象に対しては、ルールや条件が厳密でなくとも対処できる可能性がある。

 無線LANのトラブルシューティングでは、担当者が接続に関する統計データをまとめたグラフを複数読み解く必要があるものの、「グラフから何を読み取るかはエンジニアやオペレーターの勘に頼らざるを得ない場面がある」と山岸氏は指摘する。

 こうした状況で役に立つのが、データ間の相関関係を見つけることを得意とするAI技術だ。「特に時系列データの分析や相関関係の把握は、AI技術が得意とする領域であり、無線LAN環境のトラブルシューティングにおいて力を発揮する」と山岸氏は解説する。

無線LANのAI分析が倉庫のトラブル原因を発見

 実際にどのようにトラブルを解決できるのか。とある企業の倉庫では、無線LANの障害で業務時間中に端末がネットワークにつながらない現象が頻発していた。問題を解決するためにJuniper NetworksのAI機能を組み込んだネットワーク管理ツール「Mist AI」を利用。同AIツールは無線LANのログを、自動でフーリエ変換(信号の特性を分析するために変換する手法)などのさまざまな統計手法を利用して分析する。今回の障害には次の2つのパターンがあることが判明した(図)。

  • 24時間、休日を問わず繰り返す失敗
    • アソシエーション(APと端末がお互いを認証して接続を許可する工程)で失敗して接続不良が起きており、その対象が1999年に標準化された無線LAN規格「IEEE 802.11b」を利用していたことが分かった。
  • 平日の日勤時間帯に発生する失敗
    • 従業員が持ち込んでいる私物端末が無線LANへの接続する際に、クライアント証明書の設定が誤っていたことから認証できていなかった。

画像 図 無線LANの接続失敗をMist AIで分析した例(提供:ジュニパーネットワークス)《クリックで拡大》

 トラブルが起きてからの対処だけでなく、普段からAI技術をネットワークに適用する機能も出てきている。例えばネットワーク機器ベンダーCisco Systemsは無線LANの「Cisco Meraki」シリーズの一部に、AI技術を利用して無線の波及環境を整える「Auto RF」機能を搭載している。各APから収集した情報を基に、利用可能な最適なチャネル(データ送受信用の周波数帯)や電力の出力などの無線パラメーターを自動的に調整して、速度や安定性などのパフォーマンスを最適化する仕組みだ。

 「こうしたAI技術を利用した無線LANシステムは、近年は小売業のPOS(Point Of Sale)レジシステムなど、ミッションクリティカルなシステムにも採用されるようになっている」と山岸氏は話す。同氏によれば、POSレジシステムなど金銭を扱うシステムでは、障害を避けるために有線ネットワークが採用されてきた。しかし近年は無線LANの安定性が向上したことに加え、「AI技術を活用することで障害発生時のトラブルシューティングの時間を短縮できる」と判断し、無線LANを採用するケースが出てきた。

 従来の無線LANの自動化関連技術であるスクリプトやSDNは、定型的な業務の自動化は得意であるものの、状況に応じた動的な対処では活用が難しかった。AI技術を活用することでより広範な業務を自動化できる可能性がある。「将来的にはAI技術が組み込まれた無線LAN APの普及が加速するだろう」と山岸氏は分析する。いずれはネットワークエンジニアも業務でSDNやスクリプトとAIを組み合わせることが当たり前になりそうだ。

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