【IFRS】IFRS動向ウォッチ【第12回】
経理担当者はIFRS適用延期をどう受け止めたか
せっかく始めたプロジェクトが止まった――IFRS強制適用の延期を受けて企業の現場では混乱が生じている。一方でIFRS適用だけではなく、経営管理やシステムなどより幅広いエリアの改善を行える余裕ができたと受け止める企業もある。企業の本音はどこにあるのか。三菱マテリアル、サッポロ、伊藤忠商事の担当者が語った。
44%がIFRS適用時期を遅らせる
「2015年3月期のIFRS強制適用はない」。金融庁の自見庄三郎担当大臣の6月の発言以降、企業の現場は混乱している。IFRSコンソーシアムの調査によると、回答者の44%は大臣の発言を受けて、IFRS適用時期を遅らせるとしている。企業の現場では何が起きているのか。IFRSコンソーシアムが9月に開催したイベントをレポートする。
三菱マテリアルの経理・財務部門 経理室 室長の佐々木晋氏によると、同社は2015年3月期の強制適用を想定し、2010年7月にIFRS適用のプロジェクトを本格的に開始した。専任のメンバーも就けて7つのテーマを設定して作業を行っていた。6月の大臣発言以降も、「方針は変えないことを経営陣に確認した」といい、プロジェクト体制は変えずに作業を進めているという。
ただ、IFRSの強制適用が延期されるということはその分だけ、IFRSの基準にも変化が生じる可能性があるということだ。最新のIFRSへの対応は監査法人側の対応が済んでからとなるため、その分「スローダウンした」と佐々木氏は説明した。当初から「IFRSの全部連結、決算期統一、会計処理の統一などを2015年3月期に全てするのはつらいと思っていた」という。強制適用の延期によって決算期統一などの作業時間に余裕が出た格好だ。
サッポロビールやポッカコーポレーション、恵比寿ガーデンプレイスなどグループ内の管理業務を担っているサッポログループマネジメントのグループ経理部シニアマネージャーの田原祐二氏は、「強制適用の延期を受けてロードマップの見直し、取り組み課題の範囲の再整理をした」と説明した。
同社は2011年3月にプロジェクトを立ち上げて作業を進めてきた。専任が3人で兼務を合わせると30人程度のチーム。IFRSの制度対応を行うチームと、業務とシステムの将来を考えるチーム、経理業務の変革を担当するチームの3チームで構成する。このうち、IFRSの制度対応については2011年中はIFRSの主要論点の洗い出しなどを行うが、2012年以降は「いったん休止する」という。「2012年の金融庁の対応を見て、できるだけ手戻りがないようにしたい」と田原氏は説明した。
サッポロはERPとして「Oracle E-Business Suite」を利用していて、バージョンアップを予定していた。しかし、IFRS強制適用延期で「システム部門のリソースを判断し、若干延期した」という。一方で、もう1つのチームが行っている経理業務の変革については、「経理業務の削減や決算早期化などはIFRSが来る、来ないにかかわらずやるべきと考えいる。組織を見直しながらロードマップ通りに行っていく」という。
伊藤忠商事の経理部 経理企画室長 松井紀雄氏は、「2013年度という導入目標は変えていない」と話す。その理由は2つだ。1つは「グローバル企業としてグローバルスタンダードによる財務管理は避けられない。いつかどこかでやらざるを得ない」から。商社はグローバル展開が先行していて、伊藤忠商事は米国会計基準を使ってグローバル拠点の財務管理を行っている。海外からの投資も多く、IFRSはツールとして利用できるとの考えだ(参考記事:伊藤忠商事に聞く、固定資産管理とIFRSプロジェクト)。
もう1つの理由は「同業他社が既にIFRSで財務諸表を出している。他の同業も当社と同じくらいに適用と聞いている」。同業の住友商事は既にIFRSを任意適用している。丸紅も作業を進めている。IFRSによる比較可能性の向上を考えると、伊藤忠商事も同じ舞台に上がるのは当然といえる(参考記事:現在進行中! 住友商事と東芝のIFRS適用を見る)。
議論が不足していた
金融庁が主導するIFRSの議論についてはさまざまな思いを抱いている。三菱マテリアルの佐々木氏は「われわれ実務家からすると審議会の動きも見えず、もどかしい」とする一方で、延期によって「IFRSがファイナルになってから対応できるのは効率からいっても良かったのではないか」とも話した。
サッポロの田原氏は強制適用延期について「国としての議論が不足していた」と指摘する。企業にとっても「IFRSは何のためにあるのか、その議論を尽くしてきたか痛感した」。「強制適用延期は仕方ない。前向きに考えれば議論のための時間ができたということ」と話した。
