投資家の視点から作られ、現在の日本基準からの考えの転換が求められるIFRS財務諸表の作成。業務プロセスやITシステムを適切に構築するための情報をお届けする。最終回の今回はIFRSの初度適用について解説する。
これからIFRSの適用を目指す日本企業に影響が大きいと考えられる会計基準のポイントと業務プロセスへの影響、ITシステムの対応方法を解説する連載の最終回。今回はIFRSの導入に当たり慎重な準備とスケジューリングが必要となる「IFRSの初度適用」を取り上げる。なお、以下の文中における見解は特定の組織を代表するものではなく、筆者の私見である。
本連載は下記の構成にてお送りする。該当パートを適宜参照されたい。
最終回の今回は、
について取り上げる。
IFRSへの初度適用を行うに当たり、押さえておきたいキーワードが幾つかある。
以下、特に明示のない限りは「連結財務諸表」を前提に述べる。
これらを基に初度適用のスケジュールを図示すると下記の通りである。
さて、IFRSの移行に伴い必要とされる財務情報(準備しなければならない決算資料)は下記の通りである。
通常の決算書類に加え、初年度はIFRS開始財政状態計算書も作成しなければならない点に注意しよう。まとめると、「報告期間の期末日」において
を作成しなければならない。
仮に「最初のIFRS報告期間の期末日」を「2016年3月31日」に想定するならば、
期末財政状態計算書は
包括利益計算書・所有者持分変動計算書・キャッシュ・フロー計算書は
を作成することになる。
分かりやすく「B/Sは3年分、その他は2年分作成する」と覚えておこう。
最初のIFRS財務諸表を作成するに当たり、どのIFRS(またはIAS)の基準を適用するかを決定し、そのルールに基づいて作成する必要がある。
まず初度適用を行う企業は「最初のIFRS財務諸表」の期末に効力が発生するIFRSを遡及適用しなければならない。つまり、先に述べた「B/Sは3年分、その他は2年分作成する」全ての決算書類につき、「最初のIFRS報告期間の期末日」時点で有効なIFRSを適用する。
「IFRS開始財政状態計算書」においては、次の要件を充たす必要がある。
財務諸表利用者の費用対効果を上回るようなコスト負担を作成企業に強いるという理由から、IFRSの一部の基準については遡及適用を免除することが認められている。具体的には下記の規定が免除可能だが、どの規定を免除するか、またその優先度などは任意とされる。
ちなみに2010年12月に公表されたHOYA株式会社のIFRS財務諸表(初度適用に該当する)では、
の適用を免除している(参考記事:徹底分析——HOYAのIFRS財務諸表)。
さらに、下記の基準については遡及適用そのものが禁止される。
IFRSへの移行時に必要な財務諸表は前述の通りだが、従来採用していた会計基準(日本の場合は日本基準)からIFRS財務諸表への移行に伴ってどのような影響を与えたのかを財務諸表の利用者に説明するため、IFRS第1号では「調整表」の作成を要求している。年次財務諸表に関しては、以下の調整表を作成する。
なおIFRSへの移行時に従前の会計基準での誤謬(ごびゅう)を発見した場合には、誤謬の修正は持分調整表および当期包括利益の調整表に区分して表示する。仮に「最初のIFRS報告期間の期末日」を「2016年3月31日」に想定するならば、以下の調整表を含む報告資料を開示することになる。
IFRS第1号の内容は、対応する日本基準が存在しない。従ってIFRS導入企業はIFRS第1号のみをよりどころにして準備作業を進める必要がある。
「IFRSの初度適用」における業務への影響について、主な検討事項とその対応方針について述べる。
業務上の検討事項 | 検討内容 |
---|---|
1. 適用対象範囲の検討 | ・連結の範囲の検討 ・適用対象とするIFRS基準の検討 ・従前の基準とIFRS基準との差異把握と対応方針の検討(グループ各社別) |
2. 移行日に向けた必要情報の精査と準備 | ・必要な決算情報の精査 ・必要な財務諸表様式の精査 ・注記の範囲と様式の検討 ・作業工数見積もりと全体スケジュール定義 |
