大きな話題を呼んだ金融庁の「IFRSに関する誤解」。同庁に寄せられた多くの問い合わせに答えた内容とされているが、これで世の中の誤解は解けたのか? そして同庁の真意は実務担当者・監査人・投資家などの関係者に正しく伝わっているだろうか? その行間を読んでみたい。第1弾は「全般的事項」について解説する。
既報のとおり、4月23日付で金融庁から「国際会計基準(IFRS)に関する誤解の公表について」(以下「IFRSに関する誤解」とする。参考リンク)が公表された。すでに目を通された読者の方々も多いことだろう。この「IFRSに関する誤解」は、同じく金融庁より2009年6月に発表された「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」(以下「中間報告」とする。参考リンク)にまつわり国内外から寄せられた問い合わせに対する回答として、また2008年を転換点としてメディアなどでも大きく取り上げられてきたIFRSの動向について、必要以上に注目が加熱している昨今の状況に対する誤解を解くために公表したとされている。
本文書の公表自体は、IFRSに関する正しい認識を啓蒙するための活動として大いに評価したい。だがその一方で、この文書が公表されることで、実際に世に流布している誤解は解けたのだろうか? 金融庁の真意は実務担当者・監査人・投資家などの関係者に正しく伝わっているだろうか?
本稿では「IFRSに関する誤解」の個別の記述について解説を行うとともに、その意図について「行間を読む」ことも試みる。「IFRSに関する誤解」原文の記述と合わせて確認してみてほしい。なお、以下の文中における見解は特定の組織を代表するものではなく、筆者の私見である。
(誤解)上場会社には、直ちにIFRSが適用されるので、大至急準備をしなければならない。
(実際)2010年3月期から、一定の要件を満たす上場企業の連結財務諸表について、IFRSを任意適用できるようになったもの。
これは、日本でのIFRSの適用時期に関してもっとも誤って伝えられていた誤解である。昨年から「日本での強制適用は確定した」などのメディア報道やブログのエントリ、Twitterでの発言が散見された。
実際は「中間報告」にも記述されているとおり、日本でのIFRS適用は2012年ごろをめどに強制適用「すべきかどうか」の判断が行われ、3年以上の準備期間を経て最速で2015年ごろとされている。IASB(国際会計基準審議会)でのIFRS検討状況を踏まえ、このスケジュールも流動的なものとみるべきだ。
「IFRSに関する誤解」が強制適用判断の時期について再度明確にしたことで、この大きな誤解に対する牽制効果があったといえる。よほど多くの問い合わせがあったことが想像できる。
(誤解)非上場の会社(中小企業など)であっても、IFRSを適用しなければならなくなる。
(実際)非上場の会社はIFRSを適用する必要はない。
IFRSでの開示について現状で想定されているのは「中間報告」によれば「一定規模以上で国際的な財務・事業活動を行う」「上場企業の」「連結財務諸表」である。したがって、非上場会社や中小規模の会社は検討の対象範囲外と位置付けられる。
一方では「非上場会社の会計基準に関する懇談会」での協議で、IFRSとの整合も含めた非上場会社向けの会計基準に関する議論が進められている。
この記述に関して「IFRSに関する誤解」は「適用する必要はない」と断言しており、「将来的にも全く想定されていない」とまで言い切っている。しかし、いまはインターネットを通して小規模な会社でもグローバル取引ができる時代だし、国際的な活動を行うためのハードルは以前よりも低くなっている(もちろんグローバル取引ができることと上場要件を満たすオペレーション整備とは違う次元の話)。会社規模の側面からみた現在の判断基準は妥当と思われるが、非上場・中小企業における将来におけるIFRS適用可能性を“全否定”する記述は少し行き過ぎではなかったか。
(誤解)IFRSになると、ITシステムを含め、業務プロセス全般について全面的に見直さなければならない。
(実際)既存のシステムの全面的な見直しは、必ずしも必要ではない。
「IFRSに関する誤解」では「IFRSを適用するために必要な範囲でシステムの見直しを行えばよい」としている。昨今のIFRS“特需”でビジネスを拡大させようとしているITベンダやコンサルティング会社各社の怨嗟の声が聞こえてきそうだが、これはこれで正論である。
