Excelツールの引き継ぎ資料を誰も作らない理由を「ゲーム理論」で考える“脱Excel”か“活Excel”か

「Microsoft Excel」の自作ツールに不具合が生じてから「引き継ぎ資料がない」「製作者もいない」と気付くケースは珍しくありません。ほとんどの人が引き継ぎ資料を作りたがらないからです。なぜなのでしょうか。

2020年04月10日 05時00分 公開
[村山 聡]

 「Microsoft Excel」を使って企業内の一個人が自作したツール(以下、Excelツール)は、業務の効率化や自動化に貢献するものならば特に問題視されることなく組織に受け入れられることがほとんどです。この時点ではExcelツールの作成者と組織はウィンウィンの関係を構築していると言えるでしょう。

 作成者が異動や退職などの理由で組織を離れると、途端に問題が発生します。より正確に言うと、Excelツールに対して何らかの修正や改良が必要になったときに問題が発生します。これらの自作ツールはほとんどの場合、ツール内容を理解するための操作手順書や設計書などのドキュメント(資料)が存在しないからです。

 VBA(Visual Basic for Applications)で作成したツールの場合、VBA内に多少のコメントが残っている場合があります。ただし分かりやすく必要な情報が網羅されたコメントであることはあまり期待できません。引き継ぎを受けた従業員がExcelに詳しければ、問題はそれほど大きくならない可能性もありますが、常に引き継ぎ相手がExcelに詳しいとは限りません。

 Excelツールの作成者は、なぜ自作ツールの資料を作成しないのでしょうか。それはゲーム理論の「囚人のジレンマ」「社会的ジレンマ」の例にあるように、人は必ずしも全体最適な選択をするとは限らないためです。

人は全体最適な選択をするとは限らない、囚人のジレンマ

 囚人のジレンマは、ゲーム理論という経済学の分野における、有名なゲーム(モデル)の一つです(参考:ITmedia エンタープライズ「囚人のジレンマ」)。このゲームでは、2人の囚人A、Bが互いに相談できない状況で、以下のような条件を提示されます。

  1. 2人とも黙秘した場合
    • 証拠不十分と判断し、2人とも懲役2年
  2. 1人が黙秘、1人が自白した場合
    • 黙秘した1人は懲役10年、自白した1人は釈放
  3. 2人とも自白した場合
    • 2人とも懲役5年

 2人とも黙秘すると、囚人AとBの懲役は合計4年となり、囚人A、Bの刑期の合計は最小になります。2人の利益という観点で考えた場合は、黙秘が最良の選択となるはずです。ところがお互いに相談という情報の伝達ができない状況であるため、囚人A、Bともに「お互いが黙秘を選択する」という確証が得られません。従って相手が黙秘を選択しなかった場合を考えて、それぞれが自分にとって最良となる選択肢を考えることになります。

 囚人Aの立場に立って考えてみましょう。囚人Bが何を選択し、自分がどう行動すると、どのような結果になるかまとめると、以下のようになります。

  1. 囚人Bが黙秘を選択した場合
    1. 囚人Aが黙秘
      • 囚人Aの懲役は2年
    2. 囚人Aが自白
      • 囚人Aは釈放
  2. 囚人Bが自白を選択した場合
    1. 囚人Aが黙秘
      • 囚人Aの懲役は10年
    2. 囚人Aが自白
      • 囚人Aの懲役は5年

 囚人Aは、囚人Bが黙秘と自白のどちらを選択しようとも、自分は自白した方が刑期は少なくなります。従って囚人Aは自白を選択することになります。恐らく囚人Bも、自分にとって最良となる選択として自白することにするでしょう。

 結果として囚人AとBの懲役はそれぞれ5年となり、A、Bともに黙秘を選択するよりも刑期は長くなってしまいます。このようにお互いが最良の選択をしたはずなのに、結果が最良とならないのが、囚人のジレンマと呼ばれるゆえんです。

ゲーム理論で説明する、Excelツールの引き継ぎが困難になる理由

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