2. 推進体制の定義 | ・プロジェクト体制定義 ・スキルセット検討 |
IFRSへの移行に当たり、連結対象とするグループ会社の範囲の再検討を行い、必要に応じて連結範囲の変更を行う。
次に、報告期間の期末日に有効となっているIFRSの各基準を精査し、自社で適用するIFRS基準の範囲を決定する。IFRSは継続的に改訂が行われているため、当初想定した報告期間の期末日で有効な内容にはその後の変更を反映する必要がある。情報収集を密に行い、IFRSの基準改訂について最新の状況を把握しておきたい。
グループ会社の範囲とIFRS基準の適用範囲が決まると、グループ各社に従前採用している会計基準とIFRSとの差異が明らかになる。この差異を基に、IFRSに基づく連結財務諸表を作るための方針を決定する。具体的な方針は
の2つに大きく分かれるが、親会社およびグループ各社の作業負荷や環境を考慮して最適な方針を決定しよう。
IFRSの移行に向けて、作成が必要な決算情報の精査を行う。注意したいのは、先に述べた「B/Sは3年分、その他は2年分作成する」についてだ。開示資料としてはその通りだが、IFRS開始財政状態計算書のうち、「資本の部項目の期首残高」や「比較対象期間における持分変動計算書の期首残高」を算出するためには、その前の年度の期間についても損益情報をIFRSに基づいて測定する必要がある。そのため実質的には「B/Sは3年分、その他も3年分の決算書データが必要」ということになり、そのためのデータ整備も求められる(Part3にて詳述)。
また、決算情報を基に作成する財務諸表の開示様式を精査し、全体のひな型を早めに定義しておきたい。IFRSへの移行で注意したいのは、決算書数値の確定で作業が終わるのではなく、むしろその後の開示様式を作成する作業に相対的に負荷が集中する点だ。従来の日本基準のように統一的なひな型が定義されるわけではないため、自社固有の開示情報については独自の開示様式を検討する余地が出てくる。これから充実すると予想される日本企業でのIFRS開示情報などを参考に、自社の開示様式(のひな型)を早めに策定しよう。
注記についてもその記述範囲と様式やそのボリュームを早めに見積もることで、作業の平準化が容易になる。
上記を踏まえて全体の作業工数を見積もり、IFRS移行の全体スケジュールを作成する。決算書データ作成のリードタイムは「最初のIFRS報告期間の期末日」から逆算すると3年前までは必須となる。準備期間はそれよりさらに早いタイミングでスケジューリングする必要があるため、強制適用のタイミングから逆算して4〜5年前からの着手が現実的なスケジュールとなる。これらの必要情報と制約をもとに全体スケジュールを定義しよう。
全体スケジュールを定義したら、それを推進するためのプロジェクト体制を定義する。財務経理部門や経営企画部門を中心にチームを編成するが、関連する現業部門の協力を仰ぎ、重要な意思決定についてはトップマネジメントによる承認が行われるよう体制を整備しておく。
プロジェクト体制を定義したのち、プロジェクト要員に必要なスキルセットを明確にして必要な要員を調達する準備を行う。IFRSの導入推進に当たって基本的な財務経理スキルはもちろんのこと、IFRS特有のトピックを理解し実務に展開していく必要がある。社外リソースの活用も含め、費用対効果のある体制を整備していきたい。
以上、IFRSへの初度適用に向けた業務への影響につき解説した。強制適用のタイミングから逆算するとIFRSの移行に使うことのできる残された時間は少ない。直前になって混乱しないよう、全体スケジュールを早期に確定して推進体制を整備していこう。
井上斉藤英和監査法人(現あずさ監査法人)にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識および会計/IT領域の豊富な経験を生かし、多くの業務改善プロジェクトに従事する。共著「会計士さんの書いた情シスのためのIFRS」をはじめ、翻訳書やメディア連載実績多数。
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