IFRS適用においては、ITシステム以上に「グループ全体での財務報告に関する統一したポリシー」や「統合された連結決算プロセス」が重要となる。これらの業務整備を進めて社内での経験値を積んだうえで、必要な部分をシステム化するというのが現実的なアプローチだ。
一方では、管理会計との統合も見据えた財務会計システムの全面的な見直しは、新しい決算開示のトレンドを見据えた対応として意義のある動きなので「必要ではない」と言い切るのもどうかと思う。また「必ずしも」という中途半端な表現もひっかかる。
さらに、対応範囲はユーザー各社が考えるべき内容だとしても「必要な範囲」という表現は物足りなさが残る。せめて個別のトピックスについて、たとえばどのような範囲を想定しているのかという例示があってもよかった。
(誤解)IFRSはプリンシプル・ベース(原則主義)なので、適切な処理の検討について、社内の人材のみで対応できず、必ずコンサルタントなどに依頼しなければならない。
(実際)プリンシプル・ベースだからといって、コンサルタントなどの外部専門家に依頼しなければならないということはない。
IFRSでの開示を永続的に行うためには、社内での対応体制整備が重要なのはいうまでもない。一方でIFRSの導入初年度を見据えて、外部の専門家の知恵やノウハウに頼るのは習得や導入にかかる時間やコストを節約する手段として有効である。
「IFRSに関する誤解」では「研修や自習、社内検討等を通じて社内の体制を整備することでも相応の対応が可能と考えられる」としている。ここで「相応の対応」とは何かが具体的に提示されていないので、ユーザーは結局のところ外部専門家に頼むべきかどうなのかを自分で判断するしかないわけだ。これではユーザーは指針を与えられたわけでもなく、かえって混乱するかもしれない。
これらの誤解を解くのであれば、外部専門家に頼むべきかどうかの判断基準まで踏み込んで記述するか、「社内」「社外」の組み合わせで対応すべきという方向性を示すやり方がよかったのではないか。
(誤解)IFRSになると、プリンシプル・ベース(原則主義)になるので、監査人の言うとおりにしなければ監査意見をもらえなくなる。
(実際)IFRSになったからといって、監査人の対応が厳しくなるわけではない。
(誤解)IFRSになると、監査も国際監査基準(ISA)に基づいて行わなければならない。
(実際)IFRSになっても、我が国の企業は、日本の監査基準に従って監査を受けることになる。
(誤解)IFRSになると、監査上の判断について日本国内だけではできないため、国際的な提携をしている大手監査法人でないと監査ができない。
(実際)IFRSになっても、監査上の判断については、日本の法令や監査基準に基づいて我が国の監査人が行うものであり、国際的な提携をしている大手監査法人でなければ監査ができないということはない。
5.の記述を見て「いやいや、いまでも監査人は会社との協議などをもとに専門家の判断として意見表明しているのだしそれはIFRSでも同じでしょ」とか思ってしまったのは筆者だけではないはずだ。
IFRSでの開示で問われるのは会社側の説明責任やその能力である。すなわち自社の財務数値が適正であることを示す根拠や合理性をプリンシプル(原則)に基づいて解釈したうえで説明しなければならず、その範囲では監査人との協議はよりシビアになっていくはずだ。
そういった意味で書かれているのであればこの「誤解」の解き方は理想的だ。しかし一方で、ともすると「IFRSになると監査が緩くなる」という別の「誤解」を与えかねない点には注意が必要だ。
8.の国際監査基準(ISA)への対応については、「IFRSに関する誤解」が述べるところの「我が国の監査基準は、国際的な監査基準と整合性をとってきており、ISAと大きな差異はないものになっている」のとおりであり、国際監査基準を想定した特段の手続が求められるものではないので、会社サイド・監査サイドともに安心してよいだろう。
9.の誤解は筆者の身近な範囲でも感じられることが多い。大手監査法人が持つ国際的なネットワークの情報がIFRS対応により有効に機能するのはそのとおりだが、国際的な監査基準に整合した日本の監査基準に基づいて日本の監査人が監査することに関して、大手とそれ以外という線引きはあまり意味がないと考えてよいだろう。