IFRSについての議論が不足していたというのは松井氏も同じ考えだ。「中間報告を読み返してみた。気になるのはIFRS適用の目的は何かということが中間報告からは読み取りにくいこと」とした上で「目的に照らして、企業がどういうスケジュールで進めていくという議論が中間報告の段階で本来は必要ではなかったのかと個人的には思っている」と話した。現在続いている審議会での議論についても「IFRSを導入するために何が必要か、その目的を明確にすべき」と述べた。
伊藤忠商事はIFRSの任意適用を目指している。その伊藤忠商事がIFRSを適用する目的は「効率性」と松井氏は指摘した。日本基準や米国基準、ローカルの基準がビジネスに入り交じると、「その差異を投資家にいちいち説明をしなくてはいけない。これは財務諸表作成者にとっても、投資家にとってもコストだ」。財務諸表をIFRSに統一することでそのコストを避けることができ、効率性を向上させることができる。
企業の説明責任が増す
任意適用であれ、強制適用であれ、IFRSをいつかは適用するという認識は3社に共通する。その上で課題になると考えているのが経理人材の採用や育成だ。伊藤忠商事の松井氏は原則主義のIFRSによって「企業の説明責任が増す」と指摘する。当然ながらIFRSに基づく会計方針は作成するが、「想定し得ないケースやビジネスモデルにどう向かい合うかが経理人材には問われる。これは今までなかったことだ。課題に向き合い、混沌とした中で自分なりに論理構成をする力が必要。さらにその論理を利害関係者に説明し、理解を得るような姿勢が求められる」と語った。
三菱マテリアルの佐々木氏は「経理人材は枯渇している」と指摘し、「増やす必要性を痛感している」という。現実的には監査法人からの公認会計士の出向や米国公認会計士資格取得者の採用で人材を確保しているという。サッポロの田原氏も、IFRS適用ではプロジェクト管理の能力が必要になり、「経理の若い人をどう育てるかを考えている」と話した。
経理インフラの整備に向かう企業
IFRSコンソーシアムは7月、IFRSの強制適用延期を受けて会員企業に対してアンケート調査を行った。27社が回答。調査によると46%(12社)の回答者が「IFRSの想定する導入時期を遅くする」と答えた。「変更なし」は27%(8社)だった。
強制適用延期が決まるまでの各社の状況は「フェーズ2に入っていた」とIFRSコンソーシアムの主任研究員で、ジャパンビジネスアシュアランス 公認会計士 マネージングディレクターの脇一郎氏は説明する。調査結果によると、回答者のうち、24社は既に「自社グループへの影響と課題の調査」を行っていて、23社も「IFRS導入ロードマップを策定」と、プロジェクトはある程度進んでいる状態だった。そのため、IFRSの強制適用が延期されてもプロジェクトを全て休止し、チームを解散したという企業は多くないようだ。
脇氏は「実際には止められないというのが多くの会社の反応だ。1度始めたプロジェクトを止めるというのは会社にとって大きな意思決定。専属チームを作っている場合、解散するとその人をどうするのかという問題がある」と企業の事情を説明する。そのため、IFRS適用をある程度進めた企業では、プロジェクトチームが「経理インフラの整備にシフトしているケースが多い」(脇氏)という。多くの企業ではIFRSへの対応と同時に、経理業務の標準化や高度化、決算日の統一を進めてきた。「経営管理は企業がもともと抱えていた課題で、経営者が要請していたものだ。IFRSがなくてもやらないといけなかった」(脇氏)。
企業の変化対応力を高めるITシステム投資を
システムについても同様で、単なるIFRS適用のシステム改修からグループの経営基盤を強化する方向に向かっている(参考記事:IFRS強制適用待ちの企業はどうする?)。IFRSコンソーシアムのアドバイザーで日本オラクルのアプリケーション事業統括本部 担当ディレクター 桜本利幸氏は「これまではシステムについてできるだけローコスト、ノーリスク、簡単な手当てでIFRSを乗り切ろうとする企業があった。そういう企業はプロジェクトを止めている」と指摘する。
一方で、当初からIFRS適用だけではなく、グループ経営基盤としてのシステム整備を目指してきた企業では、ビジネスの変化対応力を上げるためにシステム改修を予定通り続けているという。IFRS適用は1つの変化であり、例えば最近の円高やタイの洪水、欧州の通貨危機も対応が求められる変化だ。このような変化に柔軟に対応するためにはシステムを活用した経営管理が必要。「企業はグローバル化の質を上げていかないいけない。関連する問い合わせは増えている」(桜本氏)。
経理人材についても同じだ。強制適用の延期決定以降、「IFRSの研修は冷え込んでいる」とIFRSコンソーシアムの事務局を務めるアビタスの代表取締役社長 三輪豊明氏はいう。一方で、「経理のグローバル人材のニーズは2010年秋ごろから高まっている。その動きは加速している」。
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