小売りを襲う「ビッグデータ中抜き」への恐怖
スマホ1台で財布いらず、「モバイルウォレット」普及の鍵は?
iOSやAndroid端末向けのモバイル決済製品/サービスは急速に充実しているものの、現場への普及状況はいまひとつだ。その背景には、情報の中抜きを恐れる小売業の拒否反応がある。
小売店やレストランで、スマートフォンを使って支払いを済ませたことがあるだろうか。米コーヒーチェーンのStarbucksで、そんな経験をしたユーザーがいるかもしれない。「Google Wallet」や「Isis Mobile Wallet」など、いわゆる「モバイルウォレット」と呼ばれる技術が充実しつつある。だがユーザーは、まだそう多くはない。
一部のアナリストたちは、今後数年以内に、店舗内でのモバイル端末による決済である「インストアモバイルペイメント」が急速に普及すると予測する。事実、米電子決裁大手のPayPalは先ごろ、販売時点情報管理(POS)を念頭に置いて、AndroidやiPhone、Windows Phone用の顧客向けアプリをアップデートした。サンドイッチストアチェーンの米SUBWAYも、2013年内にインストア購入アプリを導入する計画を明らかにしている。また、Best Buyや7-Eleven、Dunkin' Donutsなどの米大手各社も、独自のアプリ構築に向けた企業「Merchant Customer Exchange(MCX)」を合同で設立した。
「近接型モバイルペイメント、あるいはインストアモバイルペイメントが主流になるには、もうしばらく時間がかかりそうだが、われわれは2015年に本格的な普及が始まるとみている」と、米調査会社Forrester Researchの上級アナリスト、デニー・キャリントン氏は語る。Forresterは、インストアモバイルペイメントが、2012年の5億4900万ドルから、2017年には410億ドルへ急拡大すると予測している。
一方、Webブラウザやアプリを利用するモバイルリモートペイメント(“Mコマース”とも呼ばれる)は、既にかなり普及している。例えば、一部のレストランは、Web経由で料理を注文できるアプリを導入済みだ。米ハンバーガーチェーンの「Five Guys」でも、モバイルアプリで事前に注文しておけば、カウンターの長い列に並ぶ必要はなく、そのままピックアップステーションに向かってハンバーガーとフライドポテトを受け取ることができる。モバイルペイメントのコンサルティング会社、米Crone Consultingの創業者でCEOのリチャード・クローン氏は、「こうした行列はいずれなくなる」と断言する。
「Mコマース導入の障壁は少ない」と、Forresterのキャリントン氏は語る。「(Mコマースは)コンシューマーや業者に、新しいことや特別なことは何も求めない。電子商取引(EC)の自然な延長線上にあると考えればよい。多くの場合、ECのトランザクションに記録されたカードは、業者がMコマースを導入したときも、そのまま利用できるようになっている」
スマートフォンは商品探しに使い、買い物には使わない
コンシューマーは、実際に商品を購入する以外のさまざまな目的のために、店内でスマートフォンを利用している。「米Appleは、Apple Storeのアプリで顧客に特売品を示したり、その商品がどこに行けば実際に手に取れるかを表示したりしている」とCrone Consultingのクローン氏は話す。「買い物客は、アプリを使ってショッピングリストを作成し、商品情報をスキャンし、店内を探索している」(同氏)
Starbucksでは、「自慢のPOS用2Dバーコードシステムが成功を収めつつある」とクローン氏は語る。Starbucksは2013年8月、既存のアプリを米Squareの「Square Wallet」を使用するアプリにリプレースする計画を発表した。とはいえ、インストアモバイルペイメントはほとんどの場合、まだ幼年期にすぎない。
モバイルペイメントの情報サイト、米Mobile Payments Todayが実施した最近の調査によると、回答者の60%はモバイル端末で買い物をしている。この数字は、2012年の41%から大きく上昇した。それでもまだ、店舗内でモバイル端末を利用して支払いを済ませたことがあるユーザーは全体の25%、支払いをするためにQRコードをスキャンしたことがあるユーザーは18%にとどまる。
小売業者は「仲介」を望まない
こうした足踏みの背景には何があるのか? クローン氏は、無線通信事業者に依存しなければならないIsisなどの近距離無線通信技術(NFC)対応システムに加え、インストアモバイルペイメントで収集された顧客情報の共有や提供を強制するGoogle Walletや他の仲介的アプローチに、小売業者たちが拒否反応を示していることを挙げる。
「小売業者たちは“ビッグデータ”を求めている。それが顧客関係管理(CRM)モデルへの道を切り開くからだ。それによって、顧客のショッピング体験をパーソナライズし、個別の顧客に対して、より適切にアプローチできる」と同氏は説明する。