(誤解)IFRSになると、英語で作成された原典を参照して作成しなければならず、日本語翻訳版に従って連結財務諸表を作成することはできない。
(実際)日本語翻訳版を参照して連結財務諸表を作成できる。
(誤解)IFRSになると、財務諸表は、日本語だけでなく英語でも作成しなければならない。
(実際)IFRSになっても、我が国企業の財務諸表は、英語で作成する必要はない。
この2つの「誤解」の解き方には大いに異を唱えたい。本稿執筆時点(2010年5月)現在、日本語で入手可能なIFRSの原典は「IFRS 2009」である(参考リンク)。これは2009年1月1日現在で有効な基準を翻訳したものだ。一方で、最新のIFRSの原典は「IFRS 2010」(参考リンク)であり、2010年1月1日現在で有効な基準をまとめたものである。つまり日本語翻訳のタイムラグは約1年遅れとなっているのが現状だ。
IFRSの変化するスピードは非常に速い。ディスカッション・ペーパー(DP)や公開草案(ED)の公表はもはや休む暇もないかのようなスピードで日々行われている。最新の基準や解釈指針が出ることに対し、企業側の対応もよりタイムリーに行うことが求められていくだろう。
このスピードに対して日本語への翻訳を待って対応したのでは取り残されていくのは明らかだし、原典に直接当たることで言語の違いによる解釈のギャップが生まれることをある程度回避することも可能だ。
IFRSの最新ソース (英語)に当たるべき局面が今後ますます増える一方で、日本語翻訳のタイムラグを考えると、いまから英語の原典をひもといて連結財務諸表を作成する環境に慣れていくのが有効と思われる。その意味で「IFRSに関する誤解」の記述はIFRSへの取り組みに関しては若干後ろ向きの印象を持ってしまう。
また7.の記述については、金融商品取引法における有価証券報告書提出の要請が日本語で足りる点について念押ししたものだが、一方の国際的な資本市場で利用される財務報告は英語が基本である。前述の翻訳タイムラグを考えると、海外投資家をはじめとする利害関係者のニーズをタイムリーに満たすのは難しいだろう。
今後グローバル経済はますます拡大していく。これからの時代に先進国の一員としてタイムリー・ディスクロージャーを促進するために、たとえば英語での開示を原則にする、または英文で開示していれば日本語での提出は不要など(いずれも法改正が必要だが)といったところまで踏み込んでもよかったように思える。
(誤解)IFRSになると、これまでとは全く異なる内部統制を新たに整備しなければならない。
(実際)IFRSになったからといって、内部統制を全面的に見直す必要はない。
内部統制は導入2年目を終えて定着フェーズに入ってきた(参考記事:内部統制の過去・現在・未来)。その状態にいたずらにブレーキをかけることなく、IFRSとの対応における誤解を解く方向性は正しい。せっかく構築した内部統制の仕組みをまた見直すのかと戦々恐々としていたユーザー企業には朗報だろう。
実際にIFRSに対応するうえで検討が求められるのは、主に連結決算プロセスを中心とする「決算・財務報告プロセス」である(一方で固定資産や収益認識のように個別業務に踏み込んだ内部統制の見直しが求められるものもある)。
これについては、今後のIFRSの改訂状況を睨みつつ社内のプロセスを限定的に見直して順次改善を図っていきたいところだ。
以上、「IFRSに関する誤解」の「全般的事項」について解説をお届けした。次回「個別的事項」の解説と合わせ、読者諸兄のIFRS理解の一助になることを期待したい。
(つづく)
井上斉藤英和監査法人(現あずさ監査法人)にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社数社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。
「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識および会計/IT領域の豊富な経験を生かし、多くの業務改善プロジェクトに従事する。翻訳書およびメディアでの連載実績多数
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