2010年03月17日 08時00分 UPDATE
特集/連載

実践! 中堅・中小企業のための賢いIT投資【最終回】SaaSと自社内運用、本当に得なのはどっち?

初期投資を抑えつつ、迅速にITシステムを展開できるSaaS。その一方で、システムを所有することが長い目で見るとコスト削減につながる場合もある。どちらに投資すべきか、その選択基準をヒト・モノ両面で定めよう。

[岩上由高,ノークリサーチ]

 情報処理システムの活用において、「所有から利用へ」といった流れが着実に進んでいることは確かなようである。情報処理システムも今後、電気・ガス・水道などといった社会インフラと同じような道筋をたどり、ユーザー企業は自社で情報処理システムをまったく所有しなくなるという見解さえある。だが一方で、ある程度長い目でトータルコストを見ると、「所有」の方が負担は少ないのではないかという声もある。「レンタカーは便利だが、毎日車に乗るのであれば自家用車を購入した方が安上がりである」という例えを耳にした方も少なくないだろう。

 こうした疑問を明らかにするためには「所有から利用へ」という抽象論ではなく、社会インフラや車とは異なる情報システム固有の特性を踏まえることが重要だ。さらにユーザー企業が判断を下す場合には、自社固有の事情を組み入れる必要がある。

 そこで今回は、ユーザー企業が「SaaS(Software as a Service)と自社内運用のどちらを選択すべきか?」を検討する際に役立つ考え方を解説する。

まずSaaSを広い視点でとらえる

 本題に入る前に、「SaaSとは何か?」をあらためて明確にしておく必要がある。一般にSaaSというと、従来のASPと対比する形で以下のように定義されることが多い。これを「狭義のSaaS定義」と呼ぶことにする。

狭義のSaaS定義
ベンダーが所有するソフトウェアをユーザーがネットワーク経由で利用するサービス。カスタマイズ実現度、ユーザビリティの高さ、マルチテナント技術の応用などの技術的な裏付けから、従来のASPとは区別されるソフトウェアの提供形態

 上記の定義の中の「ソフトウェア」は、主に「業務アプリケーション」を対象としている。だが、現在のSaaSは単に業務アプリケーションをサービス化したものにとどまらない。例えば、コクヨS&Tが提供する「@Tovas(あっととばす)」は「ファイルを安全に送り、かつ監査証跡を取る」というサービスである。つまり、「ファイルを送る」という行為自体をサービス化したものといえる。このように、SaaSとして提供されるサービスは、ユーザー企業の業務全般に広がってきている。こうした状況を踏まえたものが、以下の「広義のSaaS定義」である。

広義のSaaS定義
ユーザーが情報処理システム上で行う業務をインターネット越しに実施し、提供者側が業務実施に付随するさまざまな管理業務を請け負うことで対価を得るソフトウェア利用環境の提供形態

 SaaSの活用を検討する際は、広義の定義にまで視点を広げることが大切だ。「業務アプリケーションをインターネット越しに利用する」という狭い範囲にとどまっていては、自社が必要とする本当のSaaSを見つけ出すことはできない。

SaaSの投資対効果を検証する

 SaaSの広いとらえ方を把握できたところで、実際にSaaSの投資対効果について詳しく見ていこう。一般的に、SaaSは「コスト削減に有効」「安価に導入・運用できる」と言いはやされることが多い。しかしコストといっても、サーバハードウェアなどの「モノの対価」もあれば、情シス担当者が日々行う「ヒトの作業」にかかわるものもある。また、考慮の対象となる情報処理システムが新規に導入するものなのか、既存システムのリプレースなのかによっても判断基準は大きく変わってくる。

 このように、情報処理システムの「コスト」はさまざまな要素で構成されている。「ハードウェアを購入しないで済むという理由でSaaSへの移行を進めたが、他システムとの連携に多大な作業コストが掛かってしまった」などといったことがないように、コストを構成する要素を網羅的にとらえておくことがまず大切である。

図1 情報処理システムのコストを構成する主な要素

 以下では、上記の「情報処理システムのコストを構成する主な要素」を踏まえながら、一般的にいわれている「SaaSによって期待できる主な投資対効果」について解説する。

1. 初期導入コスト負担を軽減できる

 「SaaSはハードウェアやソフトウェアを購入する必要がなく、IT投資予算を確保しづらい中堅・中小企業にとって特に有効である」といわれることが多い。「モノの対価」と「ヒトの作業」のそれぞれについて、これを検証してみよう。