一方、コンシューマーにとって、クレジットカードではなくスマートフォンを利用する利点があるかどうかも認識する必要がある。決済ソリューションのコンサルティング会社、米Mercator Advisory Groupのデータサービス担当マネジャーであるカレン・オーガスティン氏は、「モバイルペイメントの利用と、それに対する興味は拡大している」と認めつつ、「支払い時にペイメントアプリを起動する絶対的な理由が必要だ」と、最近のリポートで指摘している。「クーポンなどの割引やロイヤルティープログラムの自動化を拡大し、購買時にディスカウントが得られるような仕組みがあれば、コンシューマーの間でモバイルペイメントの普及が加速するだろう」とオーガスティン氏はアドバイスする。
小売店舗におけるPayPalのチャンス:巨星となるか、なりそこねるか
こうしたさまざまな背景を踏まえても、小売店舗におけるPayPalのチャンスは拡大していると、Forresterのキャリントン氏は語る。同氏によると、PayPalは既にインスタントクレジットの「Bill Me Later」など、付加価値サービを本格的に展開する準備ができている。
さらに、Google Walletが競争相手としてフェードアウトしつつある点も有利だ。「Googleの関心は、もはやインストアペイメントにはない。Google Walletの近接型モバイルペイメント化に失敗したことが原因だ」とキャリントン氏は語る。「Googleは現在、ECと、PayPalの注力分野であるMコマースに焦点を絞っている。Googleは以前、『Google Checkout』でECに参入しようとしたが、結局やめてしまった」(同氏)
キャリントン氏はこう分析する。「PayPalは、ペイメント分野における認知度や信頼性の点で、Googleよりもコンシューマーや業者からの支持を多く集めている。Google Walletが成し得なかった確固たる顧客基盤を、PayPalは構築している。PayPalは既に多くの業者から認知されているが、GoogleはオンラインのGoogle CheckoutやオフラインのGoogle Walletで、そうはならなかった。ただ、Googleもまだ諦めてはいない」
一方、Crone Consultingのクローン氏は、PayPalの将来性についてそれほど楽観視はしていない。「PayPalはPOSにカードリーダーを用いる。店舗に新しいリーダーを購入する必要はないが、ソフトウェアのアップデートは要求される。ユーザーは電話番号と個人認証番号(PIN)の入力が必要となる。コンシューマーの中には、こうしたことを嫌がる向きもあるだろう。手間が掛かったり、面倒な作業だと思うに違いない」と、クローン氏は語る。
セキュリティとプライバシーに対する懸念も、インストアモバイルペイメントの普及を阻害しかねない要因だ。独SAPがスポンサーになって行われた新しい調査によると、コンシューマーのおよそ半数は、インストアモバイルペイメントによって個人情報や銀行口座が流出するのではないかと懸念している。また、コンシューマーのほぼ半数が、インストアペイメントを面倒だと考えており、POSでインターネットに接続することを煩わしいと感じている。
新しいアプローチも間もなく登場
間もなく姿を現すのが、2013年末に運用を開始するSUBWAYの新しいインストアペイメントシステムだ。詳細はまだ不明だが、システムに米Paydiantのアプリを利用する。コンシューマーはアプリを利用して、スマートフォンにQRコードを読み込む仕組みだ。このコードはトランザクションを識別する要素であり、小売店の端末やモニターに表示される。このコードを利用し、コンシューマーはPaydiantサーバにある支払い認証を選択する。
MCXからも新しいシステムが登場する。MCXは2013年4月、オランダのICカードベンダーGemaltoが、MCXの構想をサポートするスマートフォンアプリと、そのアプリを既存のアプリに組み込むための開発者キットを作成すると発表した。
「小売業者は、ただの倉庫に成り下がりたいとは思っていない。商品とサービスをベースに差異化を図ろうとしている。そのためにも、独自のユーザーインタフェース(UI)を割り込ませる仕組みが必要だ」とクローン氏は指摘する。
いずれにしても、NFCが米国内で大きく広がる可能性は少ないというのが、アナリストたちの一致した意見である。「クラウドベースや2Dバーコードのペイメントは、NFCよりも成功するだろう。導入の障壁が少ないという点が大きい」とキャリントン氏は見る。事実、MCXが発表した声明文には、初期のMCXモバイルウォレットは「基本的にはバーコードとクラウドベース」だと記されている。
「クラウドベースのシステムは最も安全だ。業者がクレジットカード番号を受け取ることはない。受け取るのはトークンだけだ」と、クローン氏は指摘する。Isisは対照的に、各店舗がスマートフォンの(恐らく)セキュアエレメント(外部からの解析が困難な半導体部品)でクレジットカード番号を暗号化しなければならない。
バーコードを使ったシステムにはさまざまなタイプがある、とクローン氏は語る。Starbucksの長年の2Dバーコードベースのシステムは、各店舗にバーコードリーダーの設置が必要となる。
別の戦略では、ユーザーがスマートフォンのカメラでバーコードをスキャンする。「このタイプのシステムの導入は比較的容易だ。店舗に専用リーダーを置く必要がないからである」と同氏は語る。
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