HDDのマイルストーン「50TB」 大容量化の鍵を握る技術は?大容量データ向けのHDD【後編】

ヘリウム充塡によるプラッタ枚数の増加をはじめ、過去の技術改善でHDDの大容量化は進んだ。将来的には50TBの容量が視野に入っている。Western Digitalはこれをどう実現するのか。

2022年03月27日 05時00分 公開
[遠藤文康TechTargetジャパン]

 企業の保有データが多様化する中で、HDDは大容量の企業向けストレージとして引き続き重要な役割を担う。ただしSSDやテープなど他のストレージの容量増加が続くと仮定した場合、HDDが使われ続けるには容量増加を継続し、大容量ストレージとしての優位性を維持することが条件になると考えられる。

 HDDベンダーのWestern DigitalとSeagate Technologyは、2021年に20TBのHDDをそれぞれ発売した。今後の注目点の一つは、HDDがどこまで大容量化し、HDDベンダーがそれをどう実現するのかという点だ。Western DigitalでHDD分野のシニアバイスプレジデントを務めるラヴィ・ペンディカンティ氏は「2030年になる前に容量50TBに到達する見通しだ」と話す。Seagate Technologyも同様に2020年代後半には50TB製品を市場投入するロードマップを公開しており、容量の点ではこの50TBが当面の目標になっている状況だ。

 50TBのHDDは、複数の技術刷新の組み合わせによって開発可能だとHDDベンダーは説明する。前編「SSDに高速性で負けても『HDD』の未来は明るい? 老舗ベンダーの見解は」で触れたヘリウム充塡(じゅうてん)は、大容量化に欠かせない技術の一つだ。ヘリウム充塡はHDD内部でプラッタ(円盤状の記録媒体)に掛かる気流の抵抗を減らし、プラッタの搭載枚数を増やすことに貢献している。

 容量50TBに到達するには、いずれかの技術に頼るのではなく、複数の異なる手法が必要だとペンディカンティ氏は強調する。Western Digitalの場合、20TBのHDDに新たに「OptiNAND」という技術を採用しており、これも50TBを実現する上で重要な技術になる。

50TBのHDD実現に向けた重要技術――OptiNAND、磁気ヘッド、プラッタ枚数など

 OptiNANDは、HDDに同社製のNAND型フラッシュメモリ「iNAND」を組み込み、従来の一般的なHDDとは異なるデータ保管の仕組みを採用している。大きな違いは、HDDに格納する全てのデータをプラッタに書き込むのではなく、データ管理のためのデータであるメタデータをiNANDに保存する点だ。

 HDDにフラッシュメモリを搭載する「ハイブリッドHDD」は以前から存在するが、OptiNANDの意図はこれとは異なるという。ハイブリッドHDDは基本的にデータの使用頻度に応じてフラッシュメモリとプラッタを使い分ける設計になっている。これに対してOptiNANDは、「データそのものの保存にディスク(プラッタ)だけを使う点は従来のHDDと変わっていない」とペンディカンティ氏は話す。変わったのは、フラッシュメモリをHDD内に組み込んだ上で、その構造をHDD内のデータ全体に影響する利点に昇華させた点にある。その利点の一つが大容量化だと同氏は言う。

 OptiNANDによってHDDの容量が増加する理由としては、メタデータをフラッシュメモリに保存することで、プラッタ側にその分の空き容量が生まれる点は容易に想像できる。それよりも注目すべき点は、プラッタの記録密度が高まる点だ。OptiNANDはトラック(プラッタを同心円状に分割した記録領域)を配置する密度をより高めることで、1インチ当たりのトラック数(TPI)を増やせるようにしている。

 トラックの配置密度を高めることはプラッタ1枚当たりの容量増加につながるものの、トラック同士を近づけると隣接するトラックにある磁性体が干渉し、正常な読み書き操作を妨げる可能性がある。一般的に、それがトラックの配置密度を高める上での課題になる。

 Western Digitalが公開している資料によれば、書き込み時に干渉が発生する場合、従来のHDDはトラック全体に更新を掛けることでデータ破損を回避させる。ただし、その更新によってレイテンシ(遅延)が発生するため、更新頻度が多くなるほどレイテンシは許容できない程度まで増える可能性がある。OptiNANDは、フラッシュメモリにあるメタデータを使い、トラック全体ではなくセクタ(トラック内にあるデータ記録領域の最小単位)単位でより細かく更新できる仕組みに変更しており、それによってレイテンシが抑制可能だという。

 OptiNANDを採用したWestern Digitalの20TBのHDDは、プラッタ1枚当たり2.2TBの容量となり、合計で9枚のプラッタを搭載している。50TBまで容量を増やすには9枚より多くのプラッタを搭載することが重要になると推測できるが、「プラッタの枚数は容量を増やす上での一つの要素にすぎない」とペンディカンティ氏は話す。

 HDDの記録密度の向上においては、磁気ヘッド分野の改善も進んだ。Western Digitalは磁気ヘッドの位置決めを担うアクチュエーターとして「トリプルステージアクチュエーター」(TSA)を実用化している。TSAは磁気ヘッドの位置を制御するための軸を3段階に分けたものだ。これによって従来の一般的なアクチュエーターよりも、位置決めをより細かく制御できるようになり、結果として同じ面積により多くのbitを書き込めるようになるという。

 OptiNANDにしても、磁気ヘッドの改善にしても大きな技術的変更であるのは確かだが、「どれか単一の技術だけで50TBは実現できない」とペンディカンティ氏は言う。他にはデータの記録方式も重要になると考えられる。例えばトラックを屋根瓦のように重ね書きすることで記録密度を高めるSMR(Shingled Magnetic Recording)は、容量増加に向けての重要な技術という位置付けだ。

異なるニーズに応えるHDD

 今後、企業はウォームデータ(利用頻度の高いデータと、ほとんど使用しないデータの中間的なデータ)やコールドデータ(ほとんど使用しないデータ)など、幅広いニーズでHDDを採用する可能性がある。ペンディカンティ氏は「Western DigitalはHDDベンダーとして、データ保管のニーズに応じた製品ラインアップを用意することも重視している」と話す。その点では、データの使用頻度や容量など個々のニーズに応じて、異なる技術をどのように組み合わせて製品を開発するかが重要になると考えられる。

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