・モノの対価

 サーバハードウェアを購入する必要がない点は、SaaSの大きなメリットである。しかし、中堅・中小企業においては、ファイルサーバ目的などで導入した比較的低スペックのサーバが余っていることがある。小規模なグループウェアを稼働させるくらいであれば、それで十分であることも少なくない。既に所有している資産を有効活用することも並行して考えることが重要だ。

 初期に多額の費用を支払う必要がないという点で、ソフトウェアのライセンス費用についてもコスト平準化効果が期待できる。だが、こうしたコスト平準化効果を享受する手段はSaaSだけとは限らない。従来のパッケージソフトウェアの形態を取りつつ、月額料金で利用可能なものも登場してきている。日立情報システムズの「TENSUITE Sシリーズ」はその一例だ。

・ヒトの作業

 初期導入コストを検討する際に忘れられがちなのが、「ヒトの作業」の要素だ。自社の情報処理システムのうち、どの部分にSaaSを適用すべきかを判断するためには現状の把握が欠かせない。例えば、販売管理システムとの連携を考えないまま営業支援システムのみをSaaSに移行した場合、案件管理業務の効率は上がるが受発注処理は逆に非効率になる可能性もある。そうした事態に陥らないよう、自社の情報処理システム担当者による、現状把握のための作業コストを見込んでおく必要がある。

 SaaSを利用した場合でも、初期導入コスト負担を軽減することが難しい要素がある。それは、販社・SIerに依頼するシステムインテグレーションやカスタマイズの費用である。「SaaSは機能が豊富にそろっているので、外部の手を借りずに手軽に導入できる」というアピールもよく見られる。だが、「どの機能が自社に必要なのかの判断と設定作業」「初期のユーザー登録作業」「既存システムとの連携作業」といった具合に、ユーザー企業側が実施しなければならない作業はたくさんある。SaaSといえども情報処理システムである以上、初期に何らかの作業が発生すると考えた方がよい。

 実は、システムインテグレーションやカスタマイズの作業コストを平準化するサービスは、一部の販社・SIerによって以前から提供されている。日本オフィス・システムの「FineCrew NX」などはその例である。ハードウェアやソフトウェアといった「モノの対価」だけでなく、「ヒトの作業」まで含めた初期導入コスト軽減を考えた場合は、販社・SIerが提供するコスト平準化サービスを活用するという手段もあるということを知っておこう。

 初期導入コスト負担の軽減におけるポイントをまとめると、「初期導入コスト負担軽減の手段=SaaSによるサービス化とは限らない」ということになる。初期導入時のコスト負担を回避するという理由だけで安易にSaaSを選択するのは避けた方がよい。

2. 運用管理コスト負担を軽減できる

 SaaSを利用してハードウェアやソフトウェアの運用管理をサービス提供者に任せることで、運用管理の負担を軽減できる。しかし、運用管理といってもその内容は幅広く、任せることによって生じる制約もある。そこで、初期導入時と同様に「モノの対価」「ヒトの作業」の両面から考えていこう。

・モノの対価

 サーバハードウェアの運用管理が負担となっているユーザー企業にとって、SaaS活用のメリットは大きい。だが、中堅・中小企業ではサーバ台数そのものがそれほど多くなく、サーバの品質向上によって故障などのトラブル発生頻度も少なくなってきている。そのため、サーバハードウェアの運用管理を社外に任せることで投資対効果を得られるのは、比較的規模の大きい中堅企業や大企業である。

 中堅・中小企業が注目すべき点はむしろ、「ハードウェアスペックを柔軟かつ迅速に増強できる」ことにある。中堅・中小企業であっても、顧客や取引先が利用するシステムであれば、急激な負荷の上昇は起こり得る。自社内運用では負荷に耐えられずにシステムダウンが起きるようなケースでも、SaaSであればカバーできる可能性がある。ただしこれは、ハードウェアスペックを増強できるようなサービスをしっかりと提供している事業者であることが前提だ。サーバハードウェアの運用管理を任せられることをSaaS活用の主要な動機とする場合は、ハードウェアスペックの増強が柔軟、迅速にできるかどうかを確認するとよいだろう。

