研究室で培養された神経細胞でAIモデルをトレーニングする――。医療従事者だったホン・ウェンチョン氏がこのアイデアを実行するきっかけは、日本のある研究だった。その研究と、ウェンチョン氏が取った行動とは。
Googleが2014年に買収した人工知能(AI)ベンダーDeepMind Technologiesのデミス・ハサビス氏は、2017年に共同執筆者と論文「Neuroscience-Inspired Artificial Intelligence」を発表した。その中でハサビス氏が強調したのは、AI技術と神経科学の共通点だ。人の脳についてのより良い理解が、AI分野の開発に重要であることを同氏は指摘する。
この理論を実践に移したのが、ホン・ウェンチョン氏だ。当時医療従事者だったウェンチョン氏は、スマート医療機器を扱うスタートアップ(新興企業)の事業を終わらせ、次の事業を立ち上げようとしていた。その際に得たひらめきとは。
ハサビス氏の論文に触発されたウェンチョン氏は、母校であるメルボルン大学(The University of Melbourne)を訪れ、神経科学の専門家と話をした。同氏はそこで、ある日本の書籍を耳にする。その書籍は、日本の神経科学者が、神経細胞に2つの信号を認識させるようトレーニングをした研究を説明するものだった。そのトレーニングの結果、神経細胞は周囲の騒音の中から人の声を聞き分ける「ブラインド音源分離」(「カクテルパーティー効果」とも)を実現できるようになった。
「これこそが神経細胞に計算問題を解かせようとする試みだ。このトレーニングを踏襲すれば生物学的コンピュータが完成する」。ウェンチョン氏はそう思い付いた。同氏は後に、オーストラリアのベンチャーキャピタルBlackbird Venturesから100万ドルの資金を確保することで、このアイデアを推し進めた。
2019年、ウェンチョン氏はCortical Labsで研究室を立ち上げ、生体の神経細胞をコンピュータに接続してプログラミングし、知的なタスクを実行させる方法を探求した。Cortical Labsは、オーストラリアに拠点を置くスタートアップのAIベンダーだ。
次回は、ウェンチョン氏が取り組んだ実験の詳細を解説する。
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