脳とコンピュータをつなぐブレインマシンインタフェースが成果を上げ始め、夢の技術ではなくなりつつある。今何ができるようになったのか。そして今、何をなさねばならないのか。
2019年9月上旬に発表されたレポート「iHuman:Blurring lines between mind and machine」(iHuman:曖昧になる心と機械の境界)は、人間の脳とコンピュータをつなぐ神経インタフェースが医療と人間の関係をどのように変える可能性があるかを考察している。
英インペリアルカレッジロンドン(Imperial College London)で生体医学回路設計の講座を受け持つクリストファー・トーマゾウ教授は次のように語る。「現時点で神経インタフェースの応用を想像するのは難しい。それは、数十年前にスマートフォンを想像できなかったのと同じだ。神経インタフェースには、英国経済に大きな利益をもたらし、公衆衛生とソーシャルケアを担うNHSなどのセクターを変える可能性がある」
だが、開発が少数の企業に握られたら、この技術の商業利用が妨げられる恐れがあるとトーマゾウ教授は警告する。同レポートは、神経インタフェース技術の国家的研究を立ち上げてイノベーションを促し、公的にこの分野を形成できるようにするよう英国政府に要請している。
インペリアルカレッジロンドンのNext Generation Neural Interfaces(NGNI:次世代神経インタフェース)ラボの所長で同レポートの共同責任者を務めるティム・コンスタンディノウ教授は次のように話す。「神経インタフェースは2024年までに選択肢の一つとして確立され、まひから回復して歩けるようになり、うつ病に対処できるようになる可能性は高い。アルツハイマー病の治療が現実になる可能性もある」
「脳とコンピュータのシームレスなコミュニケーションといった進化の実現はずっと先の可能性のように思える。だが、将来のあらゆる進化に十分柔軟に対応できるよう、今から倫理や規制の対策を確立すべく行動を起こす必要がある。そうすれば、新たに出現する技術が安全かつ人類にとって有益な形で実装されるようになる」
王立協会(Royal Society)によると、思考を送信する最先端の試みは、事前にトレーニングされた単語や答えに対応する単純な脳パターンを認識する人工知能(AI)のレベルだという。
2018年、IBMは自然環境の中でOpenBCIのヘッドセットを使って被験者の思考パターンを分析することで、その意図を解読する方法を発表した。
IBMのリサーチサイエンティストであるステファン・ハラー氏は次のように記している。「健康な被験者集団に対して、脳フィードバックのトレーニング技法とディープラーニングを組み合わせて実行する。これにより、OpenBCIデータから脳の状態の解読を試みた以前のどの研究よりも当社のAIベースの手法が堅牢(けんろう)であることを示した」
2019年7月、イーロン・マスク氏は、閉じ込め症候群(訳注)やまひの患者がPCやスマートフォンを操作できるようにするために、超微細な電極を脳に埋め込む試験をNeuralinkで2020年までに開始したいと考えていることを発表した。Neuralinkはマスク氏らが設立した企業で、ブレインマシンインタフェースを開発している。
訳注:意識があり外界を認識できるが、四肢まひなどのために手足の動きや意思表出が失われた状態。
同社の野心的な目標を発表するプレゼンテーションにおいて、マスク氏は次のように語っている。「広帯域幅のブレインマシンインタフェースによってこうしたことが可能になり、AIと融合する選択肢が生まれる。当社の目標は、脳のさまざまな領域で、できる限り多くのニューロンを選択的に刺激することだ」
同様に、Facebookもあるシステムに取り組んでいることを発表している。同社によると、このシステムによって人間が脳を使ってタイピングできるようになるという。「当社の目標は、脳からの指示で1分間に100語を入力できるサイレントスピーチシステムを作成することだ。これは、今日のスマートフォンの5倍の入力速度に相当する」とFacebookは同社の2017年の開発者イベント「FB8」で伝えている。
2019年7月、Facebookはこのシステムを米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)と連携して行うことを発表した。
王立協会は英国政府と医療品・医療製品規制庁(MHRA:Medicines and Healthcare Products Regulatory Authority)に対し、大手テクノロジー企業による独占を防ぐためにイノベーションを促す新しい方法を試すよう勧告している。
同協会は、新しい医療機器に「サンドボックス」アプローチを用いて、統制された環境内で安全性と有効性を実証することを提案している。また、神経インタフェース技術が公共の利益にどのように利用され、規制されるかを明確にし、市民が自身の神経データをデフォルトで共有されることがないよう、公共機関は明確な意見を持つべきだと述べている。
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