 ソフトウェアについても、月額や年額の利用料金を払っていればバージョンアップ費用に悩まされずに済むという大きなメリットがある。だがこれは、逆にいえば「バージョンアップされてしまう」ことを意味する。使い慣れたシステムが業者側の都合でバージョンアップしまうのでは、業務効率低下の要因にもなりかねない。「SaaSだから、バージョンのことはもう気にしなくてよい」と安易に考えず、バージョンアップが行われて機能がどんどん追加されていくのが望ましいのか、バージョンアップするかどうかを自社で選択できた方がいいのかをきちんと検討しておく必要がある。後者の場合には、ピー・シー・エーの「PCA for SaaS 買い取りプラン」のように、ソフトウェアのバージョンアップが月額料金から切り離されているサービスを検討するという選択もある。

・ヒトの作業

 アクセス負荷も低く、データ量も少ない情報処理システムであれば、自社の情シス担当者の負担はそれほど大きくない。従って、SaaSに移行しても投資対効果は期待できない。一方で、販社・SIerにパッケージのカスタマイズを依頼し、その運用管理も委託している場合には、コスト負担が大きくなりやすい。これは、中堅の上位企業や大企業で比較的多く見られるケースである。この場合、当該パッケージを対象とし、現在のシステムをそのまま移設可能なサービスがあれば、SaaSへの移行で運用管理コストを削減できる可能性がある。日立ソフトウェアエンジニアリングの「プライベートクラウド for Lotus Notes/Domino」はその例だ。広く普及しており、かつ個別カスタマイズが多いパッケージに関しては、「運用管理負担が大きい」というユーザー企業側のニーズと、「数多くの顧客を集めることでサービスをより安く提供したい」と考える業者側のニーズが合致しやすい。

画面 「プライベートクラウド for Lotus Notes/Domino」ではNotesのカスタマイズやバージョンバップを含めてSaaS移行できる《クリックで拡大》

 中堅・中小企業では、情報処理システムの運用管理よりも実業務の実施負担の方が大きい場合もある。例えば、給与システムをSaaSへ移行したとしても、給与明細発行や給与振り込みといった実業務は依然人事部門の業務として残っている。もし、こうした実業務負担が問題なのであれば、給与システムのSaaS移行だけでは解決策とならない。この場合は、アウトソーシングに近い位置付けのサービスを併用することが必要となる。大塚商会の「たよれーる給与業務支援サービス」は、こうした業務アウトソーシングの一例だ。冒頭に述べたように「ヒトの作業」まで含めた運用管理コストを考える際には、情報処理システムにとどまらず、業務アウトソーシングまで広げた視点からSaaSを検討することが大切である。

 運用管理コスト負担の軽減におけるポイントをまとめると、「まず現状で最も負担が大きい運用管理コストは何かを把握する」ということになる。自社にとって負担となっているのが「モノの対価」なのか「ヒトの作業」なのか、その具体的な中身をまず明らかにすることが非常に重要だ。

投資対効果を前提としたSaaS活用の検討ステップ

 これまでの説明から、必ずしも「利用」が「所有」よりも投資対効果が高いとは限らないことがお分かりいただけただろう。結局のところ、SaaS活用によって投資対効果が得られるかどうかは、個々のユーザー企業が抱える課題やニーズなどに異なってくる。それを踏まえて、SaaS活用を検討する際に踏むべきステップを整理したものが以下の図だ。

図2 投資対効果を踏まえたSaaS活用の検討ステップ《クリックで拡大》

 SaaSによる投資対効果がもてはやされる昨今では、いきなりステップ3の「SaaS業者の選定」から始めてしまいがちだ。だが、まずユーザー企業が取り組むべきなのはステップ1の「現状把握」である。その上で、SaaS以外の幅広い解決策も視野に入れながら、ステップ2の「対策検討」へと進む。

 今回は、SaaS以外の解決策も多々あることを示したが、それは決してSaaSを批判するためではない。SaaS以外の対策も幅広く検討することが、最終的に自社に最も適したSaaS活用を見つけ出し、期待される投資対効果を獲得する最短の道なのである。

終わりに

 4回にわたる本連載は、今回でいったんの区切りとなる。幸いご好評をいただいているようなので、近いうちに装いを新たに第二弾の連載を執筆させていただく予定である。第二弾においても、IT投資判断や製品・サービス導入について抽象論ではない実践的な内容を多く盛り込み、中堅・中小企業にとって意義あるIT活用の指南となるように尽力していきたいと考えている。

<筆者紹介>

岩上由高

ノークリサーチ シニアアナリスト

ソフトウェアベンダー数社でソフトウェア製品の企画、設計、開発、コンサルティング、トレーニングなどに携わった後、ノークリサーチに入社。シニアアナリストとしてITのさまざまな領域の調査・分析に従事し、その成果を記事執筆やコンサルティング活動を通じて積極的に発信